第三十話 意外な関係
休み明けの初バイトはあっという間に過ぎた。
いつもより体感時間が短く思えたのは、久しぶりに赤の他人と触れ合う機会が新鮮だったからかもしれない。
「陽ちゃんお疲れ。そろそろ上がっていいよ」
「あ、もうそんな時間ですか。ではお先に失礼します」
「待って。陽ちゃんさ、休暇の間になにかあった? 顔つきも心なしか精悍になったし、なんか接客に自信がついた気がするわ」
「まあ色々と。話せば長いですよ」
「えー、聞きたい聞きたい」
「めちゃくちゃ長いですよ?」
「そっか。それじゃまた今度にするわ。次もよろしくね。陽ちゃん」
俺のことを下の名前と呼ぶのは店長と麻玲衣さんの二人だけだ。今ではその呼び方も以前よりは幾分か好きになれた気がする。
エプロンを脱ぎ外へと出ると、空はすっかりと暗くなっていた。
夜のモードへと様変わりした街を足早に通り過ぎ、駅の構内へと入る。
電車はホームへ降りてから間もなくして来た。
空いている座席を探して座り、まっさきに鞄からスマホを取り出す。
『ご乗車ありがとうございます。この電車は開王線、凱旋台行きです。次は金鳥ケ丘……』
アイコンをタップし、エタクラを起動させる。
脳内再生余裕のタイトルコールと同時に、意識は世界観へと入り込む。
しばらく触らないうちに、未プレイの新規イベントが随分とたまり込んでいた。
溜めていたゲーム内通貨にて新たなガチャを引き、それらイベントを順番にこなして遅れていた分を取り戻す。
山に行く前は多少マンネリ化していた部分もあったが、今この瞬間はそのどれもが身に染みるほどに面白い。
そう感じる理由は、大自然の空気に触れて脳がリフレッシュされたからだろうか。
あるいは、ときわ坂舞香がもう一度配信を始めたからだろうか。
最寄り駅に到着し、改札を抜けるなり、エタクラを一旦閉じて動画サイトを開く。
たった今、本日の彼女の配信が始まったところだった。
そのままスマホでの視聴も可能ではあるのだが、やはり歩きスマホでは十分に楽しめない。
ゆえに、駆け足で自宅へと戻る必要があった。
「ただいま」
「おかえりなさい。ご飯は今日はいいんだっけ」
「うん。大丈夫、食べてきた」
食べてきた、というのは嘘で、正確にはこれからバイト前にあらかじめ買っておいたものを摂取する予定だ。
自室に上がり、サンドイッチを咥えると同時にパソコンを起動させる。
本日の企画はとあるVチューバーとのコラボ配信で、ちょうどその相手が登場するところだった。
特別ゲストこと、爆嶋毒露美の画面内での姿は、革ジャンを着込んだライダー風の女性で左目には鬼の紋様が刻まれた眼帯が装着されていた。
『オイ! えっと、今は舞香だっけか? ようやくくたばったと思ったら性懲りもなくノコノコ出戻ってきやがってよ。てめぇの面の皮の厚さはヒグマ並みだなオラ!』
のっけからのかませぶりに、コメント欄の視聴者たちもさすがに戸惑っているようだ。
一体どのようにしてこのコラボの話が持ち上がったのか、なぜ麻玲衣さんがこのコラボを引き受けたのか、俺にはなに一つとして分からない。
単なる話題集めの同接数稼ぎにしては危険すぎるというのは、気のせいではないはずだ。
『え、やだぁ! なんかこの人怖いぴょろ! 初対面なのにめっちゃ突っかかってくるぴょろ』
『そういうのいいから。みんな分かってんだよ。つーかなんだそのぴょろとかいう語尾はよ! ひょんはどうしたひょんは! アァ!?』
『さっきから人違いぴょろよ。舞香は意外とかわいいパンパンマンの下着つけてる毒露美ちゃんのことなんか一切知らないぴょろ』
『知ってんじゃねか!』
『勘で言っただけぴょろ。パンパンマンの下着つけてるのは本当ぴょろか?』
『う、うるせえっ!』
どうにも、会話の雰囲気が思っていたのとは違っている。
いつぞやの会食にて毒をまいていた、あの爆嶋毒露美はどこに消えたのだろうか。
これではまるで、息の合った漫才コンビの掛け合いである。
『言っとくけどな! うちはお前みたいな失言やらかすやつと関わり合いになるのはリスクがあるってんで、本来事務所から止められてんだからな! それをお前がどうしてもって言うもんだから仕方なく絡んでやってんだ! 感謝しろ!』
『連絡してきたのは毒露美ちゃんのほうぴょろよね』
『はぁ!?』
『嬉しかったなぁ、てっきりあの頃の友情は紛い物で舞香のことなんか歯牙にもかけてないと思ってたのに』
爆嶋毒露美は咳払いをした。
視聴者たちもようやくノリを理解してきたらしく、コメントが活気づいてきた。
『前置きはこれくらいにしとこうぜ。今日の企画はカードゲーム対決だろ? てめぇをぶっ倒すために最強のデッキ組んできたから覚悟しやがれ』
『望むところぴょろ』
『じゃあ早速一戦目行くぜ! せーの』
『『レッツ! デュエル!!』』
デジタルカードゲームによる二人の対決が始まった。
彼女らのバチバチに煽り合うスタイルは、対戦ゲームとは抜群の相性だった。
実力が拮抗していたのもあって優勢と劣勢が頻繁に入れ替わり、観ていて飽きない展開が続いた。
『手札を3枚捨て、HPを300支払い能力を発動! シールドを破壊! これで終わりぴょろ! 終焉のグラン・レイザー!!! くたばれひょろぉ!』
『くっ、ちくしょう! ずりぃよそのカード! お前全部それ頼りじゃねえか!』
『はっはっはっは! 勝てばよかろうぴょろなのだ』
ときわ坂舞香は豪快に笑ってみせた。
その活き活きとした笑い声は休止前となんら変わりがない。
まさしく完全復活だ。
人気もここのところ上々で、炎上から復帰という流れが結果的に知名度の獲得に繋がったとも言える。
『いやぁ、今日は本当に楽しかったぴょろ~。毒露美ちゃんも相変わらず元気そうで、可愛かったぴょろねえ。うん、そうそう! またコラボやりたいぴょろね。それじゃあ今日はこの辺にしておくぴょろ。お前ら、お休みぴょろ。愛してるぴょろー!』
結局、終わってみれば大盛況で配信は閉じられた。
復活後の配信に今のところハズレはないが、今日は特に面白い映画を観たかのようだった。
今夜は気持ちよく眠れそうだ。
が、その前に、まずは爆嶋毒露美との関係性について本人に聞かなければならない。
スマホを手に取り、チェインの画面を開こうとしたその瞬間だった。
ピロリロリロリリロリン! ピロリロリロリリロリン!
着信音。画面に表示された数字はどう見ても見知らぬ番号である。
こんな夜分遅くに掛けてくるなんて、普通に考えて迷惑電話の可能性が高い。
出ずにやり過ごすのが得策だろう。
ピロリロリロリリロリン! ピロリロリロリリロリン!
ピロリロリロリリロリン! ピロリロリロリリロリン!
ピロリロリロリリロリン! ピロリロリロリリロリン!
迷惑電話でコールがここまでしつこいことがあるだろうか。
とうとう痺れを切らし、勢いのあまり通話ボタンを押してしまった。
「こんばんわ。どうも。明日葉です」
「え……? あ、白菊さん!?」
電話越しでもわかる上品な喋り声は、名乗るよりも先に俺に正体を連想させた。




