ツマキ
ついに信長は犬山から織田信清を追い出し尾張統一を果たす。
しかし犬山にあった城は激しい闘いの末、半壊してしまった。
犬山は対美濃、対斎藤の前線基地だ。
再建しない訳にはいかない。
信長と小六と藤吉郎が『あーでもない、こーでもない』と犬山城の再建案について話し合っている。
僕はその横で暇だから落書きをしている。
早く僕を清洲に帰しやがれ!
小牧山城にいても僕は猫ほども役に立たないぞ。
話し合いはまとまらなかったようだ。
「養観院、茶を入れてくれ」と言いながら信長が落書きをしている僕を見る。
「・・・何だこれは?」
見るんじゃねーよ、絵心ないのは自覚してるんだよ。
「何って・・・城だよ」
「城って・・・養観院殿が考える城とは三階建てなのか!?」と小六。
「見た目はね。
城壁のところにも地下空間があるし、実際は三階どころじゃないよ。
城ってのはこうじゃなきゃね。
一番上には下々を見下ろす『天守閣』がついてないとね!
城なんて威圧感があってナンボだよ!」
僕は良い気になって小さな子供のように落書きの説明をする。
「小六、出来るか?」と信長。
「はい、作って見せます!」と小六。
かくして犬山城は日本初の天守閣を備えた城として再生する。
尾張を統一した事で、ようやく小牧山城に集められていた勢力が解散する。
おかげでようやく僕も清洲に帰れた。
久々に見たねねちゃんは少し大人になっていた。
「ようかんちゃんも、ねねちゃんぐらいの歳になれば、みるみる大人になるからね」とまつ様。
つまりねねちゃんは今成長期なのか。
僕はまだ成長期を迎えていない、と思われているようだ。
菓子工房には僕、ねねちゃん、まつ様、帰蝶様がいる。
それは以前と変わらない。
知らないうちにもう一人増えていた。
超人見知りの僕はまつ様の後ろに隠れて様子を伺う。
「怖がらなくても大丈夫よ。
彼女は『ツマキ』ちゃん。
斎藤道三、私の父親に仕えてたんだけどね。
義龍が後を継いでから、父親の近くにいた者達は皆冷遇されてたのよ。
信長様が『だったら俺のところで働いたらどうか?』と引き抜いたのよ」と帰蝶様。
「よろしくね!」とツマキ。
「彼女は信長様のお気に入りだよ?
『おツマキ』って呼ばれて可愛がられてる」とねねちゃん。
「よ、よろしく・・・」僕はようやくツマキに挨拶した。
この『ツマキ』という女性が明智光秀の妻『妻木煕子』の親戚で、天涯孤独になり明智光秀の義理の妹として織田信長に仕える事になると僕が知るのはもう少し後だ。
久しぶりに清洲に戻って来た信長は僕に「一緒に伊賀へ行こう」と言ってきた。
何でまた伊賀?
「だが断る!」
「何で嫌なんだ?」と信長。
「何で僕が伊賀に行きたがると思ったのさ?
そんなもん、行きたがるわけないじゃん。
面倒臭い」
五右衛門がいるなら行きたいと思ったかも知れないけど『伊賀は抜け忍の五右衛門が絶対に寄り付けない場所』って話だった。
だったら最も用事がない場所だよ。
「何で僕が伊賀に行かなきゃいけないのさ?」
「知らん。
『一人信頼の出来る女性を連れて来て欲しい』と言ったのはキンカ頭だ」と信長。
信長が僕の事を『信用出来る』と思っているという事は悪い気がしない。
「でも『ねねちゃん』や『まつ様』だって良いんじゃない?」と僕。
「人様の嫁さんを連れて行く、という訳にはいかんだろ?」
連れて行くのに『未婚』という条件があったらしい。
そうなるとかなり絞られてくる。
『未婚』で『信長のお気に入り』という事になるとツマキと僕しかいないらしい。
「『おツマキ』を連れて行こうかと思ったんだよ。
『おツマキ』はキンカ頭の妹だし」
そうなの?
そんな話は初めて聞いた。
「だったらどうしてツマキさんを連れて行かないの?」と僕。
「『おツマキ』は義龍や龍興に冷遇されていて、体調を崩していたのだ。
それに元々そこまで身体が強くないらしい。
長旅には耐えられない」
つまり消去法で『養観院を連れて行くしかない』という結論に達したようだ。
えー・・・面倒臭い。
行きたくないなぁ。
大体三重にはあんまり良い思い出がないんだよ。
伊勢の港に入ろうとした瞬間に海賊に襲われたからね。
それにあっちの方は色んな勢力が競いあってて、あんまり安定してないんじゃないの?
僕が九鬼の海賊に襲われた時から時代は動いているようで、今や土豪との争いで優位を得たい九鬼は織田信長にすり寄ってきているらしい。
それに北伊勢方面じゃ滝川一益がかなり勢力を伸ばしているらしい。
アイツ「権力なんて興味ありませんよー」って顔をしておきながら、やるもんだ。
しかし何で『女』が必要なんだろうか?
この時僕はまだ『足利義昭は実は女だ』なんて事は知らないし、身の回りの世話をするために女が必要とされている事など知る由もなかった。