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第23章 思い出は未来へ

 …マンジを開けるんだ…

 コウタには、確かにそう聞こえた。その声を、自分はよく知っている。信じられないが、オー君の声だ。しかも、それは、コウタの中から聞こえてくるのだ。

 コウタは、わけがわからず、またしても混乱した。オー君は、氷の柱に磔にされたままのはずだ。とても、ここまでオー君の声が力強く響くとは考えられない。でも、あれは疑いようもなく、正真正銘、オー君の声だ。

 コウタは、痛みで気がおかしくなりそうだったが、オー君の声を聞いたことで、自分の中に、少しずつ勇気が湧いてくるのを感じた。そうだ、自分にはマンジの力があるはずだ。それが、どんなものなのか、見当もつかないけれど、みんなが言うのだから、きっとあるのだろう。みんなを信じている自分だから、自分自身もまた、信じられる。

 この力は、コウタの世界では、きっと役に立たないだろうが、ここでは、大きな意味を持っている。そう言い切れるのは、冬将軍がこんなにも欲しがっているからだ。

 自分にできるのは、今、この世界でマンジの力を使うことだ。しかし、どうすれば、マンジの力を使えるのだろうか。使い方が、わからない。どうしても振り出しに戻ってしまう。

 ふと、先ほどノミネコがもらしたマンジの話を思い出した。

(この世界に、本物のマンジなんて、一つもないのだ)

 そうだ、マンジは創れるのだ。いや、創るのだ。自分は創る力を持っている。

 思い起こしてみれば、今回の旅では、いつだって、そうだった。助けて欲しいと強く願った時、マンジは、コウタの目の前に現れていたではないか。それは、他の誰かではなく、いつもコウタだった。つまり、自分がマンジを創っていたのだ。

 だったら、あの黒い影のまん中に、マンジを創れば、この状況を大きく変えられるかもしれない。マンジを強く思い描くのだ。

 自分の中で腑に落ちた時、コウタの心臓のあたりで、キラリと光り輝くものを感じた。それは微かな光のカケラではあるが、心臓の四つの部屋を区切る壁が深く共鳴し、一瞬で熱く燃え上がった。そして、自分の心臓に、小さな十文字の光が輝いた。

(そうだ、何かが変わる。いや、変えなきゃいけないんだ、自分が―)

 コウタは、怖がるのを止めて、立ち上がった。

 とたんに、小さな十文字形の光は、急速に成長し始めた。心臓の壁の中に、力強い光がしっかりと根づき、息づいている。十文字形に輝く心臓の壁は、ますます輝き出した。そして、十文字の腕を折り曲げ、マンジの形となって、ゆっくり回転し始めた。それは、光り輝く車輪に膨張し、コウタの中で回転をし続け、速度を増している。

 あっという間に、全身の血が燃えたぎるほど、熱くなった。マンジは急激に速度をあげて、すごい光を放ちながら、なおも回転を速めている。生きて動いている光の車輪が、コウタの体内で、ものすごい輝きを放った。

 コウタは、内側から自分の体が、光に溶けてしまうのではないかと焦った。それほど激しい光の動きが、コウタの心臓を貫いていたからだ。とても自分一人の体だけでは受け止めきれない。コウタは、あまりの激しさに眩暈がしたが、かろうじて踏み留まった。

 体内を縦横無尽に駆け巡る光は、コウタの体内だけでは満足できず、外へと向かっていった。全身の皮膚がチリチリする。コウタの皮膚を越えて、光が体の外に、猛烈に出たがっている。自分だけではもう、光を抱え切れない。コウタにはそれがわかった。

 黒い影は、相変わらず、狂ったようにコウタの周囲を駆け回っている。勝ち誇った、高慢な笑いをコウタに浴びせていた。

「いい加減、お遊びはおしまいにしてやろう。今度こそ、とどめを刺してやる」

 黒い影は、声高にそう叫ぶと、ピタリと動きを止めた。高笑いだけが、黒い空間に響き渡った。黒い空間は、笑い声に合わせて、怪しく揺らめいた。

 コウタの影の心臓を目がけて、黒く鋭い鉤爪が一直線に伸びてきた。

 コウタは、もう恐れなかった。恐怖も痛みも感じない。今コウタがわかるのは、自分の中に燦然と光輝くマンジだけだ。それは、目もくらむほど神々しい光だ。季節を突き貫けた真夏の太陽であり、空を超えた、宇宙に輝く巨大な恒星たちだ。ああ、なんということだ。自分の中に、宇宙がある、すべてがあるではないか。必要なものは、何もかもそろっているのだ。

 何よりも、それは生きている!命であふれかえっている!ただの幻や映像ではなく、確かに生きているのだ!いや、自分が生きている!

 コウタは大きく息を吸い込むと、黒い影の中心にマンジをくっきりと思い描いた。自分の中で膨れ上がり、光を放っているマンジを、黒い影の中に移し込むようにして。

「マンジよ、開け!」

 コウタは、強く声に出して唱えた。

 黒い影は、一瞬ぴくりとして、その場で動かなくなった。伸ばした刃物の腕は、宙に浮いたまま、そこでピタリと静止している。次の瞬間、黒い影のまん中に、小さな十文字型の亀裂が入ったかと思うと、光輝くマンジの記号が浮かび上がった。次に、それは、ゆっくりと右回りに回転を始めた。

「そんなバカな…」

 うめく黒い影。しかし、マンジの回転はますます速くなり、それに伴い光も強くなると、その黒い影の体は、容赦なく溶け出していく。

 中心には光の穴が開き、その風穴の向こうには、想像もつかない色合いの雲や星々が、見え隠れする。圧倒される光景だが、とても地球の風景には見えない。あれは、いったいどこなのだろう。ああ、あれは、宇宙空間の中を漂うガス星雲じゃないだろうか。コウタはその光景にうっとりとした。確か、星の図鑑で見た覚えのある写真だ。星々の生まれる領域と説明されていた、星雲の写真だ。色鮮やかで、清らかで、言葉にできないほど神々しい。

 穴が広がるごとに、マンジは輝きを増していく。向こう側の美しい景色は、激しい光に置き換わり、ついには見えなくなってきた。その炸裂した光は、太陽だ。穴の向こうに、太陽が現れた。太陽は、威風堂々と輝いている。もはや黒い影は見当たらない。あるのは、広がり行くマンジ形の穴の縁と、マンジの向こう側で輝く太陽のみだ。

 太陽に置き換わったとたん、ものすごい光と風がマンジの穴から噴き出してきた。

 すると、周囲に立ち込めていた黒雲は、渦を巻きながら、吹き飛ばされていく。大きく回転しながら、不要なゴミのごとく、どんどん外側へ、遠くへと、一掃されていくではないか。景色ごと、渦を巻いている。ものすごい速さの渦だ。

 それなのに、コウタや神社の社殿や木々たちは、そよとも動かない。

 ノミネコや小鬼たちも、黒雲と一緒に吹き飛ばされていった。ノミネコは、必死に木の枝にしがみつき、どうにかして戻ろうとするのだが、マンジから勢いよく吹き出す光の風には逆らえない。渦を巻き、外側へ、空の果てへと飛ばされていき、やがて姿が見えなくなった。

 気がつくと、吹雪はすっかり止んで、急速に視界が開けてきた。神社の社殿や境内で凍っている人々の柱が、くっきりと見えてきた。

 驚く間もなく、マンジ形の光の穴からは、温かい風も勢いよく吹き込んできた。人々の氷像は、すさまじい速さで溶け始め、次々と元の姿に戻っていった。誰もが、自分の体を覆っていた氷が解けていく様を、ぼう然と眺めていた。

 やがて、体が自由に動けるようになると、笑顔が現れてきた。

 亮平や翔も、体を覆っていた氷が溶け出して、手足や首をぎこちなく動かしている。

「氷の中から、全部見ていたよ」

 翔と亮平は、手足をさすりながら、屈託のない笑顔をコウタに向けた。

 コウタは、弱々しい笑顔で、うんと一言だけ返し、地面にへたり込んだ。あまりに重すぎる大仕事を成し遂げたので、一気に疲労が襲ってきたのだ。

 氷の柱から解放された、大勢の生き物たちが喜びの声を上げ、コウタのところへ集まりだした。いまや説明は不要だった。人々はすべてを理解していた。コウタが勇気を振り絞って、冬将軍と戦う決意をし、自分の中に潜むマンジの力を見つけ出した。それを使って、冬将軍に立ち向かい、最後には、本当に打ち勝ったのだ。

 光の穴はますます拡大していたが、吹き出す光と風は、だんだんと弱まっていった。穴は広がり過ぎて、いつの間にか、穴ではなくなっていた。向こう側に輝いていた太陽も、姿を消していた。

 やたら、あたりの空気が透き通っている。しいんと静かではあるが、以前みたいな不吉さはまったく感じられず、むしろ、清々しく気持ちがいい。そして心地いい温かさだ。

 もはや怪しい黒雲は一片もなく、夜明け前の美しい空が広がっている。いつもの平和な世界に戻っていく。誰もがそう感じて、しみじみと空を見上げた。

 ソラトはコウタの姿を見つけ、駆け寄って来た。すっかりたくましい青年になったソラトを見上げると、やはり気持ちは少し複雑だ。

「コウタ、ありがとう。君は、やっぱり戦ってくれた。君こそ、マンジの力を受け取るのに、ふさわしい少年だよ」

 コウタは、少し照れながら言った。

「僕は、マンジの力をとりあえず預かっているだけだよ。でも、あれで本当に、冬将軍をやっつけられたのかな?」

 すると、ソラトは満面の笑顔で返した。

「もちろんさ。君は、十分やってくれたよ。後始末が残っているけど、それは僕らに任せて欲しい。空の龍たちと、地上の僕らみんなで、巨大なマンジの形を作って、冬将軍を二度と地上に出られないよう、地下深くに押し込めるんだ。最後の一押しさ」

 今やソラトは、小人族のリーダーだけでなく、この世界に住む生き物全体のリーダーだ。何とも頼もしく、精悍なリーダー、ソラトが誕生した。

 コウタは、まだ、どこか半信半疑だった。得体のしれない大悪魔をやっつけたのが、夢の中の夢のような気がしてならなかった。だけど、こんなに気持ちのいい疲労は初めてだ。

 コウタは、ようやく立ち上がりながら、ソラトに確かめた。

「じゃあ、今度こそ、本当に喜んでいいんだね?」

 ソラトは、笑顔のまま、大きく首を縦に振った。

 とたんに、コウタの心がぱっと晴れて、美しい空と同じ色に染まった。薄明るい暁の空は、間もなく来る夜明けを丁重に迎えようとしている。

 何もかも、うまくいった。もう、大丈夫なんだ。コウタがそう思った時、あの懐かしくも美しい歌声が聞こえてきた。

 キキョケ、キキョケ、キキョキキョ、キキョケ…

 美しい暁の空からは、嬉しそうな鳴声が響いてきた。その声の主は、風穴からの光に照らされ、ようやく本当の姿を現した。それは極彩色の結晶でできた、うっとりするほど、美しい鳥だった。羽毛の一枚一枚が、キラキラと輝いている。

「ねえ見て。夜鳴鳥の呪いが解けて、元の姿に戻っている」翔が、夜鳴鳥と、なおも広がりゆく光の風穴を見ながら、感心してつぶやいた。「つまり、あの光は、夜明けの光なんだね。ああ、思い出したよ。彼らは、記憶の羽や勇気の羽を持つ、風の精霊だ。そうか。だから、夜鳴鳥が鳴くたびに、おれたちは、記憶を一つずつ、よみがえらせたり、勇気をもらったりしたんだね。火の精霊と夜鳴鳥は、こうなる結末を信じて、おれたちを導いてくれたんだろう」

 夜鳴鳥たちは、マンジの風穴の周囲をぐるぐる飛び廻り、その穴を口ばしで押し広げている。今は、穏やかな薄紫色に輝く、夜明けの空が広がるばかりだ。

「やったね」

「やったな」

「やったさ」

 亮平と翔とコウタは、思わず手を合わせた。境内に集まって来た大勢の仲間たちも、大きな歓声をあげている。龍たちは嬉しそうに、夜明けの空を飛び廻り、小人族はみんなで手を取り合い、輪になって踊っていた。水曜亭にいた人々でさえも、互いに肩を抱き合い、勝利を喜びあっている。

 だが、おかしい。何かが、足りない。とコウタが思った時、亮平がぎょっとして大声をあげた。

「オー君は!」

 巨大なツララの柱は既に溶け、オー君は、燃え盛るかがり火の前に、倒れ込んでいるではないか。三人は大慌てでオー君の元へ走り出した。細々としていたかがり火は、今や異常なほど巨大に膨らみ、怖いくらい猛々しく燃え盛っている。まるでコウタたちを威圧し、オー君へ近づけまいとしているようだった。

 激しく燃え盛る炎は、ちょっと近づくだけでも、皮膚がヒリヒリするほど高温だ。三人は仕方なく、すぐ横の森を通り、巨大な炎をぐるり迂回するようにして、オー君へ近づこうとした。

 ところが、そこで、信じられない出来事が起こった。

 にわかに、オー君がすっと立ち上がると、目の前にある炎へ歩いていった。

「オー君、近づいたら危ないよ!」

 三人は、遠くから叫びながら、必死でオー君のところに駆け寄ろうとした。しかし、あまりの熱さに、どうしても近づけない。それなのに、オー君はまるで平気な顔をして、炎の中に踏み入り、炎の中からコウタたちを見つめている。三人はどうしていいのかわからず、炎の前で、うろたえるばかりだった。

 オー君は顔を上げると、炎の中から語りかけた。

「みんな、大丈夫だから落ち着いて。少しの間だけ、僕の話を聞いて欲しいんだ。僕はやっと全部、思い出したんだよ。心の底にあった、暗い闇をね」

 これは、いつものひ弱でか細いオー君ではない。水曜亭から飛び出した時と同じ、オー君だ。近寄りがたく凛として、強い意志を持っている。だがしかし、これも本物のオー君なのだ。オー君は赤い炎に包まれ、揺らめいて見えるが、炎に呑み込まれることなく、炎と一体になり、炎の中から静かに語りかけている。

 境内で喜び浮かれていた人々も、炎の中にいるオー君に気がつくと、しいんと静まり返り、自然に、かがり火の周囲に集まり出した。

 今、何かが終わる。そして何かが始まる。コウタは不思議な感覚に心臓が高鳴った。

 オー君は、みんなを前にして、ゆっくりと語り始めた。

「僕は昔、兵士として戦争に行ったんだ。駆り出されたと言った方が、正しいかもしれない」

 不思議だ。オー君は、自分たちと同じ子どものはずなのに、いまや立派な大人にしか感じられない。戦争なんて、とっくの昔に終わっているのに、それでもオー君が作り話をしているとは、思えないのだ。

「僕は、戦争が大嫌いだった。だって、どうして、知らない人々を殺したり、領土を奪いに、わざわざ他の国に行くんだい?だけど、戦争が嫌だからといって、逃げるのは許されなかったんだ。ちょうど、君らが学校に行かされるように、僕らは戦争に行かなくちゃいけなかった。僕は、ずい分嘆き悲しんだけど、そんな悲しみは、戦地で出会った耐えがたい苦しみに比べれば、たいしたことじゃなかった」

 たくさんの生き物の瞳が、炎の中にいるオー君を黙って見つめている。

「僕らは大きな船で別の国に渡り、戦った。大勢の人を傷つけ、殺した。みんな、僕に関わりのない人たちだった。別に、恨みもないし、憎くもない、普通の人々だよ。その人々を、上からの命令で、僕は、殺したんだ。今みたいに普通に暮していたら、その人と友だちになっていたかもしれない。その人たちだって、僕らに出会わなければ、今頃普通の人生を送っていたのかもしれない。体がどうしようもなく、震えるんだ。そう、今でも、思い出しただけで、震えるんだよ。血のにおいが、怯える顔が、こびりついて頭から離れない。なのに、上からは、おまえは偉い、よくやったと褒められたよ。そのたび僕は、鉄板で殴られたような衝撃を受け、心も体も、ぐしゃぐしゃに潰れそうになった。そんな僕でも、そのうち、人を殺すのが、平気になってきた。戦争だから、仕方ないって。悪いのは、僕じゃない。これは、僕に与えられた、単なる仕事なんだってね。誰かの代わりに、自分がやっているだけだと。自分にそう言いきかせて、それ以上は考えずに、戦争をやり過ごしたよ」

 オー君の体はもはや完全に炎に包まれているが、オー君は、異常なほど冷静に語り続けている。まっ赤な炎は、いつの間にか、端々が虹色の光に煌めいていた。

「だけど、どうだろう」オー君の顔が曇り、声が少し震え出した。「戦争が終わったとたん、頭の中がまっ白になったんだ。僕は初めて、自分のしたことを振り返った。そしたら、僕の人生には、人殺しの事実しか残っていなかったんだ。消そうとしても、消せない。忘れたくても、決して忘れられない。それなら、いっそのこと、死んでしまおうかとも思ったよ。仲間も大勢死んだし、僕だけがこの重すぎる心を抱えながら生きていくより、死んだ方がよっぽどマシだと。だけど、結局、僕にはできなかった。死んでいった大勢の仲間たちを弔うのも、生き残った自分の役目だと思った。それで、この重い心をどうにか支えながら、騙し騙し生きてきたんだ。戦争が終わり、世界が平和になっても、自分の心は、戦争の時のままだった。自分の中で、戦争はまだ終わっていないんだよ」

 オー君の抱えていた、どうしようもなく重い苦しみが、一声ごとに、ほとばしった。苦しみに満ちた言葉が、こぼれ出る涙の代わりに、オー君の口から流れ出した。

「僕は、立ち直れなかった。戦争が終わった次の日から、もう過去の出来事は忘れて、普通の生活に戻れと言われても、無理なんだ。僕は暗い闇に落ちたままで、這い上がれなかった。破れかぶれになっていた。そんなある時、冬将軍の仲間に誘われたんだ。そこは、暗く底なしの、闇の世界だ。でも、闇の世界の方が、自分には似合っていると思ったよ。黒い闇の中でなら、黒い自分も自然に溶け込めたからね。正直、世界なんて、みんな滅んでしまえばいいとも思っていた。だから、魔物たちの住処である地底国へ降りて行ったんだ。そして、冬将軍の手下になった。けれど、僕の心は、それでも晴れなかった。ある日、冬将軍がマンジの力を不正に手に入れて、全世界を氷漬けにする計画を知った。その時、僕の中で、何かが変わったんだ」

 オー君は炎の中から、語り続けた。話の内容は、こうだ。

 冬将軍は、二人の科学者と火の精霊が創った、特別なマンジを奪い取った。すべての世界を征服するには、この特別なマンジの力を必要とした。しかし、奪い取ったものの、それには何重にも鍵がかけられていた。そのため、すぐには使えない。マンジの力は、時期が来て、自然に鍵が外れるまでの長い間、ただ保管されることになった。

 オー君とノミネコは共に、特別なマンジの見張り番だった。ある日オー君は、仲間であるノミネコを騙し、特別なマンジの力を自分の中に移し入れ、闇の世界から逃げ出した。当然、冬将軍の手下に追われたが、元の世界、つまりはコウタたちの住む世界へ舞い戻り、ひっそりと暮らしていた。特別なマンジの力を受け継ぐ者を探すために。

 そして、オー君は、ついに見つけた。マンジの少年としてふさわしい少年コウタを。

 だが、マンジの力を受け取るには、コウタはあまりに幼過ぎた。そのため、オー君は、コウタの成長を見守りつつ、機会を待った。その間いく度となく、冬将軍の手下に狙われたが、命がけでマンジの力を守り通した。

 先日、初冬の公園で、ようやくマンジの力をコウタへ移し入れることができた。その時、オー君は非常に弱っており、力もほとんど残っていなかった。それで、コウタに「マンジを開けろ」と、伝えるのが精一杯だった。マンジの力を使うには、受け継いだ者が自分で、その方法を見つけるしかない。鍵を開けるのには、他にいくつもの条件があるが、特にそれが重要だった。邪悪な連中の手に渡るなど、万が一の事態を考え、これを創った火の精霊と科学者たちが秘密裏に、鍵を設定したのだ。

 こうして、コウタにはマンジの力が備わったが、使い方は自分で見つけなければならないし、それを使うかどうかは、コウタに委ねられていた。

 オー君は、語り終えると、ほっとしたように微笑んだ。マンジの秘密を伝えられ、やっと肩の荷が下りたようだ。

 コウタは、公園の地面から響いた、苦しげな声を思い出していた。あの声は、やはりオー君の声だったのだ。

 コウタの目からは、大粒の涙がこぼれた。亮平や翔も、いつの間にか泣いている。大勢の仲間たちは黙ったまま、神妙にオー君の重い言葉に耳を傾けていた。非難する者は誰もいない。赤々と燃え盛る炎だけが、大きく揺らめいていた。

 この重さゆえ、オー君は長い間、暗い影に覆われていたのだ。それは、死ぬまで晴れることのない、あまりに暗く深い影だ。

「みんな、話を聞いてくれてありがとう。ああ、僕も、君たちの時代に生まれていたらなあ」オー君は穏やかな、いつもの顔に戻り、それからコウタたちを懐かしそうに眺めた。

「そうすれば、戦争なんかに巻き込まれず、一緒に机を並べて勉強したり、ゲームをしたり、サッカーをしたり、いろいろできたのにね。僕は、最後に、ほんの少しでいいから、そんな楽しい時間を過ごしてみたかったんだ。それで、記憶を失くすのと引き換えに、こっちの世界へ入れてもらい、今回の冒険旅行に、オー君として無理やり割り込んだんだよ。火の精霊、つまり雪虫にお願いしてね」

 オー君の顔は、とても晴れやかだ。

「でも、僕のせいで、みんなをずい分と危険な目に遭わせちゃったね。それに、正直言うと、銀河原に到着するのが怖かったんだ。記憶はなくても、そこがゴールなのは、わかっていたからね。着いてしまえば、そこですべてが終わり、みんなとも別れないといけない」

 オー君は、静かに顔を上げた。清々しい顔だ。

「みんなと一緒の旅は、大変だったけど、本当に楽しかった。僕は最後に、楽しい時間をみんなからもらったんだ。後は、火の精たちが、僕をきっと上に押し上げてくれる。だから、ここでみんなともお別れだ」

 いつの間にか、まっ赤な炎は、周りの杉の梢よりも高く、なお激しく燃え盛っている。オー君はまっ赤な炎の中にいるのに、体が虹色に透けていた。

 炎の周りには、火の粉が舞い踊っている。その火の粉は、雪虫たちだ。雪虫の呪いは解け、本来の姿である火の精に戻ったのだ。

 ― 大丈夫。オー君は、私たちに任せて

 雪虫たちの、鈴の音の声が鳴り響く。

 しかし、コウタは、心の底から激しく打ち震えていた。オー君は、どこか遠いところへ行こうとしている。それも、たった一人で。ものすごい胸騒ぎに、コウタは、今にも押し潰されそうだった。

 何かを悟った亮平が、泣き崩れながら、先に叫んだ。

「待ってよ。お別れって、いったいどこに行くんだよ。これだけ苦しんだんだから、昔のことは許されてもいいはずだよ。そもそも、オー君のせいじゃない。戦争を考えた奴、戦争を始めた奴、戦争を止めようとしない奴が悪いんだ。これからだって、ずっと僕らと一緒にいれば、いいじゃないか」

 必死に訴える亮平を、オー君は、炎の中から静かに微笑んで見つめていた。

 コウタは、胸が高鳴った。オー君は、なんて幸せそうな、穏やかな目をしているのだろう。

 オー君は、少しだけ目を落とした。

「ごめん。そうしたいけれど、僕は、そろそろ行かなくちゃならないんだ。君たちの時間とは、ちょっとずれているからね」

 すると、今度は、翔が叫んだ。その顔は、ぞっとするほど青く、血の気がない。

「だって、おれたちは友だちだろう?そう言ったじゃないか。だから、どこかに行くなんて、言わないでくれよ」

 亮平は、既に突っ伏して大泣きしている。

「翔も、亮平もありがとう。一緒の旅は、本当に素晴らしい思い出になったよ」

 そう言ったオー君の瞳が、次にコウタの姿を捉えると、微妙に揺れ動いた。

 にじんだ涙のせいで、コウタには、オー君の姿がぼやけて見える。それでも歯を食いしばって、コウタはオー君から目を逸らさなかった。

 オー君は、ふっと微笑んだ。

「コウタ、君は冬将軍を倒すのに、力だけじゃなく、勇気も出してくれた。やっぱり、僕の見立ては間違いじゃなかった。迷惑だろうけど、君にマンジの力を移したのは、正しかったと思っている。みんなや僕を助けてくれてありがとう。君は、正真正銘、マンジの少年だよ」

 コウタは、何も言えなかった。言葉に出してしまうと、今までのすべてが壊れてしまう気がしたのだ。オー君は、そんなコウタの気持ちを全部くみ取って、炎の中から、小さくうなずいた。コウタも、小さく、しかし深くうなずき返した。

 オー君は姿勢を正すと、空を見上げた。空の向こうにあるものを、見つめているのだろうか。

「大丈夫、熱くなんてないさ。ほら、彦助が言っていただろう?僕らは友だち。それは、なくなったりはしない。永遠に変わらないものだから」

 炎が大きくうねって、オー君を包み込んだ。三人は、思わず悲鳴をあげた。オー君の姿が笑顔のまま、炎の中に溶け込んで薄れていく。ここにきて三人は、やっとオー君の本当の姿を知ることになった。それは、コウタたちにとって、とても懐かしい横顔だ。

 あれは、学校の用務員のお爺さんじゃないか。病気で入院中の、そして、僕らにいろんな話を聞かせてくれた、あの用務員さんだ。

 ― あんまり知られちゃいないがね。冬の始まりにも、童話やおとぎ話が生まれるんだよ

 …ありがとう、さようなら…

 最後に、鈴の音の声が境内にこだました。

「オー君、オー君、オー君!」

 亮平が、顔をぐしゃぐしゃにして泣き叫んだ。

 オー君、いや用務員のお爺さんは、静かな笑顔のまま、火の精と共に、天高く昇って消えた。

 …そう、僕らは、友だち…

 最後は、そんな風に聞こえた。そして、オー君はいなくなった。

 赤い炎は小さくなり、何事もなかったように燃えている。パチパチという音だけが、やけに鋭く響いていた。

 オー君は、遠いところへ行ってしまった。それがどこなのかは、わからない。だけど、それがどこであっても、きっと火の精たちがオー君を守ってくれるだろう。コウタは、固く信じていた。

 炎は、形を変え、揺らめきながら、それを取り囲む生き物たちを赤く照らし出している。泣きじゃくっていた亮平は、ようやく落ち着きを取り戻し、ぐったりしていた翔も顔を上げた。

 境内に集った生き物たちは、目を瞑り、静かに祈りを捧げた。コウタたち三人も、それに加わり、そっと祈りを捧げた。

 しばらくすると、静まり返った境内に、小さな足音が響き渡り、それは少しずつ大きくなっていった。やがて、水曜亭の支配人と勾玉博士が姿を現した。二人とも、多少息切れしていたが、まだ勝利に酔いしれているのか、活き活きとしている。

 勾玉博士は、カラフルな千歳飴の杖でポンと、景気よく地面を叩いた。続いて、支配人が言った。

「心配しなくても、オー君は大丈夫。火の精によって、浄化されたんだ。つまり、心の中に棲みついていた黒い影が焼き尽くされ、魂が救われたんだよ。これで、よかったんだ。冬将軍も地下深くに封印されたことだし。ほら、見てごらん。『永遠に夜明け前の世界』が、完全に開いたよ。君たちも、これで安心して元の世界に帰れるな」

 亮平は、散々泣いてひどい有様になった顔を上げた。コウタと翔も、はっとして顔を見合わせ、空を見上げた。

「そうだ、僕らは帰らなきゃいけない。すっかり忘れていたよ」コウタはそう言って、支配人の方に振り向いた。「でもいったい、どうやって?」

 支配人は、クスクスと笑った。変な帽子が、笑いに合わせてゆさゆさと重そうに揺れている。

「冬将軍をやっつけたのに、まだわからないのかね?君には、マンジを創って開ける力があるだろう?だったら、たやすいじゃないか。君が帰りたいと思えば、帰れるのさ。いつだって、どこからだって。まったく羨ましい話だよ」

 コウタは、それすら気づいていなかった自分が、恥ずかしくなった。支配人の言う通り、もっと早く気づいてさえいれば、すぐに、どこからでも、帰れたのだ。

 だが、これでよかったのだ。もしも最初から気づいていれば、オー君や、この世界のみんなを見捨てて、自分たちだけが元の世界に、さっさと戻っていたかもしれない。

 その点も含めて、オー君の見立てや目論見は、間違っていなかった。オー君は、言葉通り、コウタを長い間見守り、コウタのことを誰よりも理解していたに違いない。

 だから、コウタが真相を知ったなら、きっと、みんなや世界を見捨てず、マンジの力を自ら見つけ出し、冬将軍に立ち向かうと考えたのだろう。たとえ記憶がなくても、オー君は深い信頼をコウタに寄せていた。コウタもまた、深い信頼と友情を、オー君に感じていた。

 コウタは、自分の中にあるマンジの力に、正直、まだ戸惑っている。けれど、オー君の気持ちが、自分の中に息づいているのを感じると、受け取る勇気が湧いてきた。あれほどオー君が必死に守り続けた力だ。コウタもまた、しっかりと受け取り、大切に守り続けようと決意を固めた。

 それは、自分がこの力を使うためではなく、冬将軍のような、邪悪な者たちから、世界やみんなを守るためだ。マンジを開ける鍵とは何なのか。コウタは、ふと、わかったような気がしたが、同時に口にしてはいけないとも強く感じた。

 支配人は、コウタたちに微笑んで言った。

「この『永遠に夜明け前の世界』は、滅多にお目にかかれない世界だよ。君たちの世界と深く繋がっているのさ」

 支配人は、遠い果ての国を見る目で空を見つめた。その瞳には、そこはかとない悲しみが漂っていた。支配人には、うかがい知れない事情があるのかもしれない。いつだったか、支配人は自分のことを特別な夢見人と話していたではないか。

 支配人は、ふっと笑うと、突然嬉しそうに言った。

「さあさあ、元の世界に戻るには、今が一番のチャンスだよ。素晴らしい世界から、素晴らしい時期に出発するのが、元の世界の一番いい場所、いい時に戻れるのだからね」

 コウタが、亮平と翔の方を見ると、二人は目で合図を送ってきた。まさに、元の世界へ帰る時が来たのだ。

「支配人、勾玉博士、それから大勢の皆さん、ありがとう」

 三人はそろって礼を言った。その場にいた生き物たちは、歓声を上げ、笑顔で拍手を送った。

 その中を、翔がすっと前に進み出て、勾玉博士に握手を求めた。博士は、不思議そうな顔をしたが、素直に握手に応じた。

「おれは、前々から博士のファンです。会えてよかった。またいつか、会いに来ます」

 翔は、そう言って、博士から離れた。博士は、自分のファンだと告げられ、まんざらでもない様子だった。支配人は、翔の肩をポンと軽く叩いた。

 三人は取り囲んでいる大勢の人々、生き物たちに、向かい合った。かがり火は、まだ大きくパチパチと燃え盛っている。

 コウタは、三人を代表するように、告げた。

「皆さん、いろいろありがとう。僕らは、この世界を、皆さんを、水曜亭を忘れないよ」

 大勢の声がいっせいに、返ってきた。龍たちは、しきりに上空を飛び廻り、数字の八の字を描いている。渡り鳥たちは、かわいい花輪や花びらを上から投げかけ、三人を祝福した。大勢の小人族は、憧れの目でコウタたちを見上げ、ソラトは、満面の笑顔で大きく手を振っている。持国天にクマネコやコックたち、支配人、勾玉博士。そして、今はもういないオー君。

 ― さようなら、大きな坊やたち。ありがとう、マンジの少年

 どこか遠いところから、雪虫の声が響いた。あるいは、オー君の声なのかもしれない。

 コウタは、暁の空を見上げた。それはうっとりするほど美しい空だった。希望にあふれた、それでいて控えめな紫色の雲が大きくたなびいている。

 コウタは、亮平と翔と手を繋いだ。誰からともなく、そうすべきだと感じた。手を繋いだ三人は、大勢の人々を背にして空を見上げた。気持ちのいい風が吹いてくる。空が美しいのか、空の向こうにある世界が美しいのか、それともこの世界が美しいのか、わからない。いや、どれもこれも皆、美しいのだとコウタは思った。

 コウタは、大きく息を吸いこむと、薄紫がかった美しい雲に向けて、大きなマンジを思い描いた。三人とも、一瞬、心の中が空っぽになった気がした。マンジに吸い込まれるのではなく、夜明けの空を吸い込んでいるのだ。

「さようなら」

 大勢の歓声が背後から響き渡っていた。

 遠い雲のまん中に、光るマンジの記号が現れた。雲にできたマンジ形の切れ目から、向こう側の強烈な光が差し込んでくる。マンジは回転し出し、拡大し、ますます眩しくなっていく。あまりの眩しさに三人とも目を閉じたが、目を閉じていても、光は瞼を通り抜け、直接目の中、頭の中に入り込んでくる。

 目を開けられないのでわからないが、光るマンジは回転しながらどんどん近づいてきている気配がした。いや、それとも、三人の方がマンジに近づいていっているのかもしれない。光輪となったマンジは三人を捉え、ぎゅっと包み込んだ。なんとも力強い感情が湧き起こり、互いに繋いでいる手を力強く握った。

 コウタたちは、光の渦に巻き込まれ、一緒にぐるぐると体が回転した。だんだんと意識が遠のき、ふと意識が途切れた。

 次の瞬間、コウタは冷たい舗道の上で目を覚まし、あまりの寒さに身震いした。舗道から素早く身を起こすと、近くに転がっている亮平と翔をすぐさま叩き起こした。

「二人とも起きろよ、朝だぞ」

 二人は、ブツブツ文句を言いながら、ボロボロのパジャマから埃をはらい、立ち上がった。まだ、あたりは暗いが、けやき通りはいつもの朝を迎える時間だった。

 犬の散歩に通りかかった老人が、パジャマ姿の三人を、怪訝そうに見ている。連れていた犬も三人を見つけると、やたらに吠えてきた。

「君たち、ここで何をやっているのかね?こんな寒い早朝に」

「あの、ここで、劇の練習をしていたんです。この時間なら、誰もいないと思って」

 コウタは、苦しまぎれの言いわけをした。

「この寒い中に、パジャマ一枚で?」

 コウタは、はいとだけ答え、翔が上着を忘れましたと、ますます疑わしい返答をした。

 老人は、納得していない様子だったが、ありがたいことに、これ以上関わりたくないとばかり、犬を引っ張ってその場を離れていった。

「おれたち、元の世界に戻れたんだね」

 亮平が思わず喜びの声をあげた。しかし、次の瞬間、大きなくしゃみをして、身震いした。

「本物の世界もやっぱり寒いな。いや、だけど、暖かい冷たさだ」

「温かい冷たさって、なんだい?」

「まあ、どうでもいいじゃないか。戻れたんだから。さっさと家に帰ろう」

 三人は寒さに身を震わせながら、けやき通りを駆け出した。もう道路は氷砂糖ではないし、通りの先に水曜亭はない。夜鳴鳥の声も聞こえないし、冬将軍に追われることもない。埃っぽい、いつもの朝が始まろうとしているだけだ。

「またいつか、水曜亭に行けたらいいね。オー君に会えるかもしれないし」

 亮平が走りながら、大声で言った。

「そうだね、あっちの世界なら、なんだってできるからね」

 翔が嬉しそうに腕を振り上げて叫んだ。

「うん、またいつか行こうよ、四人でね。いや、三人でさ!」

 コウタも無性に嬉しくなって、飛び上がって叫んだ。三人の大声は、まだ薄暗いけやき通りにこだました。

 大通りの交差点で翔が右に曲がり、亮平は反対側の小道へと入っていった。三人はけやき通りの終点近くで、別れ、それぞれの家路を急いだ。

 両親が起き出さないうちに、こっそりベッドへ戻らなくてはならない。玄関のドアは開いているだろうか。こんなにボロボロのパジャマ姿を見られたら、きっと怒られるに決まっている。

 それ以上に、心配なことがある。あの夜から、いったいどのくらい、時間が経っているのだろう。少なくとも十日は経っているはずだ。これは、単に怒られるだけじゃなく、相当な大事になりそうだ。

 コウタは、そんな不安を抱えながら、ポケットに手を突っ込んだ。指の先が薄っぺらいものに触れた。水曜亭でもらった切符の残りだ。取り出してみると、それは、切符ではなく、枯れた落ち葉だった。

 マンションの入口は、しいんとしていたが、いつもと変わりがない。階段を静かに上がり、玄関のドアをそっと引いてみた。ドアは難なく開いた。ドアの郵便受けには新聞が入っていたので、そっと日付を確認してみた。すると、驚いたことに、外に出て行った日の翌日だった。つまり、あれは、たった一晩の出来事だったのだ。

 コウタは、ほっとしたと同時に、がっかりもした。この壮大な冒険が、本当に終わりを告げたのだ。

 こうしてコウタは、こっそり家に入り、誰にも気づかれず、自分の部屋に戻っていった。ただ、コウタの帰りを待ちかねていたムクだけは、玄関で鼻を寄せてきた。

 そして、その朝、今年の初雪がしめやかに舞った。

(完)


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