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レスバしてた相手がメンヘラ地雷系Vチューバーだった話  作者: 武藤一光


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第十二話 重すぎるカレーライス

 告白にはまだ返事をしていない。

 少し考えさせて欲しいと言ったら、彼女は納得したように首を縦に振り、ひとまずその場は開放された。

 肩に触れたあの手の感触が、いつまでも残っている。

 これはゲームで例えるなら、今後のシナリオを分岐させる重要なイベントだろう。少しでも身の振り方を間違えれば即バッドエンド行きであるため、次に会ったときの言葉は慎重に選ぶ必要がある。

 まあ、普通に考えて無理のあり過ぎる話だ。

 人と深く関わるのが苦手で友人すらいない俺が、そこそこ有名な人気Vチューバーをこなしている年上女性と交際など、上手くやれるはずがない。

 言うなれば、レベル1の初期装備で魔王に挑むようなものだ。

 だが問題は、その断り方である。

 彼女はまたいつ現れるか分からない。この状況は確実に、プレッシャーとして付きまとった。

 そのおかげと言ってか、逃げるようにテスト勉強に没頭することが出来、今回の単位は奇跡的になんとかなりそうである。


「ちょっとあんた、悪いんだけど買い物行ってきてくれない? お駄賃100円上げるからさ」

「100円は別にいいよ。それで、なにを買ってくればいいの」


 不意に母からおつかいを頼まれ、近所のスーパーへと足を運ぶ。

 試験の感触が良かったのもあって、外の風がなんとも気持ちよかった。

 「ときわ坂舞香」はここ最近も、何事もなかったかのように配信活動を続けている。

 たまにこの間の出来事はなかったんじゃないかと思えてくるときすらあるが、その度にあの威圧感溢れる笑顔が呪いのごとく脳内再生され、逃れられない現実を突きつけてきた。


「……ん?」


 ふと、買い物かごの中に見知らぬ肉や野菜が入っているのに気付く。

 ニンジンも玉ねぎも牛肉も、手に取った覚えがないものが、いつのまにかかごの中に入っていた。

 なにがどうしてそうなったかは皆目見当もつかないが、さすがに気味が悪い。

 売り場に戻そうと踵を返したその瞬間、じゃがいもを両手に持った「かの女性」と目が合った。


「なっ、なんでこんなところに」


 彼女は無言で歩み寄ってきたかと思うと、かごの中にじゃがいもを豪快に投げ入れた。


「うわっ、なにやってんですか」

「問題です。今から私はなにを作ろうとしているでしょう」


 俺は幻でも見ているのだろうか。

 しかし、幾度まばたきをしても視界から彼女が消えることはない。


「知りませんよそんなの」

「正解はー、君の好きなカレーだよ」


 スーパー特有の気の抜けたBGMが、このときばかりはホラー物のそれに聞こえた。

 さも当たり前のように、俺は好物を言い当てられた。


「べ、別にカレー好きじゃないですし」

「強がらなくてもいいよ。陽くん、好きだよね。カレー」


 女性は先日と同じく化粧を決めている。

 あのときの香水の香りが、鼻の奥にすっと入り込んできた。


「好きじゃないですし。というかその呼び方やめてください。そもそも、なんで人の買い物かごに勝手に物入れてるんですか」

「買い物してたらたまたま君と出会したからさ、お姉さんがそっちの買い物の分も払ってあげるって言ってるんだよ」

「怖いので普通にやめてください」

「やだなあ。別に恩を着せといて後から何か要求したりするつもりはないよ。これでもそこそこ人気な配信者なんだし、それくらいに懐の余裕はあるぴょろよ」

「いや、これおつかいなんで。後から親にレシート見せなきゃいけないし」

「そっか。それは残念。でも楽しみにしていてね、私の手作りカレー」


 そう言うと彼女はかごの中から野菜や肉を素早く取り出し、新たなかごに移し替えた。

 俺は二重の意味で恐ろしかった。

 ひとつは最初から俺に手料理を食わせる前提満々でいること。

 そしてもう一つは、


「一応聞きますけど、料理出来ませんよね」

「大丈夫だよ。男心を掴むにはまずは胃袋を掴めって言うじゃん。任せなさい」


 俺は知っている。ときわ坂舞香は料理ができない。

 自作料理でゲロを吐いたのは有名な話だ。そして別の料理配信では豚汁が異臭を放つ謎の固形物になってしまい、コラボ先の配信者やスタッフからこれを兵器との酷評を受けていた。


「例の豚汁回見ましたよ。ダークマター食わせて俺の腹を破壊する気ですか」

「あはっ、そんなわけないじゃん。あのときはあくまでエンタメ。安心して。私、好きな人のためなら超頑張れるし。少なくとも不味いってことはないはずだよ」


 目をキラキラとさせて言い切っていたが、どう見てもサイコパスがやるスマイルである。


「待ってください、食べるとはまだ一言も言ってません。そもそも、あなた一人で話し進め過ぎです」

「あなたじゃないよ。常坂麻玲衣」

「常坂……? え?」

「私の本名だよ。好きに呼んでいいけど、周りにバラしたら、わかってるよね」

「…………」

「それじゃあ食べたら感想聞かせて。じゃあまた」



 それからそう遠くない日のことである。

 バイト先から疲れて帰ってくると、ラップで封をされた白い器が待ち受けていた。

 書き置きにはレンジで温めて食べろと書いてある。しかしいつもの見慣れた母作のものとは明らかに違う色合いをした茶色の液体に、すぐさま嫌な予感が過った。

 

「母さん、今日のカレーいつもと違うみたいだけど」


 急いでテレビを見ている母に答え合わせを敢行した。

 すると母はやけに上機嫌そうに答えた。


「ああ、あれは新しくご近所に引っ越してきたっていう人が挨拶を兼ねて持ってきてくれたんだよ。たくさん作り過ぎちゃったってね」

「その人ってどんな人?」

「眼鏡をかけた女の人だったね。最近の若い人にしては挨拶がしっかりできて好印象だったわ」

「そう……」

「かなり美味しくて父さんにも好評で、まったくレシピを聞きたいぐらいだわ」

「美味、しい?」


 半信半疑で皿ごとレンジで温め、おそるおそる口にしてみる。

 やはり、経験したことのない味である。

 だがそれはどちらかというと不味いというよりは美味いと評価できるもので、悔しいかな俺の好みに見事に当てはまっていた。


「どう? 美味しかったでしょ」

「うん……まあ」

「そういえばその人、あんたにこれからよろしくって言ってたよ」


 カレーはスパイスがよく効いており、口に含むたびにピリリとした刺激が舌を駆け巡った。

 同時にそれは、今後我が身に降りかかる苦難がこの比でないほど激辛なものであるだろうことを予感させるものだった。 


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