ドリフト
「くお~!!ぶつかる~!!ここでアクセル全開、インド人を右に!」養観院が叫ぶ。
「・・・・・」義昭は何も言わない。
『人前で話すな』という光秀との約束を頑なに守っているのだ。
ここで解説する。
この時代のインドは奴隷貿易の中継点だったと言われている。
信長の付き人だった弥助という黒人もインドから連れて来られた元奴隷だ。
だがこの場合の『インド』とは全く関係がない。
ここで言う『インド人』はゲーム雑誌の『ハンドル』の誤植だ。
昔の雑誌原稿は手書きだった。
その原稿の文字があまりにも汚くて『ハンドル』が『インド人』と解釈されたのだ。
そんな話は戦国時代の人間には何の話なのかわからない。
令和の人間でもこの話がわかる層は少ない。
そんな話はどうでもいい。
知らないかもしれないが意外にも馬にハンドルとアクセルはついていない。
元々乗馬は下手クソで、船酔いと寝不足でフラフラな義昭はカカシ状態で養観院の操り人形だ。
そして養観院は『コイツに馬を操らせるぐらいならカナブンに手綱を持たせておいた方がまだマシ』というレベルだ。
義昭と養観院を乗せた乗馬は、呆気に取られる一団を尻目に徐々に加速、いや暴走を始める。
走り去った乗馬を見て光秀は血の気が引く。
養観院に『義昭様の後ろに乗れ』と言ったのは自分なのだ。
ここまで義昭が乗馬がヘタクソだとは思っていなかった。
ここまで義昭の船酔いが酷いとは思わなかった。
ここまで義昭が寝不足だとは思わなかった。
ここまで養観院が『ハチャメチャが押し寄せて来る』感じだとは思わなかった。
「俺の・・・俺のせいだ!」
我に返った光秀が二人を乗せた乗馬を追いかける。
一団は相変わらず、何が起こったのかわかっていない。
「こうなりゃ禁断の『2人ハングオン』だ!」と養観院。
解説しよう。
ハングオンとは古のバイクレーサー、ケニー・ロバーツが完成させたと言われているレーシングバイクのコーナリングテクニックだ。
養観院はそのハングオンを2人で行おうとしたのだ。
だが『ハングオン』はレーシングバイクのテクニックであって、乗馬のテクニックではない。
いきなり強引に傾けられた馬はビックリして余計に暴走する。
荒子から清洲が比較的一本道で良かった。
そうじゃなかったら馬がどの道を走って行ったかわからなくなるところだった。
「ちょ、ちょっと落ち着いて!
ようかんちゃん!」我に返った義昭が言う。
「これが落ち着いてられるか!」
養観院には何か入ったらダメなスイッチが入っている。
「そ、そうだ!
一旦止まりましょう!」と義昭。
だが、馬は超エキサイティング!な状態だ。
「こうなりゃ『二輪ドリフト』しかない!」と養観院。
解説しよう。
『二輪ドリフト』とは?
劇場版アニメ『AKIRA』の中で金田が使った事で有名な進行方向と直角にバイクの車体を向け、タイヤの摩擦で強引に停止するテクニックだ。
しかし意外にも馬にはタイヤがついていない。
養観院は手綱を強引に義昭から取り上げると、見よう見真似で暴走する馬の進行方向を直角に変えたのだ。
「キャア!」義昭がついに可愛い悲鳴をあげる。
一団がいる前じゃなくて良かった。
この声を聞いて『男だ』と思う人間はいないだろう。
義昭は馬の首にしがみついた。
そして養観院は道の脇の草むらの中に吹っ飛んでいった。
義昭に抱きつかれた馬は奇跡的に落ち着きを取り戻した。
「ふぅ!」ようやく人心地ついて義昭は周りを見渡した。
「ようかんちゃん!?
ようかんちゃん!?
どこに行ったの!?」
「イテテテ・・・死ぬかと思った・・・」深い草むらに突っ込んだ養観院は軽傷だった。
義昭には「チッ!死ねば良かったのに」と言う権利は充分にあるのだが「本当に良かった!」と涙ぐむ義昭は聖女すぎた。
『クーン』草むらの中から何かが聞こえる。
養観院が覗くとそこには三匹の毛玉が。
毛玉はかなり痩せこけている。
「野犬の子犬かしら。
可哀想に、母親とはぐれたのね」と義昭。
「ここにいたら母親が来るかな?」と養観院。
「残念ながら、それはほぼ望めないわね。
この子達の痩せ方を見て。
多分、母親とはぐれてから数日は経っているわ。
母親は迎えに来ないでしょうね。
もう生きていないのかも。
仕方がないわ、これも野性の定めなのよ」と義昭。
「決めた!
僕がこの子達を育てる!
清洲でパトラッシュ飼ってるし、一匹も四匹も同じだよ!」
「・・・ちゃんと命に責任が負える?
大丈夫?
他にも一匹飼ってるなら大丈夫かな?」
「大丈夫だよ!
パトラッシュも兄弟が出来て喜ぶよ!」
「それなら良いけど」
今川義元は今川氏真などの子供がいるにも関わらず、今さら三匹の兄弟が出来た。
後にカツ、レツ、キッカと名付けられた3匹は実は野犬ではない。
明治38年に最後の一匹の死骸が発見されて絶滅したと言われている『ニホンオオカミ』なのだ。
義昭は3匹を手持ちの大きな皮袋の中に入れる。
3匹は捕まえておかなくても養観院に凄く懐いている。
「母親と思っているのかしら?」と義昭。
「溢れる母性がそうさせるのかな?」と養観院。
義昭は呆れ返ってモノが言えない。
そこに血相を変えた光秀が。
その後、養観院が利家の馬の後に拘束されたのは言うまでもない。