でんぷん質と酵素アミラーゼ
竹で注射器が作られていく。
養観院自身も『小さな水鉄砲のような形状になるんじゃないか』と想像していたが、本当に『工芸作品のように精工に竹で作られた注射器』が次々と出来上がっていく。
綺麗にヤスリがけがされる注射器を見ながら、養観院は最後の仕上げにとりかかる。
『何を作るのか?』
決まっているだろう。
『食玩』の『食』の部分だ。
注射器を模したオモチャの中に入っているお菓子は何か?
そうだ、水飴しかないだろう。
水飴の歴史は非常に古く、日本書紀の中で神武天皇が『水無しで飴を作ろう。飴が出来たなら私は武力無しで天下を治められるに違いない』と言ったという記述がある。
神武天皇が本当にいたかは議論の分かれる所ではあるだろうが日本書紀の昔から『水飴があった』という事は間違いがない事実だろう。
そんな話はどうでも良い。
『注射器があるなら、もう水飴なんて必要ないんじゃないの?』と誰もが思うだろう。
養観院以外全ての人間がそう思っている。
だが養観院だけは違う。
『食玩』のないがしろにされた『食』が何より嫌いな人間だ。
BOOK・OFFなどで売っている『食玩』に書いてある注意事項の『ガムは絶対に食べないで下さい。賞味期限が切れています』を読んで「だったら売るんじゃねーよ!」と一人で激昂する困った人だ。
『大量の注射器』があるという事は『大量の水飴』があるという事なのだ、養観院の中では。
忍者達が注射器を作っている横で、養観院はもち米でお粥を作る。
お粥を作りながら、すり鉢で山芋を皮ごと磨り潰す。
お粥が出来たら磨った山芋をお粥の中にブチ混む。
そしてそのお粥を容器に入れて、容器を火にかかった水の中に入れる。
この時に水を沸騰させないように火加減に気をつける。
「これは何のための作業なんですか?」と注射器作りを手伝っていた忍者が養観院がお粥を作っているのを見て声をかける。
「知らない、水飴を作ろうと思ったら頭の中に浮かんだんだ。
ちょうど良い。
この作業を朝までやってよ」と養観院。
「『この作業』ってどの作業ですか?」
「火加減に気をつけて、お湯が沸きそうだったら水を足して」
「何のために?
何でこんな事を?
朝までってかなりまだ時間がありますけど!?」と焦りながら忍者が言う。
「頼んだよ」と養観院は疲労でフラフラしながら隣の部屋に敷いた布団に入る。
「さ、サー、イエッサー!」忍者の任務に拒否権はない。
次の日養観院が目覚めると、まだ忍者が火加減を見ていた。
お粥がネバネバではなく、サラサラになったのを確認して養観院は鍋に布を敷きその上にお粥を移した。
移し終わると布を絞り鍋にお粥の水分を・・・と思ったが養観院の腕力じゃ布が全然絞れない。
結局忍者達の力を借りて、大きな鍋がお粥の汁で一杯になった。
その汁を煮詰めていく。
浮いてくる灰汁は掬う。
焦げないように火加減を小さくしながら、ひたすら汁を煮詰める。
段々透明になっていき、ネバりが出てくる。
水飴の完成だ。
「しかしこの大量の水飴をどうするんですか?」と忍者。
「決まってるじゃん。
この注射器を必要としたヤツに食わせるんだよ。
オマケだけ手に入れて、お菓子は食べないとか許されないからね、絶対食わせる!」と養観院。
そこにちょうど光秀と勘助が来た。
勘助は光秀から信玄の治療計画を聞いていたようだ。
で、光秀は『注射器作り』がどこまで進んでいるか確かめたかったらしい。
「何だ?この甘い匂いは?」と光秀。
「水飴だよ」と養観院。
「この大量の注射器を必要としたヤツに食べさせるんだよ、光秀さんはそれが誰だかわかる?」
「武田信玄様だ」と光秀。
「わかった。
その人にこの水飴を食べさせれば良いんだね?」と養観院。
「ちょっと待ってくれ!
武田信玄様は体調が優れない。
こんな大量の水飴なんて絶対に食べれない!」と勘助。
「そうは言ってもなあ。
食べ物は無駄には出来ないしなあ。
今回だけはしょうがない。
『代わりに誰かが水飴を食べる』って言うなら、それで勘弁してあげるよ」と養観院。
『だったら水飴なんて最初から作るな』という話だが、その話を養観院は棚の上段深くまで押し上げた。
「そうだ!信玄様には確か、岡崎に同行している息子さんがいたよね?
息子さんが水飴を全部食べたらそれで良いや!」
と言うや否や、養観院はまだ出来てそんなに時間が経っていない湯気の出る水飴の入った鍋を持って勝頼の部屋に向かった。
「あ、今日はその部屋には入っちゃダメ・・・」と勘助が言おうとしたが「勝頼の部屋では『絶倫香』が焚かれる予定だから」とは言えない。
今まさに『絶倫香』を持った保豊が、水飴が入った鍋を抱えた養観院とすれ違おうとしている。