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レスバしてた相手がメンヘラ地雷系Vチューバーだった話  作者: 武藤一光


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第二十九話 スーパーアングラー麻玲衣 

「この辺だったっけ? 前いっぱい釣れたとこ」

「確かもう一つ向こうの岩のあたりですね」


 ただでさえ山間部は涼しいのだが、水辺となれば尚更だ。

 長袖のシャツを着ていても、少し肌寒いくらいである。

 目的の岩場まで着くと、俺たちは背負ってきた荷物を下ろした。


「よっこらしょ、っと。よーし、どっちがより大きな魚が釣れるか勝負だよ。負けた方が洗い物当番ね」

「いいでしょう。前回は俺の方が大物釣りましたからね、今回も負けませんよ」

「それはどうかな。今日は私、なんだか行ける気がするんだよね」


 山で生活を始めてから、かれこれ五日ほどが経過していた。 

 この渓流で釣りをするも、これでもう二回目となる。


「それじゃあエサのセッティングやりますね」

「待って。私の分は私でやる」

「ミミズですよ?」

「うん、大丈夫。ここ数日でいっぱい虫見てきたから慣れちゃった」


 初回のときには発狂するほどに気持ち悪がっていたミミズを麻玲衣さんは素手で掴むと、いとも簡単に針へと括り付けた。


「どう? ちゃんとできてる?」

「麻玲衣さんって意外と器用というか、わりとなんでもこなせるんですね」

「意外?」

「そりゃあ、あの部屋の散らかり様を見ていたらね。正直、山での暮らしにこんなに適応出来るとは思いませんでした」

 

 思いきり竿を振り下ろし、水面に仕掛けを投げ入れる。

 チャポンという音とともに、ほぼ狙ったあたりに着水した。

 

「実を言うと私自身、びっくりしてるんだよね。私ってなにやってもダメな奴なんだと思ってたけど、意外とやればできる子かも。よっと!」


 続いて麻玲衣さんも釣り糸を垂らす。

 この川で釣れるのは主にイワナで、塩焼きにすると美味だ。

 もちろん自分たちで釣ったという補正はあるだろうが、あの味を知れただけでも来た甲斐があると言える。


「麻玲衣さんが覚醒したのには、生活に不便な田舎に来てある意味腹を括ったからってのはあるかもですね」

「それはあるかも。いや絶対あるよそれ」

「それで、実際どうでしたか? ここでの暮らし」

「なんていうかこれまで目の前の世界が全てで、もう逃げ場なんかないって思ってたけど、そうでもないんだなって。しがらみから逃げても世界は回ってた」


 獲物がかかるまでの間、ただ会話をしてじっと待つ。

 渓流のせせらぎと小鳥のさえずりに囲まれながら、こうしてのんびり駄弁るのも悪いものではない。


「気に入ってくれたようでなによりです。ぶっちゃけ、不満を言われたらどうしようかと思っていました」

「最高だよ。のんびりできるし、お爺ちゃんお祖母ちゃんはやさしいし。やっぱりネットの世界なんて全部虚構だったんだね」


 正直、その意見だけは素直に同意したくはなかった。

 もしもネットの全てが虚構であったなら、腐った甘ゴリラとのあのやりとりすらも本音のものでなかったら、こうして彼女とは出会ってない。


「虚構でもあり、真実でもあると思います」

「そっか……。そうだよね。なんか今なら冷静に受け止められる気がする」


 麻玲衣さんは遠い目をして言った。


「まあなにが嘘でなにが本当かは、自分にとって都合よく捉えちゃっていいんじゃないでしょうか」

「そだね。少なくとも私のこと応援してくれてたファンの言葉は、嘘じゃないって信じたい」


 ふと舞香ファンたちの温かいコメントの数々が頭によぎる。

 本人がそう言ったことを知ったなら、彼らはさぞ喜ぶだろう。


「そういえばじいちゃん言ってましたよ。麻玲衣さんは都会もんにしては根性がある、大したもんだって。やっぱ毎日ストレスに晒されながらも長時間の配信や編集作業を続けてたのは伊達じゃないんですね」

「そう言われると自信になるな。向こうに戻ってもなんとか生きていけそうな気がするよ」

「無責任かも知れないですけど、俺はやっぱり、ときわ坂舞香を続けて欲しいです」

「どうして、そう思うの?」


 麻玲衣さんはこちらをじっと見つめてきた。

 濁りのない、真っすぐな眼差しである。


「今の麻玲衣さんもいい顔してますが、配信してるときの顔はもっと生き生きとしてましたから」

「そっか……」


 すると麻玲衣さんは小さくため息をついた。


「うーん、でもずっとここにいるのもありだなあ。陽くんさえその気なら」

「俺は都会っ子なんで、ずっとここにいたら飽きて退屈に感じちゃいますね。気分転換にたまに来るのはいいけど、まだ永住したい境地ではないです」

「そう? 私はそうでもないけどな」

「そこまで言うなら麻玲衣さんだけ残るようじいちゃんたちを説得しましょうか? 俺は帰りますが」

「は、なんで? 陽くんも一緒の前提だよ」

「いや大学がありますし。一旦帰りましょう。なにか嫌なことがあったらここでの時間を思い出せばいいんです」

「うん。そだね」


 清々しいほどに弾んだ返事だった。

 と同時に、麻玲衣さんの竿が大きく曲がる。


「うわっ、スッゴい手応え! 大物だよこれは」

「やりましたね麻玲衣さん!」

「くっ、体が、持ってかれる」

「踏ん張ってください! ここ一番の気合いをみせて」

「ぬぅぅおりゃあああ!!!」


 渾身の掛け声とともに、丸々太った魚が宙を舞った。

 捌くとそれはそれは脂が乘った肉がぎっしりと詰まっており、その日は最後にして過去最高の晩餐となった。



 




『この電車は、おおたか号、灯京ゆきです。途中の停車駅は、五月代、鯨木、舞波羅……』



 帰りの列車。車内は空調がガンガンに効いていた。

 トンネルを抜けた途端、窓の外の田園風景は地方都市の郊外へと変わり、小さなビルや住宅が少しずつ顔を出した。

 つい先ほどまで、麻玲衣さんと山での生活を振り返るトークをしていた。

 そんな彼女は現在ひさしぶりのスマホいじりに夢中になっている。


「収まってる……」


 目をぱちくりさせながら、麻玲衣さんは呟いた。


「収まってるって、なにがですか?」

「舞香の炎上だよ。ある時を境に、びっくりするくらい叩きコメがなくなってる」


 早速スマホで確認してみる。

 確かにSNS上からは舞香に対する叩きコメントが綺麗さっぱりなくなっていた。

 原因を探るべく「ときわ坂舞香」で検索を掛けてみると、思いもよらぬニュースが目に飛び込んできた。


「えっ? マジか」

「なに、どうしたの?」

「花園佳澄、年齢七歳サバ読み&青年実業家との不倫交際発覚ですって。麻玲衣さん、多分これですよ」

「ウソ……」


 ここでまるで機を窺ったかのように、麻玲衣さんのスマホがブルルッと鳴った。


「チェインだ。白菊のヤツからだ」 

「なんて書いてありました?」

「ほら」


 そこにはこう記されてあった。


『いつまで意地張ってグズグズしているの。私のファンも貴女との絡みを期待している。早く戻って来なさい』


「これはもう、復活の流れなんじゃないですか」

「うーん。でもなあ」

「あとはもう麻玲衣さんの気持ち次第だと思います」

「私の、気持ち……か」


 ガタゴト、ガタゴト。

 列車が揺れる。

 麻玲衣さんの瞳の中の光は、少しずつ、そして着実に輝きを増していった。

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