第十八話 遊園地デートとエタクラコラボカフェ
『終末の世界。エターナル・クライシス……キュピーン』
エタクラキャラの相変わらず骨に染み渡るボイスを聞きながら、現在の状況を整理する。
ほんの少し前までは、これさえあればそれだけで良かった。
だが今はVチューバーときわ坂舞香が、正確にはその中の人である麻玲衣さんが、俺の中の何割かを占めている。
多少は慣れたとはいえ、相変わらずなにをしでかすか分からないという恐怖は常にある。あくまでも距離感を見誤ってはいけないことには変わりない。
ふと、チェインからメッセージの通知が来た。
差出人は、噂をすればの人物である。
『やっほー陽くん元気?』
とりあえず当たり障りのない返事をしてみる。
『元気です。どうしたんですか』
『待ち伏せ嫌みたいだからやめてみた。だからこうやってスマホでメッセージ送ってる』
確かに最近通学路での待ち伏せはなくなった。
少し考えてから返した。
『その方が助かります』
ものの5秒も経たず、応答は来た。
『来週の日曜日、ファンファンパークいかない?』
目を疑い、二度三度字面を確認する。
だがどう見ても見間違いではなかった。
『どうしてそうなるんですか』
そのままの意味で受け取れば、遊園地デートのお誘いということになる。
この間の訪問は辛うじてなんとかなったものの、あの麻玲衣さんと二人きりで外出など精神が到底持ちそうにない。
というか、他に誘う人がいなかったのかと問い質したい。
『実は今度とあるVチューバ―と、遊園地デート企画のコラボがあってね。そこでスムーズに進行できるように下見をしておきたいと思ってるんだけど、一人じゃ行きにくくてさ。できれば私の正体を知ってる人に同行してもらいたいんだけど』
なるほど。経緯は理解することができた。
理屈は分からなくもないが、だからといってこちらがそれに付き合う義理もない。
そもそもそういうところへは付き合っている男女がいく場所で、俺と麻玲衣さんは断じてそういう関係ではない。
『ちなみにエタクラのコラボカフェもやってるよ』
『えっ?』
一旦チェインの画面を閉じ、検索エンジンを起動する。
俺としたことが、エタクラ関連の情報で遅れを取るなどあってはならない。
しかし無情にも、彼女からのタレコミは間違っていなかった。
『行きましょう』
気付けばそう打ち込んでしまっていた。
今となっては後悔の方が勝るのだが、もう遅い。
こうして俺は今、待ち合わせ場所に指定された駅の北口に立っている。
「お待たせー。待った?」
「いえ別に。なんですか、ジロジロ見て」
「いや、なんか陽くんってばいつもより気持ちお洒落な恰好してるなあと思って」
「気のせいです。たまたま最近服買ったんで、着ていこうと思っただけです」
「へぇ。ふぅん。そっちのファッションレベルに合わせてこっちも少し服装抑えて来たんだけど意味なかったかな」
なんというか、ナチュラルに服飾センスをディスられたような気がする。
というより、こちらからしてみれば麻玲衣さんの服装もどこがいつもと違っているのか分からない。
「でもまさか陽くんがOK出してくれるとは思わなかったよ。ダメもとで頼んだんだけど」
「一回行ってみたかったんですよ。エタクラのリアルイベント」
現に今までこの手のイベントには、一度も行ったことがなかった。
SNSでファン同士が写真をアップしながら楽しそうに交流する様子を見て、いつも羨ましく思っていたのはここだけの話である。
「よーし、それじゃ行こっか」
「はい」
くっつき過ぎず、離れすぎもせずの距離間を保ちつつ、歩道を行く。
最初から視界に観覧車の輪郭が顔を覗かせていただけあって、目的の場所へはすぐに着いた。
「分かってはいたけど、すごい混み様だねえ。こりゃなにするのにも並びそう」
「休日ですからね」
すでにこの時点で帰りたくなっていた。
彼女と二人きりとかいう以前に、俺は人がたくさんいる空間が苦手だ。
その上アトラクションの度に長蛇の列に並ぶのかと思うと、この先思いやられると言うほかなかった。
「あっ、あれじゃない? エタクラカフェ。ソフィアちゃんの等身大パネルがあるよ」
「えっ? おおお、マジだ! マジモノのソフィアちゃんだ!」
それを目にした瞬間、冗談抜きに光り輝いて見えていた。
天使過ぎる。さすがは我が推しキャラだ。シルエットを見ただけで後ろ向きな気持ちは完全に吹き飛び、ここへ来て良かったと全力で考えを改めることができた。
「ここはそんなに並んでないね。もしかしてあんまり人気ない?」
「そんなわけないじゃないですか。さあ行きますよ」
ソフィアちゃんのパネルを写真に収め、店内へと足を踏み入れる。
決してスペースは広くないものの、ゲーム内のアイテムを模した内装、キャラクターのコスプレをした店員と、雰囲気作りとしては百点満点の空間がそこにはあった。
「いやあこれは、ファンとしては感涙ものですよ。楽園は此処にあったんですね」
「……さてと、そんじゃ私もいっちょ真の姿になりますか」
「はっ?」
麻玲衣さんはおもむろに来ていたロングコートを脱ぎ去ると、黒とピンクの二色が鮮やかなバレリーナのようなコスチュームを披露した。
そしてシメと言わんばかりに猫耳のカチューシャを装備し、ドヤ顔で言い放った。
「にゃにゃーん。幸運を呼ぶ不幸! 黒猫のミーアにゃん」
披露されたのは外見、台詞ともに実に完成された「黒猫のミーア」のコスプレだった。
無論この場においてそれが注目を集めないはずもなく、即座に拍手とともに歓声が沸き起こった。
他人の振りをするかどうか迷う隙も与えず、彼女はこちらを向いて猫の手ポーズを作ってみせた。
「どうかにゃん? 似てるかにゃん」
「似てますけど……。ミーアはそんな白昼堂々人前に姿を曝け出さないです」
「あー、それもそうだにゃん」
「早く席に着きましょう。皆の視線が恥ずかしいです」
もはや後の祭りではあるものの、少しでも目立たぬようにと壁際の席に移動した。
テーブルの上にはキャラクターのミニフィギュアが原作再現のポーズ飾ってあり、これまた憎い演出がなされている。
「まさかとは思いますが、その格好で外回らないですよね」
「さすがにそれはちょっと恥ずかしいにゃん」
「よかったです」
「おや? それはミーこの姿を衆目に晒すことなく、自分だけ独り占めしたいという意味かにゃん?」
「いえ、ひとまず俺だけ先に帰らなくて済みそうだということです。最低限の羞恥心を持ち合わせてくれていたことに心から感謝します」
気を取り直してメニュー表を手に取ると、これまたファン心をくすぐる名の料理が並んでいた。
少し悩んだ後、「ソフィアちゃんの愛情たっぷりホットケーキ」を注文して待つこと数分、出来たての湯気を纏ったプレートが運ばれてきた。
「味はその、微妙ですね」
「まあこういうのは雰囲気を楽しむものだにゃん」
言われなくてもそれは分かっている。
しかし雰囲気を楽しむという意味では、それを最も体現しているのはこの麻玲衣さんなのかも知れない。
彼女は注文したチーズケーキがテーブルに置かれるなり、両目をかっと見開き、原作のままの台詞を吐いた。
「むほぉっ、チーズケーキだにゃん。チーズケーキだにゃん。ミーの好物のチーズケーキだにゃん。はむっ、はむっ、はむっ。ん〜、頬がとろけるにゃん」
猫の手のままナイフとフォークを握りしめ、貪るようにケーキを口に運んでいる。
「そんなに美味しんですか、それ」
「んにゃ、程々にゃ。けど美味しいふりをして食べていると美味しく感じてくるにゃん」
そういうものなのだろうか。
だがその光景を見ていると、本当に心から美味しい料理を食べているように思えてくるのまた事実だった。
「いいんですか? そんな面白ネタ、コラボ企画本番に取って置かなくて」
「いいにゃ。本番はもっと面白いネタを用意してるにゃん」
「そ、そうですか」
「ミー自体、このコラボカフェは楽しみにしてたにゃん。だから全力で楽しむにゃん」
もしかすると俺はこの人からもっと楽しむ姿勢というものを学ぶべきなのかも知れない。
だからといってキャラになりきって台詞を詠唱するつもりは毛頭ないが、頭の中で理想のソフィアちゃんのイメージを召喚することなら出来る。
恥ずかしげに手作りホットケーキの感想を伺うソフィアちゃんの姿を思い浮かべながら、俺は改めてケーキを口に入れてみた。
「あれ? 美味い」
「陽くん、なんだか表情がきもいにゃ」
「……。余計なお世話です」
信じ難いことにその一口は正真正銘、見違えるほどに美味に感じた。




