狙撃手
「初めて会う人を『斜めから見下ろす』よね?
なんで?
威圧してるの?
メンチ切ってるの?」
かつて僕は重秀に聞いた事がある。
「これはクセなんだよ。
銃の狙いっていうのは片目でつけるモノなんだよ。
だから『コイツには気をつけよう』と思った相手には自然と銃の照準を合わせる姿勢になっちまう」と重秀は言っていた。
なるほど、狙撃手の職業病みたいなモノか。
「楯岡道順と申します。
皆様を我が主『藤林長門守』のところに案内いたします」
「我らは『明智光秀』の手引きで『足利義昭』公の所へ来たのだが・・・」と利家が言う。
こういった場合、真っ先に信長は前に出ないらしい。
「もちろん、『足利義昭』公も、『明智光秀』公も、『松永久秀』公も一緒です。
その方々を伊賀の里へ連れて来たのが我が主『藤林長門守』なのです」
「何故その『藤林某』が直接姿を見せない?」
「疑問ごもっともでございます。
しかし、伊賀の里とて一枚岩ではございません。
『武士を里に入れる事』を快く思っていない者も少なくありません。
主はここの皆様が里の抵抗を全く受けずにここまで来た事を驚いているほどでございます。
我が主や、明智様、義昭様をここまで来させる事を私は『危険』と判断しました。
迎えの者が私である事に不満もあるでしょうがご容赦下さい」と道順。
道順と僕の視線が一瞬合う。
道順が片足を引き、片目で僕を視界に入れる。
あれ?
これって相手を警戒してた時の重秀のクセと同じだぞ?
重秀は『狙撃手の職業病』と言っていた。
「取り敢えず信じて危険はないと思う。
だって狙撃手なのに鉄砲持ってないし」と僕。
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~楯岡道順視点~
な、何故この女は俺が『狙撃手だ』と見抜いた?
忍者の間でも俺は『得物は何か?』を見せていない。
俺の得意の得物が『火縄銃』である事は保豊様の他に知る者はいないはず!
やはりこの女は油断すべきではない。
しかし隙だらけに見える。
銃はなくとも簡単にくびり殺せそうだ。
そう俺が考えていると、大きな黒馬に乗った男が女と俺の視界の間に入って来た。
目の前に来た男が俺の耳元で囁く。
「いけねーな。
・・・その殺気はシャレになんねーぞ?」
底冷えするような低い声だ。
女が能天気な声で「どうしたの?利益さん?」と言う。
「いや、男同士の内緒話だよ」と『利益』と呼ばれた男。
「何かいやらしいね」と女。
「何でそうなる・・・」と利益。
ふと見ると女と同じ馬に乗っている大男もこちらを睨んでいる。
『お前がその気なら、こちらも黙ってないぞ』と。
何でこんな怪物のような男達が、この女を守護しているのか!?
とにかくこの女、ただ者ではない!
道順は養観院に対する警戒度を勝手にMAXにした。
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道順は信長一行を里の奥にある屋敷に案内した。
「『忍者屋敷』!?
壁がクルって裏返ったり、床の間の下に武器とか隠してあるの!?」と僕が興奮気味に言った。
道順が焦る。
(何故、この女は屋敷の仕掛けを知っているのだ!?
もしかしたら、この女は『伊賀の秘密』を全て知っているのか!?
そんなもの、俺ですら知らないのに・・・
待て、もしかしたら、この女は伊賀を影から操っているのか!?
そう考えると辻褄が合う。
『何故信長一行が誰にも手を出されなかったか?』
影の指導者が信長一行の中にいるのだから、手を出される訳がない!)
楯岡道順が勝手なミスリードをしている時、僕は屋敷の軒先に吊るしてある『干し柿』に目がいっていた。
「アレとコレ、交換してもらえない?」
僕は屋敷の厨房で働いていた女の子に勝手に声をかけて手持ちの袋からクッキーを取り出した。
「え?あの・・・。
私の立場で勝手に取り引きなんて出来ないんで・・・」と突然、屋敷に勝手に入って来た女におそらく丁稚奉公だろう女の子は狼狽えた。
「突然、屋敷に入るなんて!」と道順。
「え、ダメなの?
屋敷に案内されたのかと思った」と僕。
「案内するつもりでしたけれど、いきなり『我が家』のように好き勝手しすぎです!
いきなり厨房に入って行って、奉公人に声をかけるとか・・・」
遊びに来た友達がいきなり冷蔵庫開けるみたいなもんか?
『なんて子なの!?
我が家のように好き勝手振る舞いすぎよ!』って憤慨してた母親を思い出した。
厨房で騒いでいたら「何事だ?騒がしいな」とオッサンが現れた。
げっ、コイツは!
「松・・・松・・・松・・・松平健!」
「何で『松平』だ!
松永久秀だ!
いい加減覚えろ!」
目の前のオッサンが叫ぶ。
何でコイツがここにいるんだよ?
コイツ、嫌い!