ツーリング
船酔いでグロッキーだった僕は利益がいなくなった事に気付いていない。
利益が岸に飛び移った時のざわめきも「何か騒がしいな」と考えた程度だった。
飛び移る直前に「『清洲にようかんが飼ってる猪を見に行く』って約束、どうやら叶えられそうにないわ」と船底に横たわっている僕に言った時、僕は『用事があるなら後にして。今はそれどころじゃない』と手をヒラヒラさせただけだった。
そもそも僕はその時に何を言われたかわからなかった。
信長が良くわからん利久に何かを告げている。
利久は少しだけショックを受けた様子だったが、それ以上に「あぁ、やっぱりか」と思っているらしい。
一団はその様子を遠巻きに眺めている。
「何が起こってるの?」と僕は利家に聞く。
「俺も混乱してるところだ。
何で俺なんだ!?」と利家は良くわからない事を口走る。
何が何やら全くわからない。
しょうがない。
利益さんに聞くか。
アレ?利益さんは?
森可成に聞く。
「利益さんがいないんだけど・・・」
「利益殿はいない」
「『いない』ってどこへ行ったの?」
「わからん」
森可成はぶっきらぼうに返答する。
『どこに行ったかわからない』って本当に利益さんらしいよ。
気ままにフラッとどこかへ行っちゃったのかな?
まぁ、そのうちにすぐ何事もなかったみたいに戻って来るよね?
荒子には一泊しないみたいだ。
「何で?」と森可成に聞く。
「そんな雰囲気じゃないだろう!」
何故か怒られてしまった。
僕も義昭様も船酔いしてるんだ。
もう少しゆっくりしてもバチは当たらないだろう?
でも確かに文句すら言えない雰囲気ではある。
しょうがない、利家のタンデムシートに乗ろう・・・としたら利家が『心ここにあらず』といった感じでフラフラしている。
利家の馬の後ろに乗るのは危険だ。
しょうがない。
光秀の後ろに乗せてもらうか。
「止めた方が良い。
利家殿は俺以上に大柄だが馬に乗るのも慣れていて、乗馬も丈夫だ。
何とか君ぐらいなら乗せて乗馬出来たかも知れないが俺は自分一人が馬に乗るのも精一杯だ。
その上俺の乗馬はそこまでタフじゃない。
小柄なこの時代の馬が大柄な俺ともう一人を乗せて清洲まで走れるとは思えない」と光秀。
だったら誰の馬の後ろに乗れば良いんだよ?
「余程の騎馬の名手か、2人乗ってもそれほど重くならない軽量の人の後ろしかないんじゃないか?
例えば・・・」光秀と義昭は目が合う。
一瞬、恐ろしい光景が浮かんだ。
「そうだな、君は義昭様の後ろに乗ると良い」と非情にも光秀が告げる。
「考え直してくれ!
この世の終わりだぞ!」僕が光秀の足元にすがる。
「君なら義昭様が女性である事も知っている。
2人の体重を足しても俺より軽い。
最も合理的な判断だと思うが?」と光秀。
確かに合理的だ。
しかしそれは『義昭様の乗馬がまともなら』という話だ。
馬を乗り潰す前提なら、三人乗りだって出来る。
しかし『一頭の馬で一気に清洲まで行くなら』話は全く別だ。
簡単な例を出せば『大事にしているチャリで三人乗りなんてするか?』という話だ。
僕は義昭様の津までの乗馬で、肥溜めに危うく突っ込むところだった乗馬技術を見逃していない。
何より厄介なのは、義昭様本人が『自分は乗馬が下手だ』と自覚してなさそうな事だ。
令和でもいた。
『自分は運転が下手だ』と自覚していないオバハンが。
そういうオバハンに限って、細い路地に何も考えずに突っ込んで来たりするのが定番だ。
きっと光秀が義昭様に『後ろに養観院を乗せて下さい』と頼んだら快諾するだろう。
普段でも危険なのに今の義昭様は船酔いと寝不足でフラフラだ。
案の定、義昭様は後ろに養観院を乗せる事を快諾した。
こうして清洲までの『死のツーリング』が始まる。




