閑話 木津川
~今を遡る事数日前木津川流域にて~
「あんたかい。
気配は感じてたんだよ。
でも『殺気』は感じなかった」
「儂にお前を殺す気はないからな。
久しいな、五右衛門。
ここまで来たら伊賀に寄れば良いものを。
全く師匠不孝極まれり、だな」
「そんな事思ってないクセに。
久しぶりだな。
『音羽の城戸』
こんな所で何をしているんだ?」
「いや、服部の羽虫が儂の縄張りでコソコソと動いていたんでな。
叩き潰していたら偶然、お主、五右衛門と出会ったのだ」
「あぁ、正成の手の忍が追っていたのは俺だ。
俺は『抜け忍』だからな」
「そうだったな。
儂も『忍の掟』により五右衛門を殺さなくてはならないんだった。
まぁそれは次に会った時、気が向いたら・・・という事で。
儂は『ついうっかり』正成配下の忍を数人、木津川の魚の餌にしてしまった」
「全くアンタは本当に惚けたオッサンだぜ」
五右衛門はケタケタと笑う。
「しかし五右衛門はこんな所で何をしていたのだ?」
「いや、来ようとしてここまで来た訳じゃない。
ここまで追われて来た、というのもある。
木津川が俺の目的地『京』に通じている、というのもある。
木津川を下れば京まで辿り着くからな」
「確かに木津川は淀川に繋がっている。
そのせいで『京』や『奈良』から木津川を遡って来た者達もいる。
今、木津川流域は騒がしい。
・・・そのお陰で儂は今回、五右衛門と再び出会えたのだがな」
「『木津川を遡って来た者達』っていうのは?」
「足利将軍家でお家騒動があってな?
十三代将軍『足利義輝』が殺されたのだ。
・・・で、十四代将軍の座を『足利義栄』が継いだのだが将軍争いに敗れた『足利義昭』と『足利義秋』の二人が木津川を遡って『伊賀』と『甲賀』へ逃げて来たのだ」
「その脱出劇にアンタは?」
「全く関わっておらん。
そもそも『足利義秋』の脱出には甲賀の里の忍が多少かかわっているようだが伊賀の里の忍は関わっていない。
『足利義昭』の脱出には正成が関わっている。
しかし、今、正成は伊賀周辺で大した勢力を持っていない。
持っていれば、五右衛門がここまで無事な訳がないだろう?」
「確かに・・・伊賀に近付いたら追っ手がもっと苛烈になるかと思っていたのだが、そんな事もなかった。
正成が動いていないなら一体誰が?」
「『藤林長門守』だ。
正成に依頼されて動いたのだ」
「『藤林』が『服部』の言う事を聞いたのか?」
「それには五右衛門も絡んでいるのだぞ。
『御三家』は知っているよな」
「『百地』『藤林』『服部』だろ?」
「『百地』は武士の下につくつもりはない。
忍の任務として武士と絡む事を嫌っている訳じゃない。
ただ『百地』は特定の武士の道具として使い捨てにされる事を"是"としない。
『服部』は五右衛門も知っての通りだ。
『服部』の動きが伊賀の里の総意になりつつある。
だから五右衛門は里を抜けたんだよな?
・・・その話はともかく『忍は武士の下につく』その話自体には『藤林』も納得したのだ。
しかし『藤林が服部の下につく』その流れに『藤林長門守』は納得が出来なかった。
そして藤林は服部とは違う『大名』を主に選んだのだ」
「その大名とは?」
「五右衛門が罠にはめて捕らえた、という『今川義元』だ」
「あれは捕らえたんじゃない。
勝手に俺が張った『乗馬用の罠』に『今川義元』が突っ込んできたんだ」
「過程はどうでも良い。
ただ『どの大名に仕えるか?』と立ち回る忍が多いのは確かだ。
松平と服部
武田と真田
北条と風魔
藤林は今川の下に付こうと思ったのだろう。
『服部より大きな大名家に仕えよう』と。
しかし五右衛門が義元を捕らえてしまって計画が大きく狂った」
「俺のせいか!?
義元には確か『氏真』とか言う息子がいたはずだろうが!
『藤林』も『氏真』に仕えれば良いじゃないか!」
「藤林の考えは『服部』より『未来がある大名家に仕えたい』だ。
五右衛門、『今川氏真』に仕える事に未来を感じるか?」
「・・・・・。
それはない」
「だから『藤林』は『今川』を見限って、新しい主を探そうとしているのさ」
「『藤林』は『足利義昭』に取り入ろうとしている、と?」
「いや『足利義昭』は言ってみれば『根なし草』だ。
伊賀に逃げのびては来たが、ヤツに全てを賭けるのはいくらなんでも危うすぎる。
賭けるのであれば『上杉謙信』『織田信長』のどちらかだろう。
しかし『織田信長』が濃厚だろうな。
何故なら、東海には『武田』『北条』『松平』と忍に力を入れている大名家が数多くいる。
それに『織田』の家臣には忍の育成に力を入れている『森家』がいる。
信長に『忍の重要性』を進言する可能性が高い。
それに今、織田信長一行が伊賀へ向かっている、という情報を得ている。
この機会に『藤林』は『織田』に取り入ろうとするだろう」
「それは俺には関係ない。
師匠にも関係ないだろう?
師匠は筋金入りの『武士嫌い』だ」
「その通り。
だが、信長が伊賀の里で我が物顔なら関係ないとも言っていられない。
儂は『伊賀の里』を守るための行動を起こすかも知れん」
「それは師匠の好きに・・・。
いや、一つだけ頼みがある。
まさかとは思うが、万が一にでも信長一行に『養観院』という女がいた場合、その女だけは傷付けないでくれ、弟子として最後の頼みだ」
「わかった。
『養観院』という女がいた場合、儂は信長一行に手を出さない」
「恩に着る」
こうして『織田』と『百地丹波』の衝突は先送りにされる。
森可成の息子の『森長可』は忍者の育成に力を入れて『真田忍者』を重宝した事で知られている。




