剣豪
「取り敢えず陸に上がりたい!」
僕のたっての希望で三島の港に上がる事になった。
東に流され過ぎた。
本当なら直ぐにでも西に戻るべきだ。
「鳥羽に上陸出来ないなら三河か那古屋の港から陸に上がろう。
・・・でも三島に寄るならここで今後の情報収集をしよう」と五右衛門。
船から陸に上がる。
重秀の鉄砲はとりあえず荷物の中に隠す。
何だかまだ波に揺られているようなフワフワとした感覚が抜けない。
戦国時代の国と国の間はもっと行き来が制限されているのかと思いきや意外に楽に港から入れたのには拍子抜けだった。
「商人の、商船の往来を制限する馬鹿な大名はいないよ。
大名は商人から鉄砲を買うんだぜ?」と船長。
そうか、だから堺が力を付けたんだ。
「商人じゃなくても国から国への行き来は案外緩いぜ?
紀州には大勢が『熊野詣で』に来る。
三島にだって『三島大社』に詣でる旅行者が多いんじゃないか?
そういや北条の殿様って噂じゃ三島大社に入れあげてるんだよな?」と重秀。
「良く知ってるね」僕は感心する。
「『情報』が『地侍』の命なんだよ。
勝つ方と負ける方、どちらの軍に入るかが生きるか死ぬかを分けかねない。
・・・そうじゃなくても熊野は俺の故郷のすぐそばだ」と重秀。
そういや雑賀衆って紀州だよな。
異世界なら酒場で情報を収集するんだろうが、戦国時代の日本ならどこで情報を集めるんだろう?
「とりあえず『宿』に泊まろうか?」と僕。
どうやら『ホテル』の事は『宿』と言うらしい。
『旅籠』と言っても通用しなかったところをみると『旅籠』というのはこの時代の呼び名じゃないみたいだ。
船長が商人仲間から話を聞いている。
「三河はやめておいた方が良いぞ。
最近きな臭くなってきたという話だ。
どうも今川義元様が西の織田信長様が険悪らしい。
しかし織田の殿様も災難だな。
今川の殿様に目を付けられるなんて」
「そんなに今川家は強いのか?」と船長。
「当たり前だろうが!
あの武田信玄公や北条氏康様と五分の同盟を結んでいるのだぞ!?
織田家が逆立ちしたって勝負にならん」
三河は今、徳川が全てを治めている訳じゃないんだな。
「聞いての通りだ。
今から織田に行くのは得策じゃない。
進路を変えるか?」と重秀が僕に聞いてくる。
僕は織田と今川、どちらが勝つか知っている。
「いや、僕は織田のところへ行くよ」
「分の悪い賭けだと思うぜ?」五右衛門も言う。
「何で織田が勝つと思うの?」
後ろから声がかけられる。
重秀が僕を背中に庇い、五右衛門が後ろに跳ぶ。
「五右衛門」
「わかってる、コイツはヤバいぞ・・・」
重秀と五右衛門が小声で会話する。
五右衛門が気配を察せない人間がこの世にいるのか。
それだけで男の子がただ者でないのはわかる。
それだけではない。
男の子からは『人を殺す時に躊躇いがない者』独特の雰囲気が出ている。
男の子が着る灰色の着物は薄汚れており、袴は紺色ですそが擦りきれている。
ともするとだらしない格好なのに、男は何故か『隙の無さ』を感じさせる。
「心配しないでも俺はお兄さん達とやり合う気はないよ。
俺は前原弥五郎。
剣術修行の旅をしている。
俺が気になったのは一つだけ。
何でそこのお姉さんは『織田が勝つと思ったか?』
しかも全く迷いもなく言い切ってる。
今から今川に剣の腕を売り込もうとしてた俺には少し気になったんだよ」
そう言われても困ってしまう。
織田と今川は織田の勝利に終わる。
それはきっと揺るぎない事実だ。
だって結果を知っているんだから。
僕だけ結末がわかってる。
ズルみたいなモンだ。
でも僕は理由を求められてる。
テキトーな事は言えない。
出鱈目だとバレたら僕は斬られるだろう。
僕の決断に乗るかどうかがこの男の子の命を左右するかも知れないのだから。
「えーっと・・・僕、菓子作りが得意なんだ。
掃除も嫌いじゃない。
でも洗濯は苦手なんだよ。
洗濯の力加減がまだわからないんだ」
「だから何なのさ?」
「誰しも苦手な事はあるって事。
今川義元は外交も内政も得意で武田や北条と同盟を結んでるかも知れない。
でも戦が得意だという話は一向に聞かない。
きっと戦は苦手なんだと思う。
僕は戦が苦手な大名は最終的に勝ち残れないと思うんだ」
よし!上手い言い訳が出来たぞ!
男の子がキョトンとした顔をしている。
一瞬間をおいた後に男の子は爆笑した。
「義元は『海道一の弓取』と言われた大名だよ?
戦が苦手なんて事はあり得ない。
・・・でもそうだな。
確かに元守護大名で室町幕府の臭い、公家くずれの臭いがプンプンするのは否めない。
勝つか負けるかはともかく、そんな野郎に剣を預けたくはない。
よし、今川陣で剣を振るうのは止めだ!
俺は剣の修行の旅に出る!
ではさらばだ!」
「何だったんだ?」
男の子の背中を見送りながら僕は呟く。
「でもやり合ってたら勝てたとは思えない・・・」と重秀。
前原弥五郎、後の『伊東一刀斎』。
江戸時代に隆盛を誇る『一刀流剣術』の開祖である剣豪だ。
僕はふと思い付く。
「次は三河に行こう」と。
「正気かよ?
戦場になるかも知れないんだぜ?」と重秀。
「だからこそ三河に行こう」