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「忍者には『上忍』『中忍』『下忍』がいるんだ」
かつて五右衛門が僕に言った。
僕の『忍者は凧につかまって空を飛ぶ』という訳のわからない妄想を聞いて五右衛門がブチ切れたのが『猿でもわかる忍者入門』の授業を五右衛門が始めた理由だ。
「ふーん?
で、五右衛門は上忍なの?」
「『抜け忍』はどれでもねーよ。
『上忍』『中忍』『下忍』っていうのは忍者の組織の中での序列だ。
忍者として優れているか否かじゃない」
「『課長』『係長』『ヒラ』みたいなもんか。
昔は五右衛門も抜け忍じゃなかったんでしょ?
やっぱり『上忍』だったの?」
「・・・いや、俺は『下忍』だった」
「うわ、ダサっ!
ヒラ社員だったの!?
浜崎伝助だったの!?
釣りバカだったの!?」
「意味がわからん事を言うな!
釣りなど滅多にしていない!」
「全くしてない訳じゃないんだ」
「伊賀の畔には『木津川』ってそこそこ大きな川が流れててたまに釣りをだな・・・ってそんな話はどうでも良いんだ!」
「五右衛門が嫌ってた『服部半蔵』も下忍だったの?」
「いや、正成は『上忍』だった」
「『あんなヤツは忍じゃない』って言ってなかったっけ?」
「『上忍』『中忍』『下忍』は能力で決まる訳じゃない。
正成は忍術は使わなかったが『上忍』の家柄だったのだ」
「つまり地位は家系で決まる?」
「そうだ。
伊賀には『上忍』の家系が三つある。
それが『上忍御三家』だ。
それが『百地』『藤林』『服部』だ。
『百地』というのは俺の師匠の家系だな」
「寂しくなるような話だね。
いくら優れた忍者でも出世出来ないって事か。
『百地』と『服部』はなんとなくわかった。
『藤林』っていうのは?」
「うーん・・・。
なんと言ったら良いのか。
『百地』も『服部』も『密偵』としての役割が大半なんだよ。
"影に潜み、影を探る"ってヤツだ。
でも『藤林』は毛色が違うんだよ。
だから争う事も意識する事も少ない」
「藤林はどういう活動をする忍者集団なのさ?」
「ようかんは『忍者は任務に成功しても報われない』と言ったよな?
藤林はその通りの忍者集団なんだよ。
場合によっては任務に成功した忍が自分の顔を潰して自害する・・・出世どころか生き残る事も叶わない」
「げっ、テロリストみたいだね」
「てろりすと?
何だ?それは?」
「何て言えば良いんだろ?
『自分が死んでも相手を殺そうとするヤツら』って言うのかな?」
「まさに藤林はそんな連中だ。
アイツらは暗殺に特化した忍者の集団なのさ。
特に下忍は使い捨てだ。
下忍候補の子供を方々から拐って来るんだ。
ソイツらを暗殺の駒として育てるんだよ。
ソイツらに指令を下すのが中忍だ。
中忍は基本、使い捨てじゃないが自ら大きな仕事をこなす事もある」
「『プレイングマネージャー』だね」
「相変わらず訳のわからん事を・・・」
「じゃあ上忍は?」
「上忍なんてあんまりいない。
『藤林』で言えば『藤林長門守』ただ一人だ」
「ソイツがテロリストの親玉なんだね?」
「そうなのかな?
良くわからんが・・・」
藤林配下の忍はあまり現在知られていない。
ただ楯岡道順の名前だけは残っている。
そして楯岡道順は一説によると織田信長の暗殺、狙撃を試みて失敗している。
僕が点てた茶を楯岡道順が受け取ろうとする。
僕が飲もうとしてる茶を奪い取ろうなんて、図太い野郎だ!
まぁ「茶の湯は"もてなしの心"が重要だ」と田中も言っていた。
ここにいる『ゲストっぽいヤツら』が僕より先に茶を飲むのは許そう。
でもテメーはダメだ!
テメーは伊賀の人間だろうが!
もてなす側の人間だろうが!
一応僕は『織田信長の付き添い』だぞ?
伊賀に招待された客人だぞ!?
お前が僕をもてなせよ!
僕が道順に茶の器を渡さずにいると痺れを切らせた道順が言う。
「俺が飲むんじゃない。
藤林長門守様に飲んでいただくのだ」と。
「ひ、ヒェ!」僕は短く悲鳴を上げる。
僕の中で藤林は恐ろしいテロリスト集団だ。
僕は道順にお茶の器を渡してしまった。
ビビってはいる。
しかし『怖いもの見たさ』もある。
目の前の道順が茶を渡す相手が五右衛門が言っていた『暗殺に特化した忍者』の親玉だ。
どんな恐ろしい見た目だろうか?
僕は頭にターバンを巻いた中東風の浅黒い男を想像した。
道順が僕が点てたお茶を渡したのは若いお兄ちゃんだった。
拍子抜けだった。
「何だ、クソガキか・・・」思わず僕は呟く。
「無礼な事を言うな!」道順が叫ぶ。
やべぇ、聞こえてたのか。
そういや忍者で暗殺者、耳が良くても不思議はない。
「ごめんなさい。
暗殺者の親玉って、もっと恐ろしい見た目かと思ったんだよ」と僕は道順に頭を素直に下げる。
藤林長門守が楯岡道順に耳打ちする。
「何故、あの女児は俺が『暗殺集団の親玉』である事を知っている?」
「わかりません。
藤林が暗殺集団であることは伊賀の内部でも限られた者にしかバレていないはずなのですが・・・。
身内以外では百地丹波の周辺にしか発覚していないはずです」
「あの女児は百地丹波の縁者なのか?」
「その可能性はかなり低いかと。
あの女児は『明智光秀の指名で織田信長が連れて来た』と言う話です。
百地丹波の武士嫌いは知られています。
関わっている、と言う事はないでしょう。
ですがあの女児は自分が『狙撃手である』と一目で見抜きました。
ただ者ではないはずです」
「そうか、油断するなよ!」
「は!」
養観院は伊賀の里で三本の指に入る権力者にマークされた。




