家督
松永久秀と信長が話している間、僕はやることがなかった。
信長について行けば良いんだが、僕は過去の出来事から松永久秀が毛虫より嫌いだった。
自分から松永久秀に近付くなんて冗談じゃない!
利家は信長のボディーガードみたいに付き従っている。
どうやら最近まで三好の配下だった松永久秀を一応警戒しているようだ。
それに僕は雑談で『松永久秀、アイツはストーカーだ!』と利家に愚痴を吐いたこともあり、利家の中では『松永久秀=悪』という構図が出来上がっているようだ。
因みに『ストーカー』の意味は利家は理解出来なかった。
「陰湿でナメクジみたいなヤツって事だよ!」と利家に説明したから利家の中では『久秀=ナメクジ』になっている。
利家だけでなく、他の者も信長をガードするように取り囲んでいる。
信長をガードしていないのは利益ぐらいのモノか。
消去法で利益しか僕の相手をしてくれそうな人はいなかったから、僕は利益に近付いた。
「何してるの?」と僕。
「いや『暇だなぁ』と」と利益。
「みんな忙しそうだよ?」
「養観院も退屈そうじゃねーか」
「僕は良いんだよ。
『何で連れて来られたか?』わかんないんだから。
元々何かがしたくて来た訳じゃないんだよ。
利益さんは違うじゃん。
『連れて行け』って自分で無理矢理一行に加わったんだから。
何で伊賀まで来たがったの?」
「・・・『身の振り方探し』かな?」
「どういう意味?」
「俺の養父の利久が長男で前田の家督を継いでる話は知っているか?」
「うん、まぁなんとなくは聞いてる」
「でも養父は病弱でね。
正直家長として何にもしていない、いや、出来ないんだよ。
養父が前田の家長のままなら、前田は終わっちまう。
で、養父が家督を誰に譲るか、だ。
普通誰が家督を継ぐんだ?」
「長男?」
「そうだ。
つまり俺が前田の家督を継ぐんだ。
そこで『俺は養子で前田の血を継いでない』事が問題になる」
「前田の遠戚から奥さんをもらえば?
そうすれば子供は前田の血を継ぐ事になる」
「そう都合良く年頃の遠戚の女がいると思うか?
・・・まぁいない訳じゃない。
『いた』と言うべきだな。
前田の遠戚の『まつ』って女がな」
「あ・・・」
「普通だったら養子の俺に嫁ぐよな?
そうすれば産まれて来た子供は前田の血を継いでいる。
その子供が更に前田の家督を継ぐ事になる。
でもな、叔父上と叔母上は見合いもしていない、恋愛結婚なんだよ。
そんな家の都合は関係ないんだ。
わかったな?
俺が家督を継ぐと前田の血が絶える」
「利家の子供を養子にしたら?
そうすれば前田の血が残るんじゃないの?」
「養子の子供を更に養子にするのか?
家督の価値が低くなっちまう。
それに今のところ叔父上の子供は女児のみだ。
叔父上にも世継は必要だ。
この先、二人の男児に叔父上が恵まれる保証などない。
だから俺は『次代の前田の家督を叔父上に譲る』しかないんだよ。
・・・この話、叔父上には内緒だぜ?
でも叔父上も俺に対する遠慮がある。
本来だったら俺に嫁がせる予定だった叔母上と恋愛結婚しちまった負い目もある。
だから叔父上は俺が苦手なんだよ。
話は脱線しちまったが、俺が勘当されたら叔父上は誰に遠慮する訳でもなく大手を振って前田の家督を継げるだろ?」
「だから勘当されたくて自ら『傾奇者』のフリを・・・」
「いや、それは違う。
俺は生粋の傾奇者だ。
・・・しかし勘当された後に仕える予定の主君を探したいのは本当だ。
そのために武将、大名が集まる伊賀に来たんだよ」
「ふーん?
誰に仕えるか決まった?」
「『仕えたい』という大名ならいたかな?
でもこればっかりは相手の気持ちもある。
こちらが惚れ込んでも相手に手厳しく振られる事もある。
男女の関係と同じだな」
「そうか。
いくら利益さんがまつ様に惚れてても、利家に寝取られたのと同じだね」
「俺は最初から叔母上に惚れてなんかいない!
取られてもいない!
気が付いたら叔父上と叔母上は付き合っていたのだ!」
「そうか。
まつ様が11歳で出産したって事は、10歳の時には既に利家に孕まされていたって事だもんなぁ。
・・・ちょっと待てよ?
恋愛結婚って事はもっと前から利家とまつ様は付き合ってたって事だよな!?
まつ様が8~9歳の頃には・・・事案発生じゃんか!」青くなって叫ぶ僕を利益は不思議そうに見ていた。
叫んだせいか、喉が渇いた。
僕はお茶を点てる事にした。
「おいおい、勝手に屋敷の茶道具を使って良いのか?」と利益が言う。
傾奇者が常識語ってるんじゃねえ。
僕は喉が渇いたんだ。
僕は自分の分のお茶だけを点てるつもりだった。
なのにいつの間にか、僕の点てたお茶を待ってるヤツらがいる。
つーか、織田信長と松永久秀と松永久通以外の全員が僕の点てたお茶を待っている。
「コイツら茶を飲むつもりみたいだ、ちゃっかりしてるな!」と僕。
「勝手に茶を入れようとした人に『ちゃっかりしてる』とは誰も言われたくないだろ」と利益。
待ってる中に知らんヤツがいる。
「誰?あの人」と僕。
僕が聞いたのは利益なのに、近くにいた楯岡道順が横から口を挟んで答える。
「あの方は我が主『藤林長門守』だ」と。




