二十一話 ある夜、ファミレスにて
少し遡って高校時代に進路相談をしたときの話だ。
将来は何になりたいのかと教師に問われた際、すぐに答えを言えなかった。
その問いの答えを先延ばしにするために、現在大学に通っている。
しかし、いずれはそれもタイムリミットを迎えるだろう。近い将来必ず、社会の荒波に放り出される時が来る。
少なくとも親の脛をかじるニートにだけはなりたくないが、万が一ブラック企業にでも入社してしまったとしたら、俺の軟弱な精神で耐えられるか否か。考えれば考えるほど、不安でならない。
「あのぅ、店員さん?」
「あっ。はい!」
「お会計お願いしたいんですが」
「す、すみません。こちらですね」
余計な考え事をしていたせいで、レジ前にお客さんが来ているのに気付けなかった。
もしブラック企業でこんな失態を犯したなら怒鳴り散らされるだけじゃすまないだろう。
「って、麻玲衣さん?!」
「やっほー、来ちゃった。みんなのアイドル、ときわ坂舞香だぴょろ♪」
眼鏡を外しているのと声色を変えていたので最初わからなかったが、この鬱陶しさは本人で間違いない。
麻玲衣さんは本を出す代わりにぐいっと顔を近づけ、言った。
「バイト終わったらさ、一緒にご飯食べない?」
「なんで来てるんですか」
「用事があってたまたま近場に来たんだ。もうすぐ閉店時間でしょ、この辺で時間潰してるから。お姉さんが回らないお寿司でも奢ろうかと思うけど、どう?」
「飯食うのはいいですけど、今回は奢ってもらわなくて大丈夫ですし、ファミレスとかでいいのなら」
「まあ、陽くんがそれでいいのなら。そうしよっか」
多分だが麻玲衣さんは見栄を張っている。
先日彼女の部屋で見かけた酒類は高価なものではなかったし、服装も白菊菜乃花と比べると随分庶民的であるように見える。
この間はご馳走になってしまったが、おそらくときわ坂舞香の再生数ではあのタワマンに住むことは出来ても、それ以上にステーキだの高級寿司だのをポンポン奢る余裕はなさそうである。
バイト後、一応親に連絡した後、最寄りのファミレスで麻玲衣さんと落ち合った。
「私実はこういうファミレスも大好きなんだよね。このメニュー表見てるだけでもなんだかワクワクしない?」
「それはわかります。結構なんでもありますよね」
テーブル席にて互いの食べたいものを決め、スマホのQRコードにて送信する。
麻玲衣さんは魚介の和風パスタ、俺はハンバーグオムライスをそれぞれ注文した。
「チェインでのやり取りもいいけどさぁ、やっぱりこうしてご飯食べながらゆっくり話すのが一番だね」
「直接会って話すのってファンファンパークのとき以来でしたっけ」
「そだよー。また前会ったときから陽くんに話したいネタたくさん増えたんだよ」
「それは楽しみですね」
言っていいものかどうか迷ったが、気になったことがあったので思い切って聞いてみることにした。
「ファンファンパークのときも思いましたが、麻玲衣さんって他に友達いないんですか?」
「見ればわかるじゃん。私、無駄な友達とか邪魔だと思ってるタイプだから。そう言う陽くんだって同じタイプじゃん? まあ、友達いない同士は惹かれ合うってことだね」
なんの躊躇もなく、言い切ってきた。
もちろん友達がいないのは事実なので、そこを否定するつもりはない。
滲み出る独り身のオーラのようなものを、彼女は感知したとでもいうのだろうか。
「それよりも陽くん、お仕事中にお客さんに気付かないのはダメだよ。なにか考え事でもしてたの? 悩みがあるなら喜んで相談に乗るよ」
「あー。あれはまあ、将来どうしようとかそんなことを漠然と考えていました」
実を言うと、目の前の彼女が羨ましく感じるところはある。
配信業で食っていけるなら、自分の好きな時間に活動が出来るだろうし、職場の人間関係の煩わしさもないだろう。
だがコミュ障の俺に同じことが出来るかというと、天地がひっくり返っても無理なことは火を見るよりも明らかだ。
「陽くんはさ、将来何かやりたいこととかあるの?」
「それが特にないんですよね。卒業したらどこかに就職しなきゃとは思っているんですけど」
「働くの嫌だったらさ、私が結婚する?」
「ッ!?! ……ブホッ、ゴホッ」
「立派なヒモとして養ってあげるよ」
思わず口に含んだお冷を吹き出しそうになった。
もちろん、冗談のつもりとして言っているのは分かっている。
「いつオワコンになるか分からない、将来の不安定な人に養っておらうと考えるほど俺も馬鹿じゃありませんよ」
「ひどい、どうしてそんなこと言うの?」
「事実を言ったまでですよ。普通に視聴者に飽きられる未来もありますし、麻玲衣さんの性格上、大炎上やらかして活動できなくなる可能性もありますし。そもそもVチューバー人気もいつまで持つか……」
「あー! うるさいっ!!」
バンッ、と勢いよくテーブルが叩かれた。麻玲衣は顔を真っ赤に染め、頬をぷくっと膨らませている。
正直なところ、ここまで強烈に反応されるとは思いもしなかった。
気まずい空気が漂うなか、料理を持った店員が現れ、パスタとオムライスをそれぞれの眼前に配膳した。
「すみません。言い過ぎました」
「いや、こっちこそごめんね。お料理来たし、食べよっか」
「はい……」
ばつが悪そうにフォークでパスタを巻き取る彼女を前にして、こちらもスプーンで表面の卵を崩す。
疑問の余地もなく雰囲気は最悪だ。
どうしたものかと頭を抱えていると、よほど美味しかったのか、麻玲衣さんの険しい表情は一瞬にして解凍され、元のご機嫌な顔へと戻っていた。
「マジで美味しいよこれ。チェーン店のレベルを完全に凌駕しているよ」
「俺のもめっちゃ美味しいです」
「やっぱり? 私の学生の頃より間違いなくレベルアップしてるよここ。これが企業努力というものなのかな」
「あの。麻玲衣さん」
「ん?」
「その、応援してます」
「うん。ありがと頑張る!」
ソースを口元に付けながら、麻玲衣さんは満面の笑みを見せて言った。
不覚にもその笑顔が、少し可愛いと思えてしまった。
『こんばんぴょろ~! みんなのアイドル、ときわ坂舞香だぴょろ~!』
その約数時間後、ときわ坂舞香は配信を始めた。声の張り、勢い、言葉選びのキレ、どれを取っても全くの平常運転だ。
ふと、動画のお勧め欄に見知らぬVチューバーのサムネイル画像が浮上してきたので、興味本位でクリックしてみる。
再生数はときわ坂舞香と同じくらいで、ある程度固定ファンのついていそうな女性Vチューバーだ。
結論から言うと、2、3分垂れ流したところで、視聴のウインドウを閉じることとなった。
あくまで客観的に一切の忖度を抜きにしても、ときわ坂舞香の方が断然面白い。ラーメンで例えるなら肉や骨を長時間煮詰めて作った濃厚スープと、お湯で薄めたインスタントラーメンのスープぐらいの差がある。
『今日は面白いプラモデルを見つけたから作っていくぴょろ! OK-2男爵って言うんだけど、これどうみてもモチーフがおケツぴょろね。今日はこれに色々な棒状のモノをぶっ刺していくという企画で……』
この調子なら、当分オワコンにはならなさそうである。




