第二十二話 Vチューバーたちの宴
ある日のこと。ぶらりと街を歩いていると、見覚えのある美人が目に入った。
遠目でもはっきりとわかる。
本名は知らないが、白菊菜乃花の中の人だ。
肩で風を切る、モデルのような歩き方。その姿は人混みの中であっても嫌でも目に付く存在感を放っていた。
そのときはただ目で追っていただけで、決して声を掛けたり、後を付けたりといった類のことはしていない。
数分後、買い物をした店を出た先で再び彼女と出食わしたのは正真正銘の偶然だった。
「あ、ども」
「…………」
がっつりと目が合った気がしたので軽く会釈をしたのだが、彼女は目もくれずに通り去った。
直後、背後から何者かに肩を叩かれたかと思うと、黒服の男たちが俺の身を取り囲んだ。
「乗れ」
言われたのはそれだけだった。
男たちの太い二の腕と熱い胸板の前では、口答えをする気にもなれない。
誘導された先は黒塗りの高級車。
人生終了の文字すらうっすらと頭に浮かび始めたそのとき、ドアが開き、例の女が乗り込んできた。
「ごめんなさい。少し怖い思いをさせたかしら」
心から悪いと思っていなさそうな声色だ。
この人は麻玲衣さんとは根本的に違う。
至近距離にいても、組まれた足、一文字に結んだ口元からは心理的な壁を感じた。
「大分怖い思いはしましたよ。それで、一体なんの用ですか」
「あなた、私のことをつけてなかった?」
「誤解です。買い物をして出た先に偶然あなたと鉢合わせただけです」
「疑うつもりはないけれど、今後はあなたを要監視対象とさせてもらうわね。私の正体、他言したらただでは済まされないわ」
「は……?」
俺はこの状況にデジャブを感じていた。
こんなことは確か前にも、そう遠くない過去にもあった。
「まだ身バレするわけにはいかないの。もう一度言うわ。私の正体、行動、口にすれば命の保証はないと思いなさい」
「命って。さすがに冗談ですよね」
「調べれば出てくるだろうから、この際言うわね」
「言うって、なにを」
「私の本名は明日葉楓花、明日葉グループの人間よ。つまり、なんでも許される超上級国民だと思ってくれて構わないわ」
明日葉グループといえばこの国のあらゆる業種を牛耳り、世界でも有数な財力を持つ巨大グループだ。
もし彼女の話が事実であれば、確かにそれだけで脅しとして成立する。
自身の主張を通すためならどんな手でも使う人間だと麻玲衣さんから聞いていたが、ようやく真の意味が理解できた気がする。
「これは今後一切私のVチューバー活動および私の事務所についてた他言をしないという契約書よ。サインして」
黒服の男に一枚の紙とペンを渡される。
紙には小さい文字で規約がびっしりと書かれていた。
なぜこんなものを持ち歩いているかは不明だが、どちらにせよ従う以外に選択肢はなさそうだ。
「これでいいんですか?」
「ええ結構。我が儘を聞いてくれたお礼に、美味しいものでも食べさせてあげましょう」
「え? いやいいですよ。降ろしてください」
「遠慮することはないわ。行って頂戴」
車は俺の意志など聞いていないとばかりに、流れるように発進した。
「えっ、ちょっ! どこに行くんですか?」
「じきにわかるわ。あと着いたら正装に着替えてもらうわね。ドレスコードというわけではないけれど、私の付き添いとして恥ずかしくない恰好はしてもらわないと」
到着したのはとんでもなく高級そうな料亭だった。
立派な屋根の付いた和風の門、絵に描いたような日本庭園、眩いばかり装飾が施された廊下。そのどれもが未知なる光景で、まるで異世界に迷い込んだかのようである。
そこで白菊菜乃花の中の人、もとい明日葉楓花に連れられるがまま、何畳あるか分からない大広間へと案内された。
広間にはすでに七人の若者が座っていた。
皆一癖も二癖もある顔ぶればかりだが、一見しただけではそれが一体どういった集団なのかは分からない。
「あの、これは一体どういった集まりなんですか」
「私の所属するVチューバーグループ、「ずぃーカンパニー」のメンバーよ」
「え? あの、麻玲衣さんが昔所属してたっていう」
「ええ。左から順に、唯我独尊系女子『爆嶋毒露美』、自称常識人お色気枠『猿飛まかろん』、頭脳派気取りおバカ『きらら美凰』、パワー系オタク外国人『カルロス・アイアンナックル』、腹黒ロリ枠『小結おこめ』、熱血王子様『剣竜王雅』、天然系メスガキ『召須垣・ツンデレーニャ』ね」
どうやら大変な集まりの中にぶちこまれてしまったらしい。
なにがなんだか分からぬまま、言われた通り明日葉楓花の隣に座る。
最初に言葉を発したのは爆嶋毒露美だった。青髪の短髪に深紅のネイル、さらに体中に開けたピアスが目立つ、名前のイメージに違わぬ風貌の持ち主である。
「よぉ。お前の良いとこは良い飯屋に連れてってくれるとこだよな、菜乃花」
明日葉楓花は眉一つ動かさず答えた。
「あら、まるでそこしか取り柄がないと言っているように聞こえるわね」
「わりぃわりぃ。別に他意はねえよ」
「毒露美さんはいつも言い方が悪いんだよ。まあでもうちらって普段まともな食事してないからね。ちゃんとしたご飯に誘ってくれる白菊さんは有難いよ」
そう発言したのは召須垣・ツンデレーニャ。こちらはインパクトのある名前とは裏腹に、真面目に会社員をしていそうな落ち着いた感じの女性だ。
「あら白菊ちゃん、この方は?」
猿飛まかろんが品定めをするような目で俺の顔を見て言った。
彼女は豊満な胸元を開けたセクシー女優のような出で立ちで、正直目のやり場に困る。
「新人秘書よ」
「ふーん、あまり有能そうには見えないけど。ここに呼ぶってことは信頼できる人なんでしょうね」
「安心して。規約には同意させてあるわ」
料理が運ばれてくるや否や、いの一番に爆嶋毒露美がむしゃぶりついた。
その横で胡散臭そうな笑顔の貼り付いた青年、剣竜王雅が声を発した。
「そういえば白菊さん、最近"かの"ときわ坂舞香さんとコラボしてましたよね」
「ええ、まあ。彼女は相変わらずだったわね」
「あれめっちゃ再生数伸びてたじゃん。あの子、やっぱそれなりに愛されてるんだね」
よほど興味を引く話題だったのか、これまで沈黙を守っていた小結おこめが目を輝かせて会話に滑り込んできた。
小柄で一見すると小学生のような外見だが、よく見るとそれなりに歳は重ねていそうである。
「ハッ、たまたまアイツと菜乃花の相性が奇跡的に良かっただけだろ。伸びたのは白菊の実力で、アイツ単体じゃなにもできねえよ」
「あはは。仲悪かったもんねえ(笑) 毒露美ちゃん」
「あんな滅茶苦茶な奴、いなくなってせいせいするぜ。アイツがいても事務所の評価が地に落ちるの目に見てるし」
爆嶋毒露美は眉根を寄せ、明らかに不機嫌そうに吐き捨てた。
麻玲衣さんは白菊菜乃の悪口はよく言うが、彼女については言及したことがない。ややもすると真に関係が険悪だったのは、この人物の方であったのかもしれない。
「うちら「ずぃーカンパニー」も今はまだ最大手だけど、「エグジったーず」に「七福ZIN」、勢いのあるグループがどんどん出て来てるよね」
カルロス・アイアンナックルの発言である。金髪の白人男性でありながら、彼の日本語の発音は驚くほどに流暢だった。
「イキのいい新人がバンバン出て来てますからね。我々もうかうかしてられないですよ」
剣竜王雅が頷きつつも続けると、それに対して噛みつくように返したのは爆嶋毒露美だった。
「ふん、そいつらの人気がいつまで持つかね。配信者って長い間配信するわけだから、取り繕ったメッキは必ず剥がれる。ビジュと上辺のテクニックだけで出た人気なんて長くは持たねえよ」
「あら毒露美ちゃん。そうやってふんぞり返ってていつの間にかオワコンになってた人、私はいくらでも知ってるけどね。信頼って築くのは大変だけど、崩れるのは一瞬だから」
「猿飛てめぇ、なにが言いたい?」
爆嶋と猿飛、向き合って座っているその間にバチバチとした見えない無数の火花が飛び交っている。
「くれぐれもスキャンダルは勘弁してねってこと、毒露美ちゃんガード甘そうだし」
「ハッ、アタシが何年この道にいると思ってんだ。お前こそ、その有象無象に足元救われねぇように頑張れよ」
部屋全体にはピリピリとした空気が充満していた。
しかし二人を除く他全員は動揺する素振りを一切見せず、一様に何食わぬ顔をしている。
と、ここで召須垣がお吸い物のお椀を置き、言った。
「はい二人とも、おしまい。言われなくてもうちら全員そうならないよう血反吐はいて毎日配信してるっつーの。てかおこめ、あんた最近私の視聴者奪おうとしてるでしょ」
「あは☆ なんのことかなぁ」
あきらかにとぼけているような仕草で、小結おこめが舌を出す。その脇で我関せずと言わんばかりに、明日葉楓花が静かに箸を進める。
息の詰まりそうな空間だ。麻玲衣さんはかつて、これほどまでに殺伐とした集団の中にいたのだろうか。
会食は一時間ほどで終了したが、その間俺は一言も発することができず、置物のようにしている以外なかった。
ただ出された料理はどれも絶品ばかりで、その愉しみだけが唯一の救いであった。




