会議
養観院と光秀が席を外している間に、会談には新たな武将が遅れて到着していた。
浅井長政と上杉謙信だ。
二人は見た目では両極端だった。
浅井長政が細身で一見『ヤサ男』なのに対して、上杉謙信はガッチリとした武人風だった。
「義兄上様に味方するのに理由が必要ですか?」と浅井長政。
相変わらず物腰の柔らかい男だ。
「しかし朝倉義景殿と違う陣営になって大丈夫なのですか?」と森可成。
浅井長政は眉毛を八の字に下げ、困った顔を作る。
「まぁ、その話は今は止めておきましょうよ」と長政。
『義昭に味方する』と立場を決めた後、朝倉義景から散々圧力をかけられたのだろう。
浅井長政は口にしないが、板挟みの苦しさを味わっているようだ。
ここにいる大名で最も厳しい環境にいるのは浅井長政かも知れない。
「俺は幕臣だ。
これからも幕府再興のために尽くす。
それだけだ」と上杉謙信。
どうやら上杉謙信には野心も下心もないらしい。
『正しい事は正しい。間違っている事は間違っている。
上杉は正しい事を行う者の味方だ』というのが上杉謙信の行動原理のようだ。
ここにいる大名、武将にも『本音と建前』がある。
損得勘定はありつつも、『幕府再興のため』なんて誰もか口にしている。
謙信が他の者と違うのは『本音で"それ"を思っている』という事だ。
前田利益は謙信の"損得勘定抜き"の態度に好感を抱き『面白い』と思った。
「謙信公が『幕府再興』を考えている事はわかった。
その考えは我々も同じだ。
しかし何故『義昭様』なのか?」と松永久秀。
簡単に言ったら『お前の下心はなんやねん?何で義昭の味方をするんや?』と。
「何故とは?」
「言葉足らずで申し訳ない。
『義秋』公も『義栄』公もいらっしゃるのに何故『義昭』公を担ぐ気になられたのだ?」
「それを義昭様の前で言うのか?
臣下の分際で主の"品定め"のような事を口にするのは如何なものか?」と謙信。
「そ、それは確かに・・・」久秀は言う事に困った。
しかし、謙信の『真意』はここで明らかにしておきたい。
その想いはここにいる者全ての感情だった。
「構いません。
『何故、謙信公が我が陣営に加わろうと思ったのか?』
それは私にも興味があります」
初めて足利義昭が口を開いた。
いきなり口を開いた『足利義昭』に驚いたのは松永久秀だ。
今まで久秀が『足利義昭』に何かを問うても、それに答えていたのは明智光秀だった。
とにかく光秀は『足利義昭』に話させなかった。
しかし『明智光秀』はここにはいない。
信長の連れてきた女と隣の部屋に行った。
松永親子は『将軍殺し』の濡れ衣を着せられて、『明智光秀』に拾ってもらった、というのが実情だ。
現状で『明智光秀』の意向に逆らうのは得策ではない、と考えている。
だから久秀は『明智光秀』がいない間に『足利義昭』に話を振るつもりはなかった。
まさか『足利義昭』が自分で口を開くとは。
初めて聞く義昭の声は透き通るような美しい、涼やかな声だった。
「義昭様がおっしゃるなら・・・。
まず義栄様は有り得ない。
義輝様もそうだった。
義輝様は三好家の支配から脱するためにもがいておられた。
結果『三好長慶』殿と何度も争いと和解を繰り返しておられた。
結局長慶殿が病死された後、『松永久通』殿に討たれた、という話だ」
「お、俺は義輝様を討ってはおらぬ。
俺は嵌められたのだ!」と松永久通が慌てながら口を挟む。
「わかっている。
何故兄君を討ち取ったという松永久通殿と『足利義昭』様が行動を共にされているのか、と考えると噂は不自然だ」と謙信。
「私は兄上が討ち取られた時に、兄上と共に二条城にいました。
兄上が討たれた時に、久通殿は二条城にいませんでした。
彼が兄上を殺した下手人という可能性はありません」と義昭。
「わかっています。
それに亡くなった兄上の後を継がせるのであれば義晴様の縁者ではなく、義維殿の縁者の義栄殿を後押しするのは理屈が通らない。
兄上殺しは三好義継殿もしくは『三好三人衆』と考えるのが自然でしょう。
長慶殿と何度もいがみ合っていた兄上が義継殿の思う通りに動く訳がない。
三好は思う通り動かない兄上に業を煮やして凶行に及んだ、と考えます」と義昭。
(単なる操り人形じゃないんだ・・・キチンと意見を持っているのか)と久秀は思った。
だとすると義昭を担ぐのは面倒臭い。
義輝は傀儡になる事を『善し』とせず、幕府による治世を行おうとして疎まれて殺された。
このままじゃ義昭も遠くない将来、討たれるなり追放されるなりするんじゃないか?
「義秋様の陣営に加わらないのも同様だ。
以前朝倉義景殿は三好長慶殿にすり寄っていた。
義輝様と長慶殿が対立した時に、朝倉殿は長慶殿寄りの立場を取った。
朝倉殿が『足利将軍家』に下心なく尽くすなんて事は有り得ない。
消去法で考えても上杉が味方すべきは義昭様しか有り得ない」と謙信。
場がシーンと静まった。
そこに光秀と養観院が隣の部屋から戻ってきた。
ペラペラと喋る足利義昭を見て光秀は何故か焦ったようだ。
僕は光秀が何にそんな焦っているのかわからない。
僕は喋っている足利義昭を見る。
「アレ?あの人、女の人じゃモゴモゴ・・・!」
僕は喋りかけると、光秀に口を塞がれる。
周りの人からすると、僕と光秀はイチャイチャしているようにしか見えなかったらしい。
光秀が僕を指名して伊賀に呼びつけたのは「あぁ、そういう事ね。アイツらいつの間に?」と思われていた。
実際は「後でちゃんと話すから、少し黙ろうか?」と血走った目で僕は凄まれていたのだが。