美意識
「ねえ、見合いはどうなったの?」と養観院が信長に聞く。
「どうも当人同士が乗り気じゃないらしい。
訳がわからん。
顔も合わせてないんだが・・・」と信長。
勝頼は中々の美男子だ。
ただひたすらバカなだけで。
龍勝院も美少女なので、一見美男美女の組み合わせだ。
だが、実のところ『バカとケモナー』の組み合わせで『混ぜるな危険!』なのだが。
「ただ何故かいつの間にか信玄の治療が優先事項になってしまったのだ。
縁談の話が消えた訳ではないが、俺もいつまでもこの話だけに関わっている訳にもいかん。
信玄はしばらく岡崎城に滞在してキンカ頭の治療を受ける事になった。
俺と利家は清洲に一旦引き上げるが、養観院はどうする?」
「僕は岡崎城に残るよ。
光秀さんに頼まれてる事があるからね」
「そうか気を付けろよ。
まあ岡崎城は家康の城だ。
家康に任せておけば下手な事はしないとは思うが・・・」
「乗りかかった船だからね。
用事が終わったら僕も清洲に戻るよ。
それより龍勝院は?」
「我が娘を『ちゃん付け』で呼ぶのも養観院だけだ。
龍勝院は岡崎に残るそうだ。
なんでも『ワンちゃん達と一緒に帰る!』だそうだ。
俺にはあの娘がわからん・・・」
「いいの?
僕はともかく龍勝院の護衛まで帰っちゃって。
光秀さんじゃ、護衛としては心細くない?」
「問題ない。
何故か知らんが忍者軍団も岡崎にとどまるみたいだし、いざとなれば家康の配下に清洲まで送ってもらう」
「戻るのは清洲なの?
もう美濃は放っておいて大丈夫なの?」
「これだけ斎藤を弱体化させれば美濃はもう大丈夫だろう。
楽観視しているんじゃない。
『これ以上斎藤を叩いたら同盟を組んでいる朝倉義景も参戦するしかなくなる』のだ。
朝倉と戦いたくないのではない。
朝倉と国境を接している浅井長政が追い込まれるのだ」
「ふーん」
「折角話したのに興味無さそうだな」
「興味ねーもん」
「全く・・・そういった裏表の無さが養観院の魅力でもあるのだが・・・。
ところでキンカ頭にされた『頼まれ事』とはなんなのだ?」
「注射器を作って欲しいんだって」
「『チューシャキ』?
何だそれは?」
「医者の道具って言えば良いのかな?
この時代の人は知らないよね。
それを作るのはそこまで難しくないんだ。
僕がいたところじゃ『注射器型の駄菓子』、『水鉄砲あめ』もあったからね。
菓子なら材料があるか、代用の材料が準備出来れば簡単に作れるんだよ。
ただ僕が『食べる以外に目的があるモノ』『菓子以上にオマケに価値があるモノ』が嫌いなだけで」
「よくわからんが養観院が『作りたくないモノを作る』のは珍しいな」
「だよね!?
全く、この貸しは大きいよ!
光秀さんに何をしてもらおうか!?」
「・・・・・。
では俺たちは清洲へ戻る。
信玄公によろしく言っておいてくれ。
『一つ貸しだぞ』と」
信長は敢えて養観院の言い方を真似て『一つ貸し』という言い方をした。
信長にしてみたら配下を信玄に貸し出し治療をさせるなんて『貸し』以外の何でもない。
信長にしてみれば『信玄に恩を売る』くらいのつもりなのだが『このまま治療しなければ信玄は死ぬ』事を光秀は信長に黙っていた。
言ってみれば『信長に対する裏切り行為』を光秀は行った事になる。
光秀は『助けられる命は助けたい』という医者としての欲求を満たしたに過ぎない。
本当であれば『信玄が生き残った事で、もしかしたら織田領内で大きな争いが起きて領民が大量に命を落とすかも知れない』というところまで考えるべきだったのだろう。
信長一行を見送った養観院は早速注射器作りにとりかかる。
注射器は鉄、ガラス、プラスチックなどで作るべきだ。
この時代なら鉄で作るべきなのだろう。
しかし鉄はダメだ。
水分との相性が悪い。
鉄の容器に入ったモノは劣化する。
そして、水分で鉄は酸化して錆びる。
鉄の容器を使う時は徹底的に焼きを入れて酸化を防ぐか、コーティングするか、ステンレスのような合金鉄を使用しなくてはならない。
今、そんな時間はない。
そんな技術もない。
そんな材料を用意していたら光秀に言い渡された『タイムリミット』を遥かに越えてしまう。
光秀は「とにかく急いでくれ!タイムリミットは3日だ!」と無茶な事を言った。
光秀の真剣な表情を見たら養観院は文句が言えなかった。
鉄の注射器は用意出来ない。
ガラスの注射器はこの時代のガラスは超高級品だし、加工技術は低いから無理だ。
プラスチックの注射器の技術など影も形もない。
「『ないなら作れ、代用しろ』か・・・」
養観院は竹藪の中でひたすら竹を切り始めた。
何をしているのかは全然わかってはいないが忍者軍団が養観院のする事を真似て、竹を切り始めた。
養観院が集めているのは竹の先端、小指より細い節になっている部分。
竹の根元の太い部分は繊維に沿って縦に割き、棒を何本も作る。
細い節の中に割いて作った棒を出したり入れたりする。
その様子を見た保豊が「何かいやらしい動きですね」と言う。
「はぁ?何か言った?」とイラつき気味の養観院。
「いえ、すいません。
『心太』作る天突みたいだな、と」と保豊は慌てて言い直す。
「そう、まさにそのイメージなんだよ」
「『いめーじ』?」
「そっか。
わかんないか。
小さなアレを作るつもりなんだよ」
「心太を作るんですか?」
「ううん、筒の中に入るのは寒天じゃなくて液だよ」
「だったら棒を押し込んだら、間から液が漏れませんか?」と保豊。
「そうなんだよね。
何か良い方法ないかな?
この時代にゴムなんて手に入らないもんね」
「『ごむ』?」
「こっちの話。
何か保豊が『ゴム』って言うといやらしく聞こえるよ。
とにかく謝って!」と養観院。
「え、何で?」と保豊。
「謝って!」
「も、申し訳ありませんでした・・・」
訳もわからず保豊は頭を下げる。
養観院はイライラして保豊に当たり散らしているだけなのだが。
その時、養観院に信玄の配下である『猿飛佐助』が話しかける。
偶然通りかかったのではない。
信玄に『出来る限り信長の配下達の援助をしろ』と言われたが、光秀には『ここから先は医者の領分だ。
近づかないでもらいたい、気が散る。
手伝うなら養観院を手伝ってくれ』と言われて、仕方なく養観院の元へ来たのだ。
光秀としてはチート能力で薬を産み出す所を人に見られたくなかっただけなのだが。
チート能力で薬を空中から取り出す様子はさながら魔法というか錬金術だ。
この世界は剣と魔法の世界ではない。
女神に与えられたとは言え、この手の奇跡を『魔法が存在しない世界』で人間の前で披露すると『悪魔』とか『魔女』とか言われて排除される、イエス・キリストやジャンヌ・ダルクのように。
『薬を産み出す力』をこの時代、この世界の人間が見たら大騒ぎになるだろう。
だが本来、光秀は医者であり薬剤師ではない。
薬はチート能力がないと実力では産み出せないのだ。
保豊が山本勘助に呼ばれた。
話の内容などわかりきっている。
『勝頼と龍勝院の縁談について』だ。
本人同士に全く『お互い興味がない』のだから諦めれば良いのだが、勘助の信玄に対する『忠誠心』が「何とかしよう」という使命感になっているようだ。
あくまでも保豊の最優先事項は『養観院の警備』なのだが養観院から『勘助の力になってやれ』とも言われている。
「行ってくれば?」と保豊に養観院は言う。
「軍曹がそう言われるのであれば・・・」と保豊。
『軍曹』って誰の事だ?
「あと、僕より龍勝院の警備につくように保豊の部下に言ってよ!」
「いや、しかし・・・」
「良いから!」
本当は考え事をしている時に、周りで忍者達がウロウロしていたら気が散ってしょうがないのだ。
「養観院殿は俺が命にかえてもお守りします」と佐助。
佐助は武田で忍者の棟梁をやっているらしい。
ここは佐助に任せるのが適任だろう。
「では少し行って参ります」と保豊は消える。
保豊の部下達も保豊に続いて消える。
おそらく龍勝院の警備についたのだろう。
「ふう、やっといなくなった!」と養観院。
そこに残されたのは養観院と佐助だけだった。
「先ほどの話、聞かさせてもらいました。
水分を漏らさない、防水性の高いモノを探されているんですよね?」と佐助。
「うん、そうだけど」
「それならば・・・」と佐助が忍者装束を脱ぎ始める。
どんどん薄着になる佐助。
しまいには顎に手をかけて顔の皮をベロンと剥がした。
「ヒッ!」養観院は小さく悲鳴を上げる。
でも、皮をめくった顔の下にはもう1つ顔があった。
養観院は『めくった顔の皮が仮面であること』に気づくのに時間がかかった。
仮面の下の顔を見た養観院は言った。
「女だったんかワレェ・・・」と。
「『ワレ』?」と佐助。
「いや、お決まりだから言っただけ。
特に深い意味はないよ」と養観院。
「仮面の顔は兄『伊助』の顔です。
瓜二つなどと言われていましたが双子でもないのに兄弟というだけでそんなに似る訳がありませんよね?
俺の素顔を知っているのは師匠の白雲斎様と信玄様だけでした。
兄も俺の素顔を知りません」
「何で僕に教えたの?」と養観院。
「『何で』って・・・。
防水性が高くて、水分を漏らさない気密性か高くて、摩擦に強いモノを探してるんですよね?
仮面の素材を紹介するのに、仮面を取って説明するしかないと思ったのですが・・・」
「じゃあ何で薄着になったのさ?」
「俺は男に変装しています。
『身体は男』『顔は女』って美しくないじゃないですか。美意識の問題です」
『甲賀と言えばくノ一』という認識は山田風太郎の小説『甲賀忍法帖』からきていると言われており「くノ一なんて存在していなかった」という考え方が一般的だ。
だが「『甲賀忍法帖』には実在のモデルがあったのでは?」と考えよう。
何故か?
その方がロマンがあるからに決まってるじゃねーか。
色んな歴史小説を『なろう』で読みました。
今まで『面白いけど土俵が違うし』と思った小説は沢山ありました。
土俵どうこう以前に『負けた』と打ちのめされた小説が1つだけあります。
『乳首ビンビン丸』
是非皆さん、読んでみて下さい。