鎧
慶次は前田の歴史にほぼ出て来ない。
付き従った野崎知通は「世にかくれなき猛将なり」と慶次を評している。
『猛将』であったかは身内贔屓もあるかも知れないのでわからないが、武の最低限の素養はあったのだろう。
大柄という印象があるがそれは小説、漫画の影響のようだ。
かといって小柄という訳でもない。
何故わかるか?
一般公開はされていないが、前田慶次の鎧はかなり状態が良く残っているからだ。
鎧から身体のサイズは推測出来る。
鎧が一つであれば『その鎧だけサイズが違う』とか『誰かの鎧と間違えられている』という可能性もある。
しかし、石川県金沢市出身の小説家『泉鏡花』には収集癖があったようで、彼が持っていたコレクションの中にも『前田慶次の鎧』があったのだ。
なぜ慶次は歴史の表舞台に出て来ないのか?
『慶次は無茶苦茶な男で『一族の恥』と評されていたのではないか?
意図的に前田家の歴史から消されたのではないか?』などと言われている。
だが、その名前は意外なところで出てくる。
『米沢史談』だ。
前田慶次が上杉景勝に仕えていたからだ。
酒宴に忍び込み、猿の面をつけた慶次は大名の膝に次々に腰掛ける。
酒宴の座興だと思った大名達は怒るに怒れない。
とにかく『前田慶次』という男は無茶苦茶な男だったらしい。
「『面白い事』は『己の命』よりも優先される」と素で思っていた節がある。
『負け戦は何より面白い』と敗色濃厚な上杉景勝の配下になる事にもその傾向は出ている。
そして慶次は文人としての評価も高い。
『似生』と名乗り、歌人としても有名だ。
「・・・で、利益殿はどういった用でここにいるのだ?」と森可成
「『連歌の達人』である明智光秀公の所へ行くのだよな?
俺も多少の連歌の嗜みがある。
連れて行ってくれまいか?」と利益。
「遊びに行く訳ではないぞ。
足利義昭公に会いに行くのが今回の目的だ」と利家。
「良いではないか。
利益を連れて行こう。
しかし、一行の邪魔をするなら容赦なく切斬り捨てるぞ?」と信長。
「おぉ、恐ろしい!」利益はわざとらしく震えあがってみせた。
信長の前でおどけてみせる、というだけで利益の度胸は大したものだ。
この時、利家は前田家の家督を継いでいない。
この時の家督は長男の利久、つまり利益の養父にある。
利久は病弱で、養子はいたが男児には恵まれていなかった。
結局、利家が家督を継ぐのは病弱な利久が『武者道御無沙汰』を理由に信長から隠居を言い渡された時だ。
この時はまだ、利益は『家督を継いだ長男の子供』だ。
舟入には数多くの舟が停泊している。
これらの舟のほとんどが信長一行を乗せる舟なのだろう。
当然舟を手配した荒子の武士達は信長がどこへ行くかは知っている。
その武士の一人である利益も『信長一行がどこへ行くか?』の情報は入っている。
「伊賀へ明智光秀に会いに行くなら、俺も行こう」そう思ったのだ。
僕はこの時代に来て初めて『明智光秀』と言う名前を聞いた。
『彦太郎』『キンカ頭』という呼び方をする者はいた。
だが僕の前で『明智光秀』と呼ぶ人はいなかったのだ。
僕の明智光秀に関する認識は『三日天下の人』程度の武将だった。
そもそも『キンカ頭=明智光秀』という具合には結びついていなかったが。
「ふーん、伊賀には『明智光秀』がいるんだ」と何となく思っただけだ。
何かしら引っ掛かる感覚はあった。
これでも勘は鋭いほうだ。
良くない予感があった。
だがその予感はその晩寝たら薄れてしまった。
そして強烈な船酔いで完全に消えてしまった。
「オロロロロロ・・・」僕は完全にグロッキーだ。
「いまだかつてこんなに舟に弱い人間は見た事がない・・・」利益は半分呆れて、半分感心して僕を見ながら言った。
今回こそは伊勢の国の港に入れた。
しかし今回入港したのは鳥羽じゃなくて津だ。
「伊賀に行くには津が一番近い港だから」との事だ。
でもどの港とかはあんまり関係ないはずだ。
五右衛門が言うには『九鬼は伊勢湾全体を荒らし回っている海賊』という話だ。
でも前回とは違い、海賊に対抗するだけの軍勢は引き連れているんだから大丈夫か。
そもそも海賊が襲って来ない。
滝川一益が言うには「九鬼水軍はもう海賊じゃない」との事だ。
「何でそんなことがわかるの?」と僕。
「九鬼を『信長様の配下になるように』説得したのは俺だからだ」と滝川一益。
何でも桶狭間の戦いで今川義元を破った織田信長を九鬼のリーダーの『九鬼嘉隆』は尊敬したそうだ。
『織田信長様カッコ良いなー!
憧れちゃうなー!(養観院の想像の中の九鬼嘉隆)』
『俺、信長様知ってるんだよ。
紹介してやろうか?(養観院の想像の中の滝川一益)』
『えー!?
マジー!?
じゃあ海賊やめちゃう!
信長様の味方になっちゃう!(養観院の想像の中の九鬼嘉隆)』
「なんだ、ただのミーハーだな」と僕。
「『みーはー』?
何を言っているのだ?」と滝川一益。
「とにかく一益さんがもう少し早く、九鬼の親分を説得してたら僕は命からがら逃げて熱海まで行かなくて良かったんだ。
大変だったんだよ?
鳥羽の港に入れないで漂流して・・・」
「そりゃ申し訳なかった・・・のかな?」一益は『何で自分が責められなきゃいけないのか?』イマイチ釈然としていないようだ。
「まぁ、済んだ事をウジウジ言っても始まらない。
終わった事は水に流すよ。
・・・カンチョー一発で」
僕は油断して足を開いている一益の後ろからおもいっきりカンチョーした。
一益はしばらく尻を押さえて震えて倒れていた。
 




