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第14章 月桃森での襲撃

 オトシゴの中から、コウタが最後に目にした光景は、吹雪に覆われた街だった。激しい吹雪のせいで、街全体は白く霞んでいた。

「あれは、やっぱり冬将軍の仕業なの?」

 コウタは恐る恐る、彦助に聞いてみた。彦助は、右肩をくいと上げると、あっさりと答えた。

「ああ、そうだよ。でも、あいつが、天上界まで入り込むのは珍しいけどな。冬将軍はよっぽど、あのメガネを捕まえたいんだろうよ」

 コウタはぞっとしたが、彦助はふっと笑うように息をもらした。

「だけど、いくら冬将軍が鼻息荒くしたって、どうせ上までは行けやしないさ。空気が清浄すぎて、上では生きていけないんだ。だから、入り込めても、せいぜい、さっきの街あたりまでだろうよ。手下どもは、もう少し上まで行けるかもしれないけどな。とにかく、おれたちは、上へ行けば行くほど、安全になるってわけさ」

 それを聞いて、コウタはほっと胸をなでおろした。しかし、冬将軍が追って来ているのは確かなので、今後も油断はできない。

 いったん空高く飛び上がったオトシゴは、ゆっくりと舞い降り、それからぐいぐいスピードを上げていった。オトシゴは、時折、岩や河岸に着地し、その反動で空中に飛び出すが、衝撃や振動はほとんど感じられない。大きな風船が、壁に軽く触れて押し返される感覚だ。

 中にいる四人は、遊園地の遊具に乗っている気分で、刻々と変化する珍しい外の景色を、それぞれ楽しんでいた。いつしかコウタも、冬将軍の件は忘れ、数々の不思議な風景に夢中になっていた。

 四頭のオトシゴは、かなりのスピードで、岩だらけの渓流を上流へ進んでいった。が、上流へ行けば行くほど、河幅が広がり、ごつごつした岩肌は姿をひそめ、穏やかな流れに変わっていった。切り立った左右の断崖も、だんだんと背丈を縮め、馬の背のごとくなだらかになり、その分、空が広がっていった。河上へ進んでいるはずなのに、どういうわけか、下流に向かっていると錯覚してしまう。

 上へ行くほど、体が軽くなるのか、オトシゴたちの着地する回数が減っていった。その代わり、空中にいる時間が長くなった。空中でオトシゴ同士がくっつき合うと、中にいるコウタたちは、その隙間から話をすることもできた。

 コウタのオトシゴには、彦助が一緒だったので、にぎやかで飽きのない旅になった。もっとも彦助は、勝手に自慢話をするだけだったが、コウタとしては、退屈するよりは、遥かにマシだった。自慢話にも飽きた彦助は、気が向けば、移り変わる外の景色について、説明してくれた。

「ここいらは、ちょっと銀の道から外れているのさ。だから、銀の道は見えないんだ。若干危険なコースだけど、うまく切り抜ければ、銀の道をたどって行くより、ずっと早く上へ行けるはずだ」

 やがて谷は開け、短い草の生える草原となった。だだっ広い草原は、どこまで行っても切れ目がなく、地平線まで続いていた。ところどころに、小さな街が、ポツポツと見え隠れしている。上から見る限り、先ほど目にした街とそっくりな街だ。同じ街がいくつも作られているのだろうか。

 あれこれ考えているうちに、眼下に見えていた街は、みるみる小さくなり、とうとう草原の草に埋もれてしまった。

「彦助、街がどんどん小さくなっていくよ。あそこには、小人族が住んでいるの?」

 身を乗り出すコウタに、彦助は笑って得意そうに答えた。

「子ども族は、目が悪いねえ。街が小さくなったんじゃなくて、草原の草が大きくなったのさ。上へ行くほど、すべてが浮かれて軽くなり、大きくなるんだ」

 コウタは、もう一度目を凝らしてよく見たが、どうしても納得できなかった。

「本当に?僕には、わからないや。街の方が縮んで見えるよ」

「まあ、どっちだって構わないさ。どっちが大きくても、小さくても、たいした違いはないんだ。ここでは自由なんだからさ。それで困ることでもあるのかい?」

 コウタは、答えに詰まった。コウタたちの世界と違って、大きさや形が決まっていない風景が、ここでは、当たり前なのだ。ここにいると、コウタたちの世界は、ずい分、窮屈だと感じる。決め事が多く、不自由な世界だ。もちろん、かつての小人国ほどではないが。

 茫洋と広がる草原は、次第にまばらになり、岩肌がむき出しの大地が増えてきた。しまいには、緑豊かな草原は、岩だらけの荒野に取って代わった。それでもこの寂しい荒野の中を、河は屈せず、大胆に曲がりくねり、悠々と流れている。オトシゴ隊は、その河を見下ろす上空をすこぶる順調に飛行し続けていた。

「おや、天空都市が見えてきたぞ。おまえたちの世界にもあるだろう?縦に細長い建物たちを、やたら、ぎゅっと寄せ集めた街が」

 えらく巨大な影が、荒野の奥に、遠く霞んで見えてきた。それに、近づけば近づくほど、正体が見えてきた。何百階もありそうな、超高層ビル群だ。

 どういうわけか、一か所の狭い土地に、高層ビルが密集して立ち並んでいる。土地はあり余るほどあるのに、高層ビルたちは互いに身を寄せ合い、くっつき合って、周囲の景色になじまないまま、天高くそびえたっていた。

 ビルの壁は、黒っぽいガラスでできている。そのせいか、周囲の景色を反射しないので、少々不気味だ。その点を除いて、コウタたちの世界の大都会と、たいして変わらない風景だった。

 彦助は、小さく舌打ちして言い放った。

「いったい、あれのどこがいいのかね?みんな、あそこで暮すのに憧れているが、おれ様はまっぴらゴメンだね、あんなところ。息が詰まって死にそうだ」

 自由気ままな彦助は、天空都市が余程苦手らしい。彦助は、身震いさえしていた。

「うん、ちょっと不気味だね。永遠に夜の都市みたいだ」

 コウタも、天空都市が好きになれそうになかった。ネオンや明りがふんだんに使われているのに、どういうわけか薄暗く、活気がない。生き物が住んでいる街には、とても見えないのだ。

 その巨大なビル群を避け、河はいく度も大きく迂回して流れている。オトシゴたちは、あくまで、河に沿って進んでいたので、そのたびに、天空都市に近づいたり離れたりしている。都市に近づいた際は、高層ビルの姿がよく観察できる。

 高層ビルの形は、コウタたちの世界のものより、もっと自由な形をしている。きっと重力が軽いため、粘土細工のごとく、好きな姿形をとれるのだろう。ビル同士も、本当にくっついて、溶けた黒飴を思わせる、奇妙な形になっていた。

 天空都市を通り過ぎると、次は砂漠だった。

 砂の波が形作る美しい砂丘を、オトシゴたちは、いくつも越えていった。砂漠を生まれて初めて見るコウタは、砂丘に感動したが、すぐに見飽きてしまった。吹きすさぶ風によって、砂で小さな街が造られるが、すぐに、また風によって壊されてしまう。それが、延々と繰り返されるのだ。時たま、オアシス風の緑地が視線をかすめたが、目が疲れてきたので、見たいとも思わなくなってきた。

 うとうとしてきた時、砂漠に続いて現れたのは、また岩だらけの荒野だった。河は、豊富に水をたたえ、堂々と荒野の中を流れていた。

 この頃になると、オトシゴたちは、若干低いところを飛行した。

 オトシゴ隊は、結晶でできた大きな街の上空にさしかかった。巨大な六角柱の結晶が、何本もかたまって屹立し、一つの街を作り上げている。街は、河岸に連なり、月光に照らされて怪しく輝いていたが、その煌めきが河面に映りこんでいた。

「すごくきれいな街だ。あんな街、初めて見たよ」

 コウタはうっとりとして、河岸の街から目が離せなかった。

「だけど、おまえの見ている水晶の街は、幻なんだよ」

 彦助のさりげない言葉に、コウタははっきり目が覚めた。

「あの街が幻?だって、あんなにしっかりと、河岸からそびえ立っているじゃないか」

 コウタはたびたび下を確認したが、どうしても幻には見えない。

「おまえたちの世界では、考えられないだろうけど、河面に映っている方が、本物の街なんだ。河岸に建っているのは、その影なんだよ。あいつらは、揺らめく水面にしか生きられない生き物なのさ。偽物の影が、河岸の街で暮らしているけれど、本物は水面でいつも自由に揺らいでいる。月光を養分にして、ただ、静かに生きているんだ。つまり、どぶろく爺さんと似たり寄ったりの生き物って話かな」

 コウタには、まったく想像がつかなかった。水面にしか生きられない生き物とは、どんな姿形をしているのだろう。しかも、河岸に連なっている街々が幻とは、信じがたい話だ。水晶の街の住人を一目見たかったが、そのわずかな願いは、とうとう叶わなかった。オトシゴ隊が、水晶の街を通り越してしまったからだ。

「まあ、気長に生きていれば、そのうち巡り合えるさ」

 彦助が、そう言った。

 そうしているうちに、河は起伏のある丘に挟まれ、谷となり、次第に、山々の間をぬって流れていった。空には雲が増え、あたりは更に薄暗くなった。大きな山の向こうから、湿気のある空気の塊が盆地に流れ込んだ。あたり一帯は、霧で覆われ、ついには視界が閉ざされた。かろうじて、鈍い色をした河面だけが、霧の間から見え隠れする。

 しばらく飛んでいると、霧が途切れ、ようやく視界が開けてきた。コウタたちは、いつの間にか、霧深い、鬱蒼とした地域に入り込んでいた。巨大な長方形の石が、このジャングルを思わせる湿地帯に、ポツポツと屹立している。巨石は、小山ほどの高さがあり、表面は苔で覆われている。

 河は、その巨石を回り込んで、大きくうねって流れている。

 コウタが尋ねる前に、彦助が説明を始めた。

「遺跡の街だよ。ここは、時間の感覚が、最も鈍い場所なんだ。だから、ここで、うかつに降りたら、自分がどの時代にいたのか、わからなくなってしまう。時間の迷子になるんだよ。どうも、あの妙な霧が原因らしい。一年に一度は、天空の捜索隊が入るが、まあ、いるわいるわ、迷子になった老人がね。年寄ほど、迷子になりやすいんだ。記憶をたくさん持っているからね。おれたちだって、普段はここを避けて通るんだぜ」

 彦助は、不快そうに顔をそむけた。ここは、危険な場所らしい。

 遺跡の街は、霧に見え隠れしながら、もの悲しい海岸線で唐突に終わっていた。その先には、大海原が広がっていた。

「うわっ、海だ!空中なのに、海がある!」

 コウタは、思わず叫んだ。彦助はコウタの反応が面白いのか、にやりとした。少し離れて飛んでいる翔やオー君も、オトシゴの中で驚いているではないか。亮平だけが、オトシゴの中で、気持ちよさげに眠っていた。

「そう、あれが有名な天空海。懐の深い海だよ。あそこには、とんでもない怪物が棲んでいるという噂だ。まあ、おれ様は別に、怖くもないけどね」

 コウタは食い入るようにして、海を見下ろした。白い波頭が無数に立ち、濃紺色の大海原がどこまでも広がっている。本来なら美しいと言うべきなんだろうが、コウタは、どことなく油断のならない雰囲気を感じていた。

 オトシゴたちは、もはや着地することもなく、高い位置を、雲と一緒に飛行していた。

「オトシゴたちは、ただジャンプするだけじゃなく、空を飛べるんだね」

「こいつらは、それだけ純粋な生き物なのさ。どこの世界も同じで、軽いものほど上に行けるんだ。例外はあるものの、心の重い、不純なものを多く抱えている奴は、なかなか上にたどり着けない。心が重い奴は、体だって重いのさ。そもそも、上に行きたがらない。そこへいくと、おれ様なんか純粋そのものだから、どこへだって、すぐに飛んで行ける。だから、月にも住めるってわけだ」

 コウタは目を丸くした。

「えっ、彦助は月に渡るだけじゃなく、月に住んでるの?」

 彦助は、明らかにしまったという顔をしたが、今更、隠しようがなかった。

「うっかり口が滑っちまったな。月の秘密は、もらしてはいけない決まりなんだ。けど、こうなったら、仕方がない。少しだけなら、教えてやってもいいか。月は本当に素晴らしい世界だよ。どんな風に素晴らしいかは、言えないけれど、月の住民になるのは、とてつもない名誉なんだ。人間以外の生き物はみんな、月の住民になろうと必死なのさ」

 彦助の話に、コウタは目を輝かせた。今まで月に興味がなかったが、彦助の話を聞いていると、がぜん興味が湧いてきた。

「月がそんなにすごいところなんて、知らなかったよ。空気も水もない、岩だらけの星だって、学校では教わっていたからね」

「ふふん、人間にはそう思わせておく必要があるんだよ。そうしないと、人間は、ずかずかと乗り込んで、月を破壊しかねないだろう?」

 コウタは、ギクリとした。

 もし人間が簡単に月へ行けたら、あちらこちらを掘り起こし、建物をたて、あっという間に、ゴミだらけにしてしまうだろう。それ以前に、各国が先を争って月の土地を奪い合い、醜い戦争が起こるに違いない。

 コウタたちの世界では、未だに、互いが理解し合えないし、理解しようともしない。みんな仲良くすべきだと、大人は言う。なのに、自分たちは決して譲り合おうとしない。譲り合う努力をせず、譲り合えない理由ばかりを探そうとする。

 だから、いつだって、どこでだって、戦争が起こりうるのだ。こんな結末は、まだ子どものコウタにだって、簡単に想像ができてしまう。

 月に戦争が持ち込まれる危険を考えると、彦助が言うとおり、当分の間は、人間の目から、本当の月の姿を隠しておくべきだろう。だが、当分とはいったい、いつまでなのか。いつになったら、月の本当の姿を人間に公開できるほど、人間は変われるのだろうか。

 コウタは突然、自分がその人間の一人である事実に気づき、恥ずかしくなった。

 一方、彦助は、陽気に鼻歌を歌っている。コウタは、そんな彦助に、どこか救われる思いがした。

 しばらくすると、遥か水平線に、薄紫色の稜線が現れてきた。オトシゴたちは大海原をまたぎ、とうとう向こう側の大地に到着したのだ。

 稜線は見る見るくっきりと濃くなり、なだらかな地形の大地が見えてきた。海岸は、背の低い灌木の生える原野で始まっていたが、奥に進むにつれ、木々はぐっと背が高くなり、次第に密集してきた。

 そのすぐ先には、青黒い森の絨毯(じゅうたん)が、どこまでも切れ目なく続いていた。眼下に広がる森は、天空海や大草原と同じくらい、広く深い。そして、どうにも怪しい雰囲気が漂っている。

 その森の上空に入った途端、余裕満々だった彦助が、急に落ち着かなくなった。

「ここが、かの有名な月桃森(げっとうもり)だよ。天空の樹海とも言われている。天上界の上部一帯に広がる、かなり深い森なんだ。いや、ある意味、天空海より、たちが悪いかもしれない。ここで迷ったり、狙われたりしたら、大ごとになるぞ。さあ、オトシゴたち、気を引き締めて飛ぶんだよ」

 彦助は、頭の逆毛をアンテナのごとくピンと立て、しきりに外の様子を気にかけている。恐ろしく、緊張している様子だ。先ほどまでの、陽気で、おちゃらけた彦助とは、まるで違っている。

 満月は白っぽく霞み、奇妙な色あいの雲が湧いてきた。月の周りには、七色のぼんやりした輪が浮き出てきた。下方の森にも霧がかかり、濃淡のある墨絵の世界が広がり出した。

 オトシゴたちは、互いの距離を縮め、ほとんどひと塊になって、薄暗い森の上空を飛行した。

 彦助は警戒したまま、じっと動かないでいる。コウタは、彦助がこれほど緊張している訳を詳しく知りたかった。しかし、どんな小さな物音も、どんな些細な動きも見逃すまいと、構えている彦助に、声をかけられなかった。それほど彦助は、集中していた。

 両隣を飛ぶオトシゴの中では、翔や亮平たちが大欠伸や伸びをしている。三人は、彦助がこれほど緊張しているのを知らない。気楽どころか、いい加減、地上に降りたいとさえ思っているのだろう。コウタも少し飽きがきていたが、彦助のただならぬ様子から、このあたりでは、絶対に降りたくないと思った。

 その時、事件は起こった。深緑の中から、突然、赤い火の玉が尾を引いて、空中に飛び出してきたのだ。

 火の玉は、コウタの乗ったオトシゴの前に、踊り上がったかと思うと、空中で目もくらむ閃光を発し、耳をつんざく爆音をとどろかせた。コウタは一瞬、気が遠くなった。ものすごい爆風に、オトシゴたちは四方八方に吹き飛ばされ、回転しながら、深い森に次々と落下していった。

 コウタも衝撃と同時に、あたりの景色がぐるぐると回りだし、自分がどこにいるのかさえ、わからなくなった。脳天を突き刺す衝撃の後、オトシゴは、止まった。どこかに墜落したに違いない。コウタは、頭がくらくらしていたが、目を開けてあたりを確認した。

 オトシゴは、木の幹と巨大な葉のつけ根に挟まれていたが、鳴きも慌てもせず、すぐに起き上がり、体勢を整えた。どうやら、ケガはしていない様子だ。

 オトシゴの引っかかった植物を間近で見ると、それは木ではなく、巨大な草だった。

 一枚の葉だけでも、5,6メートルの長さがあり、縦に長い肉厚な葉を、いくつも上に向かって伸ばしている。その葉は、硬そうな見た目と違って、ふかふかのクッションみたいに柔らかい。この柔らかい葉に受け止められたおかげで、衝撃が少なかったのだろう。葉は、場所によっては信じられないほど密集しており、そこは、ほとんどまっ暗で何も見えなかった。

 コウタは、目が回っていたものの、幸い、ケガもなく無事だった。だが、カプセルが少しだけ開いており、彦助の姿は消えていた。

「彦助!」

 コウタは、しばらくの間、叫び続けたが、まっ暗な森の中からは、返事どころか、物音一つしない。

 オトシゴは、コウタを乗せたまま、木々の梢すれすれに飛び始めた。

 ふと、少し先にある茂みが、妙に乱れている。その一角だけ、葉の向いている方向がバラバラで、一部はちぎれて地面に散らばっている。その奥に、亮平の乗ったオトシゴが、斜めになって埋もれているではないか。

 コウタは、亮平のところに飛んで行くようにと、カプセルの中から、思わず叫んだ。オトシゴはそれを理解したのか、クーとひと鳴きして、亮平のもとへと急いだ。

「まいった、まいった。おれたち、撃墜されたのか?」

 すっかり血の気の失せた亮平は、カプセルからのろのろと這い出てきた。見たところ、ケガはない様子だが、手で頭を押さえ、いささかぼう然としている。

「森の中から飛んで来た火の玉が、見えたけれど、一瞬だったのでよくわからない。彦助はこの森に入るあたりから、とても警戒していたんだ」と、コウタ。

 ところが、コウタが真面目に説明しているのに、亮平は口を開けたまま、別なものに目が釘づけになっていた。コウタが、後ろを振り返ると、二頭のオトシゴは、実に奇妙な状態になっていた。

 オトシゴたちの小さな口からは、繊細な、糸状のものが、盛んに吐き出されている。きれいな色がついた糸たちは、それぞれ、自由自在に動いている。糸は空中に駆け上がると、軽快に回転し、互いに絡まり分裂し、次第に何かを作り上げていった。

 それらは、楽譜に使われる五線やト音記号、シャープやフラット、そして音符だ。オトシゴの口から吐き出された糸が、空中で一筆書きのごとく、次々と、四小節ばかりの短い楽譜を描いていったのだ。出来上がった楽譜は、基本の形を保ったまま、弱々しく波打つと、空高く舞い上がり、どこかへ飛んで見えなくなった。

「音符を吐き出すなんて、この子たち、気が動転しておかしくなったのかなあ。それとも、おれの頭の方がおかしくなったのか。まさか、おれの頭から、音符は飛び出してないよね?」

 亮平はぶつけた頭を手で押さえながら、音符が飛び去っていく様を見送った。コウタも、笑いながら音符を目で追っていたが、突然、我に返った。

「ああ、笑っている場合じゃない。翔やオー君、彦助を探しに行かないと」

「彦助までいなくなったのか」

 肝心の案内役がいないと知って、亮平はとたんに不安顔になった。

「ちょっと上に昇って、上空から探してくるよ」

 コウタは、オトシゴに乗り込むと、上空高い所へ昇って欲しいと、言葉をかけてみた。オトシゴは理解したのか、クーとひと鳴きして、気が遠くなるほど、すさまじいスピードで、一直線に空高く舞い上がった。そこからは、青黒い森の絨毯が、四方八方、不気味に広がっているのが一望できた。

 すぐに、近くの森の上に浮かんでいるものが、眼下に見えた。ヘ音記号だ。翔かオー君の乗っているオトシゴのものに違いない。すると、森の中から、一頭のオトシゴが姿を現した。コウタの乗っているオトシゴを上空に見つけたのだろう。オトシゴは、コウタのいる方へと向かって来た。コウタのオトシゴも下降し、双方のオトシゴは、互いに近づいていった。コウタのオトシゴが真下に降りたところで、二頭のオトシゴは合流した。

 中には、オー君が乗っていた。オー君は顔色こそ悪いが、頬にすり傷を負っただけで、問題はなさそうだ。

「まいったね。幸い、葉っぱが柔らかかったから、僕もオトシゴも、大ケガをせずに済んだよ」

 オー君はカプセルの外に出ると、乗っていたオトシゴの頭を優しくなでた。オトシゴは、嬉しそうに、グルグルと喉を鳴らしていた。

 コウタも自分の乗っていたオトシゴの頭を軽くなでて、ねぎらった。

「あとは翔だけだな。いや、彦助も探さないと」

 亮平とも再度合流した後、コウタは、いく度となく上空高くに昇ってみたが、オトシゴも彦助も、見つけられなかった。

 その間、亮平とオー君は、オトシゴと共に、森の中に分け入って、翔たちを探し廻った。しかし、翔と彦助は見つからない。

 ふと気がつくと、あたりは若干冷え込み、空にはまっ黒な雲が、天の四隅から細長く流れ込んできた。満月はかなりぼやけ、他に明かりがないため、周囲は急速に暗くなっていった。コウタの乗ったオトシゴは、急いで地上に戻り、二人と再び合流した。

「こんな状況で不吉な話はしたくないけど、冬将軍がやって来たんだろうか」

 コウタが、ま顔で言うと、いつもは鈍い亮平でさえ、顔をこわばらせた。

 オー君は亮平以上に、全身が緊張で張りつめ、顔色が変わった。

「どぶろく爺さんの工場からここまでは、相当離れているのに、もうここへ?」

 どうやらオー君も、どぶろく爺さんの工場に迫っていた冬将軍を目撃していたようだ。その点、亮平はまったく気づいておらず、今初めてその事実を聞かされ、絶句した。

 コウタもオー君も、たとえ冬将軍が天上界に入り込んだとしても、これだけ距離を離していれば、安全だと踏んでいた。だが、その考えが崩れると、話が違ってくる。三人に、新たな緊張が走った。

「冬将軍はここまでは、上がって来られないと、彦助は言っていた。でも、そう言った本人がいないから、よくわからないよ。もし、この冷え込みが冬将軍と関連しているなら、僕らは急いで出発しないといけない。けど、彦助も翔も行方不明だし、ああ、いったい、どうすれば…」

 コウタは、独り嘆いた。

「ねえ、あれを見て」

 亮平があることに気づき、コウタたちに伝えた。妙な塊が、少し離れた木々の間に見え隠れしているのだ。宙に浮かんでいるのは、よく見ると、ト音記号だ。ト音記号は、楽譜の五線に絡まれ塊となり、音符たちと互いに絡み合ったまま、低く浮かんでいる。ト音記号は、元気がなく色も薄い。形も崩れかけている。今にも暗い空に溶け込んでしまいそうだ。

 ト音記号の塊は、コウタたちのいる場所から、そう遠くなかった。三人はオトシゴたちをその場に残して、森の中を駆け抜けて行った。

 少し開けた雑草の上に、形の崩れたト音記号は、かろうじて浮いていた。そこから長く延びた一本の糸は、遥か遠くの空まで続いている。薄い糸を目でたどっていくと、そのずっと先には、オトシゴがフラフラと、空を漂っているではないか。

 翔のいるオトシゴだ。やっと見つけた。あそこまでは、悠に、1キロメートルはあるだろうか。かなり遠いが、翔を発見できたので、ひとまず三人は落ち着きを取り戻した。

 そう思った次の瞬間、いきなりあたりがまっ暗になった。コウタは、自分の目が見えなくなったのかと、慌てた。それとほぼ同時に、爆音と、すさまじい爆風が、三人を地面に叩きつけた。三人は吹き飛ばされ、地面を転がった。

 コウタは、とっさに、冬将軍からオー君を守らなければと思い、手さぐりのまま地面を必死で這い進んだ。ところが、爆風は一度きりで、後は吹き返しの弱い風が残っているだけだった。しかも風は、冷たくはなく、むしろ生暖かいくらいだ。風が止んでから、ややあって、あたりは、元どおりの、静かな薄暗さに戻っていった。

 今のは、何だったのだろう。何気なく空を見上げると、超巨大な物体が、コウタたちの頭上を、まさに、通り過ぎていく最中だった。

 それは、あまりに巨大過ぎて、実際、空の大部分となっていたため、三人は見逃すところだった。しかし、その巨大なものが、上空を通過後、三人はその目でしっかり見たのだ。

 想像を絶する超弩級の龍だ。ジャンボジェット機の何十倍もあるだろうか。全天を覆う勢いで、威風堂々と滑空している。外側は、鈍い銀の鱗で覆われ、腹の部分だけが白っぽく、生き物らしさを強調している。鋭い鉤爪のついた、とげとげしい足が、胴体から四本、突き出ているが、滑空中は胴体にぴったりと寄り添っている。

 その時、龍が振り返った。かなり先を飛んでいる頭だけが、こちらに振り向いたのだ。

 コウタたちは、慌てて身を伏せた。あまりの恐ろしさに圧倒されながらも、コウタは、そっと頭をもたげてみた。燃え盛る赤い目がちらりと見えた。

 それは、天上界の入口を守る門番、雷神族と同じ目だ。二つの空洞を通して、体内の燃える炎をコウタは見ているのだ。大きさや姿形こそ異なるが、龍と雷神族は、同じ種族なのかもしれない。

 巨大な龍は一瞬振り返っただけで、翔のいるオトシゴの方へまっすぐ飛んで行った。龍の鋭い尻尾が、コウタたちの頭上を通り過ぎたばかりなのに、龍の頭はもう、何百メートルも先にある。

 しかも、その頭は、翔のいるオトシゴに迫っているではないか。それなのに、オトシゴは、相変わらずフラフラ飛んで、背後に迫る危険に、一向に気づいていない。

 あっという間の出来事だった。龍はためらいもせず、大きな口を開けると、オトシゴを、一口で呑み込んでしまった。

「翔!」

 三人は悲痛な声で叫んだ。

 龍は何事もなかったように、速度を上げると、そのまま森の彼方へ消えてしまった。

 あまりの出来事に、三人は言葉を失い、龍の姿が消えた方向を見つめるばかりだった。

「まさか、翔が、龍に食われるなんて…」

 亮平は言葉を詰まらせ、地面に突っ伏したまま、動かなくなった。コウタも頭の中がまっ白になり、力が抜けその場に座り込んだ。

「いったい、どうして…」

 コウタの頭の中には、今までの出来事が一気によみがえった。水曜亭の支配人に、冒険旅行の参加者に選ばれたと告げられ、自分たちは単純に喜んでいた。冒険旅行は、安全で、楽しいはずだった。

 それなのに、自分たちは否応なく安全な道から弾き飛ばされ、オー君は倒れそうなほど弱り、その上、わけのわからない冬将軍に追われている。しかも、自分たちは騙されていると、ガラス占い師に脅かされ、挙句の果て、深い月桃森で襲撃され迷子になり、頼りの案内人、彦助もいなくなる。

 そして、決して信じたくはないが、翔が、オトシゴごと、龍に食べられてしまった。

 誰がこんな結末を想像していただろうか。友だちを一人、失ってしまった。今、自分たちはパジャマ姿のまま、ボロボロになって、別世界の暗い森に取り残されている。

 これはやっぱり、夢なのだ。そうだ、単なる悪夢に違いない。それなら、次の瞬間、自分は目覚めて、すべてを許せるだろう。明日の朝、学校でまた翔たちに会って、いつも通りの日常を過ごせるはずだ。

(こんな悪夢は、クソくらえだ!)

 コウタは、目覚めてくれと強く念じたが、いつまでたっても願いは叶えられなかった。自分の頭をいくら叩いても、顔を手で引っ張っても、目は覚めなかった。

 コウタたちの嘆きを慰めているのか、陰鬱な森の中から、物悲しい動物の鳴き声が響いてきた。また少し、冷えてきた。気がつくと、オトシゴたちは姿が見えなくなっていた。巨大龍の爆風で、どこかへ吹き飛ばされたに違いない。

 オー君がふいに立ち上がった。

「こうしていても、仕方がない。とにかく、あの龍の行方を探そうよ。まだ、翔が死んだと決まったわけじゃない」

 意外にも、一番早く立ち直ったのは、オー君だった。オー君は、何かを強く信じている様子だった。亮平も突っ伏していた地面から、やっと顔を上げた。顔面は、涙と鼻水と土でぐしゃぐしゃだったが、しっかりと立ち上がった。

「そうだな。あの悪運強い翔が、死ぬはずないさ」

 亮平はそう言うと、パジャマの袖で顔を拭いた。

 すっかり気落ちしていたコウタも、やっと、重い腰を上げた。どうやっても覚めない夢なら、この夢に付き合うしかないのだ。

 三人は、龍の消えた方向へのろのろと歩き出した。森の中は暗いが、ぼんやりした月明かりのため、足もとが見えないほどではない。少々肌寒いものの、幻惑が丘のように、寒風が吹き荒れもしない。しかし、この森がどれほど深く広いのか、案内人を失った三人には、見当もつかなかった。

 ふと、気配を感じた三人が見上げると、オトシゴが三頭、飛んで来るのが見えた。三頭とも元気良く飛行している。三人の姿を見つけると、オトシゴたちは親しげに近寄ってきた。コウタたちは、無性に嬉しかった。自分たちを、ちゃんと覚えていてくれたのだ。

「おまえたち、無事だったんだね。良かったよ」

 オトシゴたちは多少元気がなかったが、亮平が頭を撫でると、猫が喉を鳴らすみたいな声を出した。オトシゴたちは、もう楽譜の五線や音符を吐き出してはいない。

 三人は、それぞれのオトシゴに乗り込むと、再び空へ舞い上がった。オトシゴたちは今までと違って、少々重たそうだ。

 コウタは、また襲撃されるかもしれないと、警戒していたが、オトシゴたちは、平然と飛んでいた。どうやら危機は去ったらしい。動物の本能で、それがわかるのだろう。オトシゴたちは、龍の消えた方向へ自然と向かっている。

 コウタたちはそれぞれ、眼下に広がる青黒い森に、目を凝らした。この広大な森で小さな何かを見つけるのは、大海に漂う一艘の小舟を見つけるより、難しい。それでもコウタたちは、諦めずに、下界に広がる森を、長い時間探し続けた。

 さすがに、目も首も頭も悲鳴を上げ、体力が限界かと思われた頃、森の外れが見えてきた。

 鬱蒼と生い茂った森は、そこでぷっつりと途切れ、なだらかな野原が広がっていた。野原の裾野には、人家がぽつぽつと姿を現し、家と家を繋ぐ細い道路が、うねうねと続いている。河の水面が反射してできた輝線が、遠くに見える。

 翔を呑み込んだ巨大龍を発見できず、三人は落胆した。けれども、人家があるのなら、そこにいる者たちから、龍に関する話が聞けるかもしれない。

 コウタたちが何も言わなくても、オトシゴたちは、人々の集まっている村の広場へ飛んでいった。

 広場には大勢の人が輪になって、中心にいる者たちを取り囲んでいる。人々のピンと張りつめた視線が、広場の中心に向けられていた。どうにも不穏な雰囲気だ。広場の周りには、大きな木々が弧を描いて立ち並んでいる。

 人々の大半は普通の人間の姿形だ。水曜亭で出会った、厨房の人々にも似ている。ただ、服装だけが、かなり違っていた。綿でできた体操着風のものや色合いを無視した重ね着など、実に田舎らしい装いだった。

 コウタたちの乗ったオトシゴの一群に気がつくと、人々の表情はふっと緩み、笑顔さえ浮かべていた。オトシゴたちは広場の外れに、ゆっくり降りて行った。

 地面に着地する直前、人々が取り囲んでいたものが、斜め上からよく見えた。

 五匹の小さな生き物だ。縄でひとまとめに括られている。コウタは一瞬、地下の小人族かと思ったが、少し違っていた。その顔はひどく醜く、妖怪じみている。鼻は潰れ、口からは牙がはみ出し、目つきはこの上なく凶悪だった。その醜悪さは、どうやっても隠し切れないほど、如実に表れている。小人族は、これほど醜悪ではなかった。

 筋骨隆々の大男が、人々と共に、この奇妙な生き物をしっかりと見張っている。大男は、鉄製の兜をかぶり、大きな剣を手にしていた。ちょうど、周囲の木々に紛れていたので、コウタたちは、その大男に、すぐには気づかなかったのだ。

「おお、みんな、無事であったな」

 たくましい大男が、着陸とほぼ同時に、コウタたちに声をかけてきた。集まっていた人々も、口々に安堵の声をあげている。

 大男は、背中に炎の盾を背負っていた。盾から大きな炎が吹き上がっているため、人々は大男から遠慮がちに離れている。門番の雷神族みたいな、炎の目ではないものの、眼光は鋭く、容ぼうはそっくりだ。コウタたちは、すっかり忘れていたオー君の手配書を思い出し、顔色が変わった。

 ところが大男の方は、コウタたちがうろたえたのは、自分の恐ろしい風ぼうのせいだと、勝手に勘違いした様子だ。

「ああ、心配しなくていい。私は、この世界の安全を守るため、犯罪を取り締まっている持国天(じこくてん)という者だ。月桃森で襲撃を受けたのは、君たち一行だね?」

 それを聞いたコウタは、内心ますます心配になった。オー君は、早くも亮平の後ろに身を隠している。コウタは、平静を装い答えた。

「ええ、そうです。僕たちは月桃森の上空で、突然、下から飛んできた赤い火の玉で撃ち落とされました。僕らを襲撃したのは、もしかして、あそこで縛られている生き物たちなんですか?」

 コウタは持国天の視線を逸らせようと、奇怪な生き物の方を指さした。

 持国天は、さもありなんとばかりに、うなずいた。その拍子に、背中の炎も一緒に揺らめいた。そして、縄で縛られている生き物を、長い鉾で差し示しながら大声で言った。

「そうだ、こいつらが犯人だ。森に潜んで、子ども族を襲撃するなんて、とんでもない奴らだ」

 すると、醜悪な生き物たちは、いっせいにふてくされて、顔を背けた。

「おれたちは、こいつらでも、とんでもない奴って言う名前でもないぜ。天邪鬼(あまのじゃく)だ。それに、悪さをするつもりじゃなかったんだ。もらった杖を試していただけさ」

「ああ、試していただけなんだろうよ。子ども族に向けてな」持国天はぐっと、にらみをきかせた。「善良な子ども族に、火の精から盗んだ炎の矢を使うなんて、よくもまあ、大それたことを仕出かしたもんだ。しかもオトシゴがケガを負った。これは、大ごとだぞ。覚悟しておけよ、天邪鬼どもめ」

 天邪鬼たちは、オトシゴがケガしたと告げられ、微かに動揺した。

 輪になっている人々が、賛同の歓声と拍手を送った。人々も、この天邪鬼にはよほど手を焼いていた様子だ。歓声は、しばらく鳴り止まなかった。その人々の輪の中から、ひときわ軽くてにぎやかな声が響いてきた。

「そうですとも、持国天さま。こいつらは、おれたちが月に渡る時、この月桃森でいつも悪さをするんです。鳥網を仕かけたり、孔雀石(くじゃくいし)鉄砲を打ったり、誘導花火を打ち上げたり。ですが、今回ほど、ひどかったことはありますまい。オトシゴたちがケガをしたのです。うんときついお仕置きをして下さい」

 また、大きな拍手が湧いた。その派手で尊大ぶった声は、紛れもなく、彦助だ。

「彦助!」

 名前を呼ばれた彦助は、コウタたち三人に気がつくと、ひとっ飛びでやって来た。

「おまえたち、遅かったな。どこで、道草を食っていたんだよ」

 彦助は、淡々と言ってのけた。

「彦助、ああ、おまえ無事だったんだね!」亮平が飛びついて、彦助を迎えた。「ああ、よかった、よかった、本当によかった。散々探していたんだよ」

 亮平は、彦助の小さな頭を執拗になで廻した。力を加減していても、小さな彦助にはかなりの勢いだったので、彦助の頭は、前後左右に、大きく揺れた。彦助は、思ってもみなかった歓迎にひどく驚いていたが、そうされるのが、嫌ではなさそうだ。

「あったりまえよ。この彦助さまが、こんな天邪鬼ごときにやられて、たまりますかってんだ。こいつらは、おれたちイワツバメの、永遠の天敵さ」

 彦助は亮平の肩に留まると、天邪鬼に向って散々悪態をついた。ひとしきり、罵って満足すると、彦助はふと、首を傾げた。

「おや、一人、足りないぞ」

 三人は一様に、沈痛な顔つきに変わった。重苦しい空気が流れた。

「実は、翔が、巨大な龍に、オトシゴごと呑み込まれたんだ…」

 コウタは言い淀みながらも、事の顛末を説明した。重苦しい沈黙が流れた。しかし、彦助は目を丸くして、ついて来いとだけ言うと、素早く飛び立った。

 三人は、群集の輪を抜け、彦助に誘導されるまま、広場から出て野原を歩き出した。彦助は、三人より一足も二足も早く、先へ先へと飛んでいった。三人は、彦助を見失わないよう、急ぎ足で後を追った。

 一時間ほど歩くと、更に視界が開けてきた。なだらかな原野が、月光に照らされた白い地平線までずっと続いている。と思ったら、白っぽく光るのは地平線ではなく、小高く盛り上がった土手だった。その土手は、視界の左右いっぱいに長く広がり、向こう側の景色を遮っている。

「あの土手を越えれば、すべてわかるさ」

 彦助に促され、三人は土手まで歩き、登ってみた。妙な色をした土手だ。土の中に、金属板が埋もれているのだろうか。鈍い光が、時折見え隠れする。登った感触も、変だった。なんとも、足にしっくりとこない地面だ。

 土手の頂上まで行かないうちに、足もとが突然揺らいだ。地震かと慌てた三人は、土手を急いで滑り降りた。そこから振り返って、土手を改めて見ると、驚きのあまり腰を抜かしそうになった。


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