第三十四話 やけ酒に涙
「うっ、くっ……。マッチングアプリの男なんてクソみたいなやつしかいないよ! クソ野郎ばかりだよぉ!!」
「そんなにひどい奴らばかりだったんですか」
「まずデートの約束ドタキャンする野郎でしょ! 一回会って即音信不通になる野郎でしょ! 極めつけはいい人だと思ったら怪しいセミナー連れてこうとするろくでなしだよ! もう人間不信になるよ! あんなの」
「それは大変ですね。俺は絶対にやりなくないです」
あの手のものは男性の方がハードモードだと聞いていたが、女性だからといって必ずしも良縁が見つかるわけでもないらしい。
「聞いてくれる? 私のこれまでの地獄の連敗街道を」
「ええ、もちろん聞きますとも」
麻玲衣さんは残りのビールを一気に飲み干し、ゆでだこのように顔を赤らめた。
「よーし! 決めた! 今日の舞香の活動は臨時休業にする! 思いっきり、やけ酒だぁー!!!」
それからは、麻玲衣さんの愚痴を聞きながらひたすらそれを慰めるという構図が続いた。
息を吐くように語られる、豪快な振られエピソードの数々。それらは配信では決して顔を出さない常坂麻玲衣という人間を凝縮したような話ばかりだった。
「ちょっと、なに笑ってるの?」
「すみません。でも、今の話ネタとして普通に面白かったんで」
「まあいいよ。笑いの種にしてくれるならね」
開けられたビール缶の数はもう何個目かわからない。
酒が入るたび、麻玲衣さんの表情は少しずつ変化していった。
「あー、すっきりした。やっぱりこういうのは吐き出すものだね。なんかもうどうでもよくなっちゃった。いやぁ、今付き合ってくれてありがとね」
「いえ、俺も久しぶりに麻玲衣さんと喋れて良かったです」
「もしかして陽くん、私が恋しかったりした?」
「まあ少しは。というかよく考えてみたら俺、麻玲衣さんが以外まともに話せる人いなかったんで」
「えぇーなにそれ! 嬉しい! もっと連絡くれれば良かったのに」
ほろ酔い状態の麻玲衣さんの雰囲気に釣られたのか、今ならすんなりと本音を吐き出せそうな気がする。
「俺、大学デビューはいまさら無理ですが、これからもっとちゃんと勉強して就職して、麻玲衣さん以外の友人もそこそこ作っていこうと思います」
「私とは距離を置くってこと?」
「そうは言ってません。ときわ坂舞香のことも、麻玲衣さんのことも応援し続けます。でもこれから麻玲衣さんの婚活が進んだ場合、俺とこうやって会って話したりするのはマズいでしょう。」
「じゃあ婚活辞める!!」
麻玲衣さんは声を張り上げた。
顔は赤いが、目には強い光が宿っている。
「えっ? どうしてですか」
「最初から薄々勘づいてたけどさ、私婚活向いてないもん。今回やってみてはっきり分かったから、もういい」
「本当にそれでいいんですか?」
「逆に聞くけど陽くんは私の婚活に遠慮して会うの控えて、それでいいの?」
「いいもなにも、仕方がないと言うか」
「私は嫌だよ。陽くんと会えなくなるの」
「麻玲衣、さん?」
大粒の涙が、ぽろぽろとこぼれ落ちるのを見た。
分かっていたことだが、この人の情緒は本当に予測できない。
「ごめんなさい。嘘言いました。俺も麻玲衣さんと会えなくなるのは嫌です。これからもこんなふうに、麻玲衣さんと話したりしたいです」
「……陽くん」
「はい」
「好きっ!」
「ちょっ、麻玲衣さん?!」
「もう離さない」
いきなり飛びかかってきた麻玲衣さんに抱き締められ、息が苦しい。
顔にかかる吐息が、あまりにも酒臭い。
「酔っ払い過ぎですよ、もう」
「酔ってるよ。悪いか! 酔わないとやってられないんだよぉ!」
「とにかく離れてください。その、お酒の臭い凄いです」
「はいはい。でもそう言いながらちょっと顔が赤くなってない?」
「なってないです。ていうか、そういうウザ絡みのせいで振られたんじゃないですか?」
「ごめんなさい。調子に乗り過ぎました」
麻玲衣さんは急にシュンと静まり、無口になった。
明らかに酔ったせいではあるので、別にこれ以上怒る気はない。
「……麻玲衣さんはいまだに、映画のような燃え上がる恋をしたいって思ってますか?」
「うん。多分上手くいかないのそれが原因だってわかってるんだけどね」
「俺はそういう恋愛って作り物で、現実にはないものだと思ってます」
「陽くんがそういう考えなのは知ってる」
「でももし結婚するのなら、一緒にいて楽しい人との信頼関係の延長、っていうのが一番だとも思います」
「えっ?」
「あ、時間なのでそろそろ帰りますね。バイトまではさすがにサボれないので。今日は久しぶりにたくさん話せて良かったです」
「ちょっ、待っ! 陽くん、それって」
速やかに部屋を後にする。
これだけ酔いが回っていれば、今言ってしまったことなどきっとすぐに忘れてしまうだろう。
外に出ると、気持ちいぐらいに青い空が待っていた。
途中目に付いた洋食屋で軽く小腹を満たし、帰りの電車に乗り込む。
座席に着きエタクラを開こうとしたところ、ふと若い男二人組の会話が耳に入って来た。
「そういえばお前がこないだ言ってたVチューバーいたじゃん」
「ときわ坂舞香?」
「そう、ときわ坂舞香! 試しに観てみたけど結構おもろいな」
「だろー。あのキャラからでしか補給できない成分があるんだよな」
「わかる。なんというか独特の味があるよな」
「お、今日も配信やるみたいだぜ。帰ったら観よっと」
「俺も観るわ」
舞香のSNSを確かめてみると、時間指定とともに本日配信予定とはっきり記してある。
臨時休業の話は一体どこに消えたのだろうか。
『次は鉄門町、鉄門町。お出口は左側です』
電車は少し大きく揺れると、ゆっくりと減速し始めた。
冥堂陽翔。19歳。
相変わらず将来成し遂げたいこともなければ、人生の目標といって思い当たるものもない。
しかし人生に希望がないかと言ったら、そうでもない。
少なくとも、ただ死ぬのが怖いから生きていると言うよりは、今は前向きでいられている気がする。
これにて完結となります!
ここまで読んで下さり、大変ありがとうございました!!




