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第3話 シズカとミユキ ◇前世

◇回想


 シズカが男性アーティストと付き合い始めて半年くらい経ったある日のこと。私たちの所属する芸能事務所で目の当たりにしたのはとある週刊誌の記事。

 そこには衝撃的なことが書いてあった。


「シズカが不倫って……、どういうことですか!?」

「い、いや、私もよくわからない。事実関係を確認中だ」


 その記事を見せてくれた事務所のスタッフに私は食いかかる。それくらいインパクトの強いニュースだった。


 内容をざっくりまとめると、シズカと付き合っていた男性アーティストは実は既婚者で、妻子がいることを隠してシズカと付き合っていたというものだ。


 運悪くデートしているところを写真に取られてしまい、不倫が発覚したというわけである。


 しかも厄介なことに、不倫というのは法律上、未婚者が加害者で、既婚者のほうが被害者になる。

 どんなにシズカに悪意がなく、騙されていたとしても、法的には加害者扱いされてしまうのだ。


 この記事が出た直後にバンドは活動休止を余儀なくされる。そして、渦中のシズカは人前に晒されることを恐れて自室に引きこもるようになった。


 私の人生最大の失敗だった。あの時シズカの背中を押さずにもうすこし慎重になっていたら、こんなスキャンダルは起こさなくて済んだのだ。


 しかしもう遅い。シズカに対する世間の冷たいバッシングは止まらなかった。どこを見ても彼女を攻撃する言葉ばかりで、見えないナイフがシズカの心を次々に傷つけていったのだ。


 せめて私だけは彼女の味方でいようと、ずっとシズカの部屋で一緒に過ごし、できる限りそばにいた。少しの間、このほとぼりが冷めたら大丈夫。余計なお世話だったかもしれないけど、私なりに毎日彼女を元気づけた。


 シズカは引きこもって間もないころ、復帰したときのためにと言って曲を書いていた。

 原型が完成したから聴いてほしいと言われたときのことを、私はよく覚えている。


「……どう? かっこいいかな?」

「うん。さすがシズカだね。私の贔屓目なしにしても、この曲はいいと思うよ」

「よかった。復帰できたときにこれが演奏できたらいいね」

「そうだね。この曲ならきっと、私も他のみんなも、思い切り演奏できる。ファンのみんなも、きっと喜んでくれるよ」


 そのときのほんのりと笑ったシズカの笑顔が脳裏から離れなかった。おそらくそれは彼女の生涯最後の笑顔だったからだと思う。


 世間のシズカに対するバッシングは止まらない。なるべくニュースや雑誌などは見ないようにしているが、この情報社会で完全にシャットアウトするのは難しい。


 相手は有名アーティスト、こちらは駆け出しバンドのフロントマン。世間からは売名行為だの、つきまといだの好き勝手なことを言われてしまうのだ。おまけに相手の休業補償や事務所への損害賠償など生々しいお金の話もどんどん出てくる。

 

 シズカには相手を貶めたつもりなど全くない。だが、相手の立ち回りがうまく、社会的認知度も高いせいで世間は誤解していく。


 シズカの心は、確実に蝕まれていったのだ。


 


 ある晴れた日、シズカの自宅マンション。いつもの通り私は家事や掃除をしていたのだが、シズカが珍しく洗濯物を干したいと言ってベランダに出た。

 洗ったばかりのシーツやタオルを干しながら、彼女は私にこう言ってきた。


「ねえミユキ、もう我慢しなくていいんだよ? ミユキは悪いことしてないんだから、普通に暮らしていいんだよ?」

「我慢なんてしてないよ。私はただ、シズカと一緒にいたいからこうしてるだけ。それに、何度も言ってるけどシズカは悪いことしてないじゃん」

「昔からそういうおせっかいなところ、変わってないね」

「おせっかいって言うな。本当に心配しているんだから」

「ふふっ、やっぱり変わってないね。ミユキはいつも私に優しくしてくれる。すごく頼りになる。ありがとう」


 そのシズカの改まりっぷりに、なにか私は違和感を覚えた。


「ど、どうしたのさ急に。別に感謝なんてしなくても、親友のシズカがそばにいてくれるだけで十分私はうれしいよ?」

「ははっ、そうだね。ミユキのそういうところ、本当にミユキって感じだよね。ミユキがそばにいてくれて、よかったなって思うよ」

 

 やけに物憂げで、でも薄っすらと笑っているような、曖昧な表情をシズカは浮かべていた。

 

「本当にどうしたんだよ、ちょっと体調悪くなっちゃった? そういえば、朝ごはんもあまり食べてなかったし」

「そうだね。ちょっとお腹がすいちゃったかも。……ミユキ、台所から何か食べるものを持ってきてくれる?」

「わかった、ちょっと待ってて」


 そのとき、私は台所に行ってしまったことを一生悔いている。

 冷蔵庫から昨日の残り物を取り出して電子レンジで温め、シズカのもとへ持っていくと、そこに彼女の姿はなかったのだ。


「シズカ……? どこに行ったの? ねえ?」


 ベランダを見ると、彼女が使っていたサンダルが一足、綺麗に並べられていて、書き置きのようなものが添えられていた。


 そこにはこう書いてあった。


『ごめんね、私の心が弱すぎて、もう耐えられませんでした。先立つ不幸を許してください。これ以上生きていたら、ミユキまで不幸にしてしまうから。苦しむのは、私だけでいいから。ミユキ、本当にごめんね』


 私は膝から崩れ落ちた。

 ベランダの下を見る気にはなれなかった。

 気がつけばマンションの周りには救急車やパトカーが集まってきていたが、私はずっと魂が抜けたように呆然としていた。


 シズカは自ら命を絶ってしまった。

 彼女は真っ当に生きていて、悪いことなんて一つもしていない。それなのにどうして、こんなことにならなければいけないのか。

 罰を受けるべきは相手のほう。もしくは、背中を押してしまった私だ。

 

 シズカが死ぬのは間違っている。でも、もう取り返しはつかない。

 

 彼女の死後、バンドは解散。私は生きている意味を感じられず、ニートになってしまった。無気力になり、その後の余生を無為に過ごしたのだ。


読んで頂きありがとうございます


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