収束
義昭は物音一つたてない。
おそらく眠っているのだろう。
そんな義昭の隣で僕は・・・眠れない。
『枕が変わると眠れない』なんてデリケートな事は言わないが、僕はかつては男だったんだ。
こんな美人の横で『寝ろ』って言われても緊張してしまう。
ねねちゃんがヨダレをたらしながら抱きついてきて寝落ちするのとは訳が違う。
さすがにアレにはもう慣れたが。
ねねちゃんの寝顔を見ながら「これが人妻か?」としみじみ思う。
そんな話は今はどうでも良い。
眠れない。
こんな時に清洲なら灯りをつけてお菓子の研究をしたり、夜更かしをする。
でも隣に人がいるんじゃ灯りをつける訳にもいかない。
仕方がなく僕は寝返りをうつ。
その寝返りの音を聞いたのか、すだれの向こうから光秀が声をかけてくる。
「起きてるか?」と。
「・・・・・」僕はシカトする。
「寝てるなら返事しろ」と光秀。
「寝ていますー」と僕。
「しっかり起きてるじゃんか」
「『策士策に溺れる』とはこの事か!」と僕。
「全然違うし、大声を出すな。
義昭様が起きたらどうするつもりだ?」と光秀。
「じゃあ、話さなきゃ良いじゃん」
「どうせ寝れないんだろ?
付き合ってくれよ」
「ごめんなさい。
貴方の事は友達とすら思ってないんです・・・」
「『付き合う』ってそう言う意味じゃねー!」
「大声出すなよ。
義昭様が起きたらどうするんだよ?」
「・・・大体、自分の見た目をわかってないのかよ?
そんな見た目の女に手を出したら元いた時代じゃ社会的に抹殺されるんだよ!」
「ふざけんな!
元いた時代の年齢+こちらの時代で過ごした年数で成人のはずなんだよ!
合法なんだよ!
それにこちらじゃロリコンが否定されてないみたいじゃねーか!
10歳やそこらの女の子に手を出したら、塀の中で臭い飯食わなきゃいけないはずなのに、信長様の配下にはロリコンが複数いるぞ?」
「まあ、こちらの時代の人間は平均寿命も短いからな。
その分、結婚も子作りも早いのさ。
歳とってから子供を作ると、子供が大きくなった頃には寿命を迎える事になるからな」
「なるほど。
光秀さんはロリコンの肩を持つのか。
この女の敵め!」
「・・・止めよう。
別に君と『ロリコン談議』がしたかった訳じゃない。
お互いの『認識の擦り合わせ』をしないか?
どうやら我々は違う未来から来たらしい。
女神の話を聞いていたから薄々そうじゃないか、とは思っていたが」
「女神が言っていた『未来は無限に枝別れする』か」と僕。
「そう言う事。
我々は枝分かれした別々の未来から『枝分かれする前の過去』に来たんじゃないか?」
「知らん」と僕。
「一刀両断するな!
少しは考えろ!」
「考えてどうするんだよ?
その説が正しいとしたら、この時代だって枝分かれしてるはずだよ?
僕らがいたどちらの未来にも行き着かないはずだ。
結局なるようにしかならないんだよ。
考えるだけ無駄だ」
「見た目は幼女のクセに達観してるな」
「成人だからな。
あと『幼女』って言うな!」
「それはともかく変だと思わないか?」
「コロコロ話題を変えるね。
何の話だよ?」と僕。
「我々は別々の未来からこの時代に来たはずなのに、未来の様子はほとんど同じみたいだし、君が言う『小ネタ』も通じる」と光秀。
『小ネタ』なんて言った覚えはないが、いつの間にかボケた事になってる。
そう言えば違う未来から来たはずなのに読んだマンガの内容まで通じるんだよな、アレって良く考えたら変だよね。
僕が未来で読んだマンガを光秀も未来で読んだって事になるもんね、どういう事?
「一つ仮説をたてた。
聞いてくれるか?」と光秀。
「断る」と僕。
「頼むから聞いてくれ!」と光秀が食い気味に言う。
しょうがないな、聞いてやるか。
光秀が大きな声を出したからだろうか?
「う~ん」とセクシーな声を出しながら義昭が大きく寝返りを打った。
「光秀さんのせいだぞ!
全く・・・大声をだしてからに・・・」僕は光秀を咎める。
光秀は『自分が悪いのか?』みたいな顔をしている。
「・・・で『仮説』とは?」と僕が光秀を促す。
「あ、あぁ。
俺が岐阜にいた、と言う話をしたか?」と光秀。
「してない。
それ以前に興味ない」と僕。
「興味は持ってくれ!
そして、話は聞いてくれ!
頼む!」
「今回だけだよ?」と僕はため息をつく。
「・・・本当に良い性格をしてるな。
まぁ良い。
聞いてくれ。
俺は斎藤道三様の下に転移したのだ。
場所は稲葉山城だ」
斎藤道三、僕がこの時代に転移してきた時にはもう死んでいた。
でも斎藤道三の名前は織田信長から何回も聞いていた。
信長の正室『濃姫』の父親が斎藤道三、と言うだけではない。
信長は京都に滞在する時に『妙覚寺』を選ぶ。
「何で妙覚寺なの?」と以前に聞いた事がある。
「妙覚寺は義父の斎藤道三が仏門に入った時に得度を受けた、縁が深い寺だ」と信長は遠い目をして言った。
信長は義父の思い出の地を大切にしているらしい。
「道三様に可愛がられて俺は『明智光秀』という名前をいただいた。
そんな話はどうでも良いのだ。
岐阜には『長良川』という川がある。
長良川は何度もルートを変えているようだ。
氾濫の度に川のルートが変わっている。
俺が未来で知っている『長良川』とは全く通る道が違う。
だが、長良川の入り口と出口だけは今も昔も未来も変わっていない。
どこをどう流れようと『長良川』は『長良川』なのだ」と光秀。
「・・・だから何?」
「俺達が多少未来を変えたところで時代の大きな流れは結局、収束してほとんど変わりがなくなるんじゃないか?」
「女神は『どうせ時代は中々変えられない』って言ってたよ。
変えたつもりでも時代の大筋は大きくは変わらないのかもね。
でも女神は『変えられるモノなら変えても良い』って言ってたよ?」と僕。
「そうか・・・」と光秀は何かを考えているようだ。
「言いたい事はそれだけ?
まぁ、良い暇潰しにはなったかな?
何とか眠れそうだよ。
それじゃ、おやすみー」と僕は一方的に会話を打ち切って布団をかぶった。
実は内心冷や汗をかいていたのだ。
『変えれるモンなら歴史を変えて良い』この一言で明智光秀が野望を抱いてしまったら?
『天下人を目指して見よう』なんて思ってしまったら?
もしかして、光秀に本能寺焼き討ちのきっかけを僕が与えてしまったんじゃないか?
僕は『えらい事を伝えてしまった!』と思った。
でもどうしようもない。
自分は菓子しか作れない。
慌てても何が出来るというのだろうか?
何も出来ないクセに余計な事を言ったのだ。
『口は災いの元』と何度も呟きながら布団をかぶる養観院だった。
二人の議論は時々白熱して、内緒話のつもりが大声をあげていた。
『眠れない』と養観院が思っていたように、眠りが浅かった者もいる。
そこへ持ってきて明智光秀の叫び声だ。
イヤでも目を醒まそう、というモノだ。
『足利義昭は明智光秀の叫び声で目を醒まし、二人の内緒話に聞き耳をたてていた』のだ。
(どういう事!?
二人が『未来から来た』っていうのは!?
あと『女神』って何!?
思えばようかんちゃんの話す内容には頻繁に訳のわからない言葉が含まれている。
アレが『未来語』だとしたら!?
そう言えばようかんちゃんと光秀は意志疎通が出来ていたわ!
そして『女神』とは何かしら?
女神・・・架空の存在・・・山岡!
そうだ!
鍵になる言葉は『山岡』よ!)
途中まで良い感じに推理が着地するかと思いきや、義昭の推理は残念な感じに不時着する。
ミスリードはともかく、足利義昭は明智光秀と養観院が『未来から来た』という事実を知った。




