閑話 当主
信長一行を乗せた船団が舟入へ入港する。
船着き場で船団を出迎える者がいた。
「親父・・・」と利益。
出迎えたのは前田家当主、利家の兄、利益の養父である前田利久だ。
出発時の見送り時に利久はいなかった。
体調を崩して寝込んでいたのだ。
今回の出迎えもかなり無理をしているのだろう。
老け込むような年齢でもないだろうに、杖をつきかなりの老人に見える。
直前まで寝込んでいたのだろう。
フラフラと立ち、ついには躓いて尻餅をついた。
船着き場で躓いた利久を見ながら信長は利益に言う。
「憎い訳ではない。
でも他の家臣に示しがつかないのだ。
戦でも、内政でも死力を尽くしてくれている者達と同列には扱えんのだ」
「わかってます。
ただ一つだけ願いがあるんですが・・・」と利益。
「許す。
申してみよ」と信長。
利益は一瞬利家の方を向くと、信長の耳元で何やら囁く。
「利益がそれで良いのなら・・・」と信長。
「最も全てが丸くおさまるはずです」と利益。
信長は瞳を閉じ、息をふーっと吐くと頷いた。
「信長様、わがままを言って申し訳ありません!」と利益は言うやいなや、まだ泊まっていない船から松風で岸に飛び移るとそのまま走り去った。
勢いをつけて飛び移ったせいか、船が大きく揺れる。
「利益殿!」と森可成が叫ぶ。
「良い、許す!」と信長。
この後、信長は前田利久に『武者道御無沙汰』を理由に前田家当主から隠居するように申し付ける。
そして、新しい前田家当主に前田利家を指名した。
驚いた利家は「何故前当主の息子、利益ではないのですか!?」と信長に尋ねる。
「これは利益の『願い』なのだ。
『当主には叔父上を』と。
前田家当主を継ぐのが嫌なのか?」と信長。
「いえ・・・そのような事は。
では前田家当主、若輩者ではございますが拝命させていただきます!」
利家にはそう答えるしかなかった。
利益はこれより後、前田家に伝わる『利』の文字を名前から消し『慶次』と名乗る。
「元々、前田家の血を受け継いでいない自分が前田家の家督を継ぐ事に違和感があったしな・・・」そう呟くと利益は松風を走らせどこかへと消えた。
その後の前田慶次はまさに神出鬼没である。
小牧・長久手の戦いで、佐々成政相手に奮戦した記録もあれば、加賀にて前田利家に仕えた記録もあれば、熱田神宮に太刀を奉納したという記録もあれば、上杉景勝に仕えた記録もあり、記録に一貫性がない。
これが全て事実なら気分屋すぎるのだ。
「自由を愛し、風流を愛し、負け戦を好んだ」傾奇者という事だけしか慶次に関しては明らかになっていないのだ。
『家督』という題名は以前もつけていたので『当主』という題名に改めました。




