海賊
堺の港から鳥羽の港まで商船に乗せてもらう事になった。
「船の方が多い荷物を乗せても速度が落ちないし、商船なら田中の顔がきく」との事だ。
逃亡の目的地は清洲。
「お市様の『友達になろう』という一言にすがれ」とは田中の弁。
「伊勢湾の鳥羽の港から清洲は近い。
信長様とお市様には儂からお願いの書状を書いておく」
「何で田中はそんなに僕に良くしてくれるの?」
「こんな四六時中一緒にいたら家族みたいなものだろうが!
一度しか言わんぞ、こんな事!」と田中は顔を耳まで真っ赤にして答えた。
夕方には鈴木重秀が石川五右衛門を連れて来た。
後の『天下の大泥棒』という割には地味な男だ。
僕は忍者を見るのは初めてで少し興奮してしまった。
「ねぇねえ!
忍者なの!?」
「・・・元忍だ。
今は『抜け忍』だ」
「伊賀にいたって事は服部半蔵知ってるの!?」
「服部半蔵だと・・・」
石川五右衛門はギロリと僕を睨んだ
あ、何か地雷を踏んだっぽい。
「今の『服部半蔵』は忍なんかじゃねえ!
正成が忍であってたまるか!
忍は初代半蔵の保長様だけだ!」
どういう事?
もしかして服部半蔵って沢山いる?
「石川五右衛門が伊賀から抜けた理由は服部が武士の真似事して忍が武士の使い走りにされ始めたかららしい。
石川五右衛門の前で『服部半蔵』は禁句なんだ」鈴木重秀が石川五右衛門をなだめながら間に入る。
「そうとは知らずにごめん」
僕は素直に頭を下げる。
「いや、俺も熱くなった、すまない」
「知らずにまた失礼な事を言っちゃうかも知れない。
参考までに聞かせて欲しい。
石川さんにとって『本当の忍』って誰?」
「そりゃ音羽の城戸様だろう!」一転して五右衛門は上機嫌で言う。
よっぽど忍者として尊敬しているんだろう。
しかし知らんぞ!
言ったら五右衛門が不機嫌になるだろうが服部半蔵以外の忍者知らないし。
その時僕は知らなかった。
『音羽の城戸』とは服部と並び上忍御三家の棟梁で『天正伊賀の乱』の首謀者『百地丹波』の別名である事に。
「しかしこれだけの荷物積み込んだら船にあんまり商品積み込めないんじゃないかな?」と僕。
「・・・・・」田中は何も言わない。
「アレ?
今回の航海は鳥羽への荷物運びじゃなかったんですかい?
『娘の移動に船を出してくれ、金はいくらでも出す』って話だったじゃないですか」と船長。
「親父・・・」
僕は田中に強く抱きついた。
「ようかん・・・。
達者でな。
信長様によろしくな」
「お世話になるのはお市様じゃないの?」
「お市様はいつ輿入れするかわからん。
ようかんがお市様を頼って清洲へ行っても、すぐにお市様がいなくなる可能性も低くはない。
念のために信長様にも顔をつないでおいた方が無難なのだ」
なるほど。
それに了解を得ないで清洲でチョロチョロしてるのが信長にバレたら、信長の逆鱗に触れそうだもんな。
「じゃあ行って来ます」
「必ず帰って来るのだぞ。
堺はお前の家なのだからな!」と田中。
田中が、堺の港が段々遠くなって小さくなっていく。
センチメンタルになる間もなく、船酔いが始まる。
「おぇぇぇぇぇぇ」僕は船から顔を出して吐く。
「おいおい、大丈夫か?
港の女だと聞いていたから、ここまで船に弱いとは思わなかった」と重秀。
「しょうがないじゃん。
堺でも船に乗った事なかったんだし。
魚の入ってるお菓子は作った事がないんだよ」
「喋るな。
静かに横になって船底に出来るだけ身体を密着させろ」と五右衛門。
「早く陸に上がりたい・・・。
まだ鳥羽にはつかないの?」
「出発したばっかりじゃねーか。
それに紀伊半島をグルっと回らないと鳥羽には着かないぞ?
風向き次第ではあるが、これだけ順調な風向きなら昼過ぎから夕方には鳥羽に着くんじゃねーか?」
「まだまだ着かないのか・・・」
船酔いが落ち着いて来た頃にはもう、夕日が傾き始めていた。
でも港が遠くに見え始めた。
「あれが鳥羽の港だ。
ここに来るのは久しぶりだ」と五右衛門。
そういや伊賀も鳥羽も三重だっけ?
「ちょっと待て!
様子がおかしい!
港から煙が上がっている!」と重秀。
五右衛門が目を凝らす。
「あれは伊勢湾を荒らし回ってる『九鬼』だ!」と五右衛門。
「クキ?」僕は事の重大さがわかっておらずキョトンとしている。
「九鬼って言うのは海賊だ!
船長、鳥羽を素通りしてくれ!」と五右衛門。
「じゃあどこに行けば良い!?」と船長。
「そんな事知るか!
とにかくここから離れるんだ!」
五右衛門の言葉を聞き、船長が慌てて舵を切る。
商船は鳥羽の港を素通りして行く。
「あぁ、陸が・・・」僕は呻くように言う。
「命あって・・・だろうが!
港は他にもある!
それより逃げる俺らの船に気付いた海賊の小舟が三隻ついてきてるぞ!
ちくしょう!
小さいだけあって、チョロチョロと速い!
荷物を捨てて軽くなるか?
いや、その程度速くなっても小舟をまける訳がない」そう言うと重秀は火縄銃を荷物から取り出した。
「音が出るから使いたくはなかったんだけどな。
まぁ、これだけ陸から離れれば、陸近くにいる海賊には聞こえないだろう」
重秀の火縄銃が火を吹く。
バンッ
弾は追ってきた小舟の帆の支柱に命中する。
支柱が倒れ、帆を失った小舟は推進力を失う。
しかし火縄銃は連発がきかない。
追ってきている小舟はあと二隻いる。
「失敗は『死』を意味するぞ・・・」重秀は呟きながら次の弾の準備をする。
その間にも二隻の海賊の小舟は近づいて来る。
ようやく次の弾の準備が終わった重秀が追ってきている小舟の支柱目掛けて火縄銃を撃つ。
百発百中だ。
これが後の世で『雑賀孫市』と恐れられた銃の名手の腕前だ。
『雑賀孫市』って誰かを暗殺しようとしたんじゃなかったっけ?
誰だったかな?
僕がそんな事を考えていると追っ手の海賊の小舟がもう目と鼻の先まで迫ってきていた。
火縄銃の準備はもう間に合わない。
追っ手の表情が目視で確認出来るくらいまで小舟が近くまで来た。
もう逃げ切れない・・・。
そう考えた時に五右衛門が陶器で出来た小さな容器を小舟の中に投げ込んだ。
容器は割れて、中に入っていた液体が漏れ出す。
すると五右衛門が小舟に向かって火を吹いた。
容器に入っていたのは油だったようだ。
小舟はあっという間に炎に包まれて小舟に乗っていた海賊達はたまらず海の中に飛び込んだ。
「今だ!
とにかく急いで港から離れろ!」と重秀。
「ここまで逃げれば一安心だ」
「いや、そうでもないらしい」
僕の言葉を五右衛門が否定する。
「どうやら海が時化ってきたみたいだ」と船長。
丸一晩以上商船は漂流する。
「つ、ついに陸地だ!
港だ!」
僕は感動の声をあげる。
もうダメだと思った。
しかしここはどこだろう?
港の漁師に聞いてみる。
「ここ?
ここは三島の港だ」
三島って静岡の三島?
随分東へ来ちゃったもんだ。