麗人
「だってあれだけスマートなのに喉仏・・・」と僕。
「良いから少し静かにしようか!?」光秀が僕の両肩を掴んで言う。
「あの人、女性だよ」と僕は超小声で言う。
「『静かにしろ』って言うのは『小声で喋れ』って意味じゃない!
『黙れ!』という意味だ!」僕の耳元で光秀が囁く。
光秀は僕との会話を余程聞かれたくなかったのだろう。
端から見ると僕の耳元で囁く光秀は僕の耳を舐めているようだったらしい。
そんな、ともするとエロティックに見える光景を周囲の連中は『自分達は何を見せられているんだろうか?』という顔で眺めていた。
「光秀殿、弁えよ!
義昭公の御前であるぞ!」と上杉謙信が叫ぶ。
「長尾殿・・・」と光秀。
「誰やねん」と僕。
「この方は上杉家の養子になられて、今は『上杉』を名乗っておられるが元は『長尾景虎』という名で知られていたのだ」
「だったら『上杉景虎』じゃない?
何で『上杉謙信』なのさ?」
「『謙信』は法号だ。
言ってみれば僧侶としての名前だ。
よく思い出せないが、『景虎』という名前の後にもいくつか名前を名乗っているはずだ」
「出た!戦国時代の特徴『名前を気ままに替える』!
どうにかならないのかね?
ややこしくて仕方ない。
でもそうか、『謙信』て呼ぶのは『おい、クソ坊主』って呼ぶようなものなんだね?」
「口が悪い!」
僕と光秀が囁き合っている光景を信長が不機嫌そうに僕の手を引っ張って連れて行く。
信長って女性に対してこんな強引な事をする人間だったっけ?
そもそも何でこんな不機嫌なんだろうか?
「養観院、どうしたのだ?」と信長。
どうしたか聞きたいのはこっちだよ。
何でそんなに不機嫌そうなのさ?
しかし信長はそんな逆質問を受け付けない雰囲気だ。
ピリピリしててちょっと怖い。
信長、そういうところだぞ?
お前、時々怖いんだよ。
「養観院殿にはまだ話す事が・・・」と光秀。
「キンカ頭は『義昭公の腹心』だ、という話だったが。
主君を放っておいて良いのか?」と信長がギロリと光秀を睨む。
「全くもって、その通りだ!」謙信が信長の言う事に同調する。
憐れ、光秀。
光秀は養観院に『余計な事を言わせない』ために近くにいたいだけなのだ。
光秀にとって養観院は『ネズミ花火』のように、『どんな動きをするのか?』『いつ破裂するのか?』全くわからない不確定要素なのだ。
なのに織田信長と上杉謙信という後の大武将がこちらに否定的な態度を示している。
しかも光秀の知っている歴史通りなら、その二人は義昭にとっては強力な後ろ楯になる二人だ。
二人を敵に回して光秀に未来はない。
光秀は養観院を放置して義昭の隣に座った。
「光秀、どうしたのですか?」と義昭。
どうもこうもない。
緊急事態だ。
でもこんな人が多いところで言う事じゃない。
「いえ、まぁ・・・」光秀は言葉を濁すしかなかった。
対して僕は『へー、足利将軍候補って女性もいたんだ。そう言えば何人か女性の天皇だっていたんだよな』と見当違いに納得していた。
『黙れ』と言われたのを僕は『大事な話をしているんだから、この場では黙れ』という意味に受け取った。
まさか『女性という事を人に言うな』という意味だとは。
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~織田信長視点~
いかん、ついイライラしてしまった。
しかし義昭を担ぐのは悪い話ではない。
期せずして義昭の陣営に加われば、上杉謙信と同じ陣営になる。
今、武田と織田の関係は悪くない。
だが、いつ状況が変わるかなどはわからない。
織田が力を伸ばせば、武田は織田を放置しておけないだろう。
しかし、武田と睨み合っている上杉がこちらの陣営に加われば?
『対武田』は『松平』に一任している。
そうなれば東はほぼ磐石だ。
斎藤龍興も弱体化している。
伊勢も最早、織田の敵ではない。
・・・となれば畿内に集中出来る。
一つ懸念があるとすれば『朝倉』だ。
しかし浅井長政がこちらに味方してくれているうちは大丈夫だろう。
信長は一つ重大な戦局の読み間違いをしている。
『朝倉』の織田に対する反感を軽く見ていた事だ。
しかも『朝倉』と別の将軍候補を担いだ事で、養観院のいた時代の歴史よりも光秀のいた時代の歴史よりも『朝倉』の織田に対する反感は強い。
その反感を浅井長政が止めるのは最早限界に近かった。
しかしその苦労を、浅井長政は穏やかな笑顔を見せるだけで外には出さなかった。
こうして信長は『足利義昭』陣営に加わる事に決めた。
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何だよ、訳わかんない。
僕は不貞腐れていた。
僕が『男装の麗人』に興味を示して、近付こうとすると信長が僕の首根っこを掴んで連れ戻す。
止めい!
僕は子猫か!
上杉謙信は会談の前に『義昭陣営』に加わる事に決めていたようだ。
信長は謙信の態度を見て『義昭陣営』に加わる事に決めた。
松永親子も明智光秀も『義昭陣営』にいる以外に選択肢はないようだ。
こうして『義昭陣営』の陣容は決まった。




