第二十三話 燃え盛る炎は烈火の如く
せっかくの休日だというのに、朝から丸一日葬儀に駆り出されていては休日の意味がない。
よく知らない親戚の集まりなどというものは、俺のような人間にとっては苦痛でしかなかった。
その証拠に、あれだけ帰ってからやろうと思っていた課題のレポートに手を付ける気力が毛ほども湧き上がらない。
『こんばんぴょろー! 今日もバリバリ配信、やっていくぴょろー!』
なんとなくパソコンの電源を付けると、ときわ坂舞香は相変わらず配信をしていた。
そういえば麻玲衣さんは親戚の集まりなどには顔を出したりするのだろうか。
『今日はこの時期にしては異常に寒かったぴょろね。みんな風引いてないぴょろか? 舞香もいつより二枚厚着でお届けしてるぴょろ』
あれ以来「ずぃーカンパニー」の面々の配信は一通り視聴した。
確かにどのメンバーにも人気が頷けるほどの魅力的な個性はあった。
しかしそれでも今画面の向こうにいる彼女以上に、性に合っていると思える配信者には出会えなかった。
『ところでさ、最近AIがすごい進歩してるぴょろじゃんか。そこで舞香もAIちゃんを相棒にしようと思って色々調教してたぴょろけど……名前? ロビンちゃんぴょろ』
今回は雑談枠らしい。
麻玲衣さんの声は今日も弾んでいる。
『そうそう! MATSUGEさんの影響モロ受けてるぴょろ。あのAI漫才、舞香もやってみたくなってロビンちゃん導入してみたぴょろけど、ポンコツ過ぎてちょっとこれは使えないっていうか、まあ後でやり取り見せるぴょろけど』
決して個人のプライバシーには踏みこまず、それでいて身近に感じる。
その居心地の良さに一段と有難みを感じるのは、先程の葬儀で親戚にあれこれ尋問されたからだろう。
いつも通りに流れるコメント欄、いつも通りにリアクションをするときわ坂舞香。
おそらく今この瞬間こそ、俺は今日一番に緩んだ表情をしているだろう。
『ほんと赤ちゃんを育ててるみたいな感じで。いや例えぴょろ! 舞香は永遠の17才ぴょろ。子供育てたことなんかないぴょろよ。それでさ……んあ”あ”っ!?』
刹那、目の覚めるような野太い声が鼓膜を震わせた。
原因はとあるアカウントから投げられたコメントだった。
その内容とは投げ銭に添えられて短文で一言、「花園佳澄のパクリ。目障り」、そう綴られていた。
花園佳澄というのは最近台頭してきた若手女性タレントで、語尾にぴょろをつけたあざといキャラクターとして知られている。
『パクり? なんにも分かってないぴょろね。言っとくけど舞香の方が先にぴょろを使ってたぴょろ。むしろ花園佳澄ちゃんの方が舞香をパクったぴょろ』
正直な話また始まったか、程度にしか思わなかった。
前々から食いついてきたアンチに対してはその場でやり合うのが彼女のスタイルだ。そこのところは腐った甘ゴリラのときから一貫して変っていない。
すると噛みついてきたアカウントは再度投げ銭とともに、「どうせ中身BBAのくせにぴょろとかキショいんだよ」と、返してきた。
『は?』
直後、ときわ坂舞香は盛大に怒鳴り散らした。
『お前、絶対許さないぴょろ!! ボコボコにしてやるから覚悟するぴょろよ!』
コメント欄は待ってましたとばかりに盛り上がる。
無論こういったノリは初めてではない。所謂これはプロレスの一環だと、視聴者なら誰もが認識していた。
『つーかさ、舞香のことBBAっていうけど、花園佳澄もあいつ絶対年齢サバ読んでるぴょろ。しかも清純派で売ってるわりにあれは絶対男と遊びまくってるぴょろよ。お前みたいな女を見る目のない可哀そうな奴にはわかんないだろうぴょろけど』
今日は虫の居所が悪いのか、いつにも増して毒舌だった。普段は二割くらいしかない腐った甘ゴリラ成分が、ざっと八割くらいは出ている気がする。
しかしそれが却って、視聴者たちのボルテージを高める結果となった。
彼らの煽りに乗せられるようにして、罵声はさらなるヒートアップを遂げていく。
『だいたいお前みたいな人に嫌な気持ちをさせて喜んでるやつの口はうんこみたいな臭いがするに決まってるぴょろ! やーい、口臭うんこ野郎! 口臭うんこ野郎! 口臭うんこ野郎!!』
まるで小学生の口喧嘩だ。しかし結局、これが一番盛り上がる。
終わってみれば彼女とアンチとの口論は五分足らずの間だったが、その間のコメントの密度たるやこの世の終わりを見ているかのようだった。
もちろんこのときは思いもしなかった。この一連のやり取りが、後にとんでもない展開を引き起こすなどということは。
数日経ったある日、とあるショッキングな見出しのネット記事がタイムラインで流れてきた。
【――批判殺到! 人気Vチューバー・ときわ坂舞香、空前絶後の大炎上――】
内容を確認してみると、どうやら先日の配信で花園佳澄を批判した発言が燃えているらしい。
読み進めていくと花園佳澄への悪口部分だけがあたかも発言の趣旨であるかのように切り取られ、大々的に拡散されてしまったようである。
そしてそれに追い打ちを掛けるかのごとく花園本人が記事に触れてしまい、ファンたちが憤り、今に至ると言うわけだ。
SNSを開いてみると、そこはかつて腐った甘ゴリラが炎上したときとは比較にならないほどの、桁違いの誹謗中傷で溢れかえっていた。
この燃え方は尋常ではない。
即座にチェインを開き、麻玲衣さんに向けてメッセージを打ち込んでみた。
すると返事はメッセージでなく、電話で返って来た。
「いやマジ本当ムリ……助けてよ陽くん……」
「麻玲衣さん、その、えらいことになってますね」
「ほんとだよ。そんなつもりじゃ、そんなつもりじゃなかったんだよ」
「とりあえず花園佳澄さんには謝罪をした方がいいんじゃないですか」
「したよ。後からちゃんと正式な書面でもするけどさ。でも。ここまでボロクソに言わなくても良くない? 甘いかな私」
麻玲衣さんのこんなに弱々しい声は初めて聞いた気がする。
そこから小一時間ほど、電話で彼女を慰め続ける羽目になったのだが、その間もネット内では誹謗の手が収まることはなかった。




