三銃士
信長は「義昭様が女であることを公表するにはまだ早い」と言った。
別に『信用している』『信用していない』は秘密の共有とは一切関係ない。
『信長の配下で最初の国持ち大名』である丹羽長秀にも秘密は伝えないし、滝川一益にも秘密は伝えない。
『知っているのはこの長屋に居合わせた人間だけ』という訳だ。
『しばらくは秘密厳守』という事でその場は流れ解散になった。
でも信長も今夜は長屋に泊まるみたいだ。
・・・って言っても、意地でも僕の家には泊まらせない。
少しでも『ハーレム落ち』に繋がるイベントはごめんだ!
藤吉郎には不安があった。
ねねと養観院に『秘密厳守』する想像が出来ないのだ。
2人に悪気は全くない。
しかし2人は『笑顔でうっかり核スイッチを押せてしまう人間』なのだ。
藤吉郎は子狼達と戯れる養観院とねねに近づく。
2人に何て言うべきか?
「内緒にしろよ!」と言っても「何で当然の事を言うんだ?」としか返事はないだろう。
何しろ『悪気は全くない』のだ。
そこが一番厄介ではあるのだが。
思案する藤吉郎に子狼達が一斉に噛みつく。
「イテテテテテテ!!!」
「蝶野!橋本!武藤!止めなさい!」と養観院。
養観院に怒られた子狼達は素直に藤吉郎を離す。
「ごめんね、いささかさん。
この子らはキチンと躾けとくからね!」
「それは私の名前じゃありません。
それより、さっき呼んだのってあの子らの名前ですか?
名前と言うよりは『名字』って感じでしたが・・・気のせいですかね?
それよりその子犬達、狂暴じゃありません?」と藤吉郎。
実は子犬じゃなくて子狼なんだが。
「そんな事ないよー。
見ててよ」と養観院は子狼達をワシャワシャと撫でる。
子狼達は耳をピコピコと動かし、尻尾をブンブンと振って、養観院の手をペロペロと舐めた。
「こら、くすぐったいよー」と養観院は子狼達と戯れる。
「あれ、おかしいな」と藤吉郎が子狼達に近付く。
途端に子狼達は牙を剥いて「ガルルルル」と低く唸った。
どうやら子狼達は藤吉郎にだけ牙を剥くようだ。
「そのうちこの子らも三河屋に懐くよ!」と養観院が藤吉郎をフォローする。
「サブチャン?
私は藤吉郎ですが・・・」
その発音の『サブチャン』だと野球の延長戦が長引いたときの『続きはサブチャンネルでご覧下さい』と言う場合の『サブチャン』だが、どちらにしろ藤吉郎にはわからないし間違っている。
藤吉郎にわかった事は2つ。
①養観院を制御する事は出来ない。
②養観院を理解する事は出来ない。
(養観院を信用して良いんだろうか?
信長様も、ねねも、あの女の事を気に入ってるようだが・・・)
子狼達は藤吉郎を嫌ってはいない。
ただ、主が深層心理で藤吉郎を拒んでいる事を野生の勘で嗅ぎ取っているのだ。
養観院は令和では真面目に授業は受けていなかった。
だから田中が千利休とは知らない。
だが直感で戦国時代での父親に切腹を命じた男を拒絶しているのだ。
だから名前も覚えられない。
覚える気もない。
場所は清洲城に移る。
城を守っているのは柴田勝家と森可成。
そして新参者として松永親子がいる。
あとは藤林長門守と楯岡道順という忍が2人。
信長は別に忍を重要視していないが、足利義昭が伊賀に逃げ込むのに尽力した藤林を邪険には出来ない。
藤林はかつての主『今川義元』が死亡したと思っていて『再就職先の大名に信長がなってくれるんじゃないか?』と期待を抱いている。
信長はどちらかと言うと『忍は好かん。何を考えているのかわからんから』という考え方で望みは薄いのだが。
道順が周囲のパトロールから戻って来る。
「保豊様!」
保豊というのは藤林長門守の別名だ。
「どうしたんだ?
落ち着け!
どうしてそんなに慌てておるのだ?」と保豊。
「それが・・・私が清洲城の中を見回っていた時に、地下牢を発見したのです。
そこにおられたのです」と声を震わせる道順。
「だれがいたと言うのだ!
まるで幽霊でも見たかのように震えおって!」と保豊。
「亡くなったはずのあのお方が・・・。
かつての我々の主、今川義元公が確かにおられたのです!」
保豊はどう答えて良いかわからず、何も言わずにノーリアクションだった。
藤林長門守は駿府で今川義元に仕えていたという記録が残っている。
そこで武田に仕官する前の山本勘助と交流し共に兵法を学んだ、という。




