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レスバしてた相手がメンヘラ地雷系Vチューバーだった話  作者: 武藤一光


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第三十二話 復活と婚活 

 洗面台の鏡とにらめっこをしながら、我ながら不慣れな手つきで髪を整えてみる。

 別に彼女を異性として意識しているから、というわけではない。

 あくまでも今後における、最低限の社会人としての身だしなみの練習だ。

 というより、麻玲衣さんは必ずそれなりの恰好をしてくる。

 こちらだけ外見に無頓着というのは不躾だ。


「どうしたの、柄にもなくお洒落して色気づいちゃって。好きな子でも出来た?」

「母さん、そういう絡みはウザいよ。行ってきます」


 とは言え少々派手にセットし過ぎただろうか。

 駅のトイレで少し落ち着いた髪に調整しなおし、待ち合わせ場所の喫茶店へと向かった。

 

「やっほー。陽くんこっちこっち」


 店内に入るなり、麻玲衣さんが大きく手を振って合図してきた。

 彼女はすでに席についており、優雅にコーヒーを飲んでいた。


「どうも。こんにちわ、麻玲衣さん」

「外はまだ暑いでしょ。ほいこれお土産」

「これ、美味しいと評判のシュークリームじゃないですか。いいんですか?」

「えへへ。たまたま来る途中の道にお店があったから買ってきたんだ」


 声と表情からして、あきらかに機嫌が良さそうだ。

 目の輝きがそもそもにして違う。炎上していた時とは見違えるようである。


「ありがたく頂戴します。でも、何もしてないのにこんなにいいもの貰っちゃって、なんだか悪い気がします」

「なに言ってるの? これは私なりの感謝の気持ちだよ。陽くんがいたからこそ、舞香は復活できたんだからね」

「麻玲衣さんが自力で立ち直っただけですよ。俺は大したことはしていませんって」


 今日の麻玲衣さんは過去一と言っていいほどにお洒落な服装で、メイクもばっちり決まっていた。

 これだけ見れば普通に素敵な大人の女性だが、先日聞かされた破天荒エピソードは計り知れない。 

 つまり俺が知る"ヤバい麻玲衣さん"はまだまだ氷山の一角に過ぎないということだ。


「配信、楽しいですか?」

「うん! めちゃめちゃ楽しいよ。やっぱり私の居場所はここなんだって、日々実感してる」

「視聴していてもそれは伝わってきます」

「でしょ! 登録者数うなぎ上り! 調子は絶好調! まるで死の淵から這い上がると強くなる戦闘民族だよ」

「はは、言い得て妙ですね」

「だからこそこのタイミングでなら、勢いに乗って陽くんに言いたいことを言えると思ったんだ」

「言いたいこと……それが俺をここに呼んだ理由ですか」

「うん。聞いてくれるかな」


 そう構えて言われると、こちらとしても身が引き締まる。

 声のトーンからして、悪いことではないと信じたい。


「はい」

「それじゃあ言うね。ふぅ」


 ひとつ、深呼吸を置いて麻玲衣さんは言った。


「将来について、前ファミレスでちょろっと陽くんと話したことあったじゃん」

「あのときは心無い言葉を言ってしまって、その、反省してます」

「ううん。陽くんの言ってたことは事実だから。でもその上で、やっぱり私はVチューバーとして頑張っていくつもりだよ」

「はい」

「だけど私の求める幸せはそれだけじゃないんだ。素敵な人と結婚して幸せになりたいっていう、普通の女としての思いもやっぱりあるんだよ」


 年齢を考えれば、そのような願望を内に秘めていても不思議ではない。

 しかし現在(いま)の彼女の口からその言葉が出たのは、正直なところ意外だった。


「それでなんだけどさ、陽くん真面目に私と結婚しない?」

「へっ?」

「ごめん、いきなりでびっくりするよね」

「え……えっとその、マジですか?」

「もちろん無理にとは言わないよ。でも私は、出来るならそれが一番幸せだと思ってる」

「考えを整理しますので、少し待ってください」

「うん」


 砂糖のたっぷり入ったコーヒーで脳へと糖分を送り、全速力で脳をぶん回す。

 以前から冗談交じりにこういったことを言う人ではあったが、わざわざ機会を作ってのことだ。

 ここは動揺している場合ではない。

 

「麻玲衣さんと接していて、すごく楽しいと思っています。でも、俺にとってはやっぱり、この関係はそういうのじゃないんですよ」


 俺からすると、結婚というものにはまだはっきりいって実感が湧かなかった。

 相手として麻玲衣さんがどうかというより、責任感や自由を縛られるイメージのほうが、どうしても先に来てしまう。

 今の言葉選びが正解だったかはわからない。麻玲衣さんは黙って頷きながら聞いていた。


「やっぱそうだよね。陽くんならそう答えるだろうと思った」

「なんかその、ごめんなさい」

「ま、私みたいなメンヘラ地雷おばさん、普通に嫌だよね」

「いえそんなことは」

「はは、冗談冗談。真面目にちゃんと考えてくれてありがとね。まあこうなることは初めから分かってたんだよね」


 次の瞬間、麻玲衣さんは小さく笑い、そして声を弾ませた。

 

「ということで現在お仕事絶好調中の私こと常坂麻玲衣は、最高の旦那さんをゲットするべく婚活を始めることにします!」

「婚活、ですか?」

「そ。婚活だよ」

「で、具体的になにをするんですか」

「結婚相談所もいいけど、まずはアプリからやってみようと思う。いい流れに乗って幸せも掴んでみせる! 陽くんも応援してくれるよね?」


 もちろん、首を横に振るつもりは毛ほどもない。

 なるべく満面の笑みで返すように努めた。


「一度きりの人生です。幸せにならなきゃ損ですよ。麻玲衣さんが本気出せば普通にモテると思います」

「ありがとう! 陽くんならそう言ってくれると思ってたよ」

「でも男を見る目がないのが少し心配です」

「その点は今の私なら大丈夫だと思う。陽くんの良さを見出した私ならね」


 麻玲衣さんはいかにも自信ありげに白い歯を見せた。 

 このときはまだ、この婚活を心の底から応援できると、疑いもせずに思っていた。

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