義昭と義秋
足利義輝の最後には諸説ある。
『二条城を取り囲まれて自刃した』という説もある。
『剣の腕が優れていて大立ち回りで誰も寄せ付けず、取り囲まれて襖を被せられて滅多刺しにされた』という説もあるがその説は非常に怪しい。
何故ならそれが書かれているのが『足利季世記』だからだ。
足利季世記の記述は怪しいと言わざるを得ない。
何故なら引用とフィクションで成り立っている部分が散見されるからだ。
例えば足利義満に関する記述だが『応仁後記』とほぼ同内容なのだ。
コピーと言っても良い。
独自の部分も物語の可能性が高い。
だが義輝が足利後期の将軍としては戦場、実戦を多く経験したのだけは間違いがなさそうだ。
「どういう事だ?」
「・・・・・」
「『医術者を全うしたい』と言ったから、光秀の任を解いたのだぞ?」
「そのつもりでございます」
「知らばっくれるな!
貴様、妹の下に通っているらしいな?
何を企んでいる!?」
「何も企んではおりません。
妹君が『体調不良』を訴えておりまして。
予定されておりました三好義継公への輿入れも延期になるくらいでございますので・・・」
「その事もそうだ。
何故、光秀が一存で妹の輿入れを中止する?」
「妹君は輿入れなど出来る状態ではございません。
もし輿入れを強行したら『病気の者を送り込んで来た』と三好家と余計に険悪になるでしょう。
そう考えた上での『輿入れ延期』でございます」
「・・・何故妹と面会出来ない?」
「妹君は『疱瘡』を患っております。
義輝様に伝染してしまったら一大事でございます。
『疱瘡』が治り次第、妹君には会えるでしょう。
今しばらくの我慢でございます」
義輝は彦太郎を怪しんでいる。
しかしその嫌疑は間違っていない。
義輝の妹を三好義継に輿入れさせる事で、義輝の寿命が数年伸びるだろう。
しかし所詮は数年だ。
義輝が独自で『室町幕府の復権』を望んでいる限り、いずれ義輝は三好の手の者に斬られる。
義輝は強力な後ろ楯が必要なのに、その『強力な後ろ楯』のはずの三好氏を拒絶したのだ。
その時代の流れを読まない義輝を俺は見限った。
俺は時代を読む力のない『足利義輝』ではなく『足利義昭』に仕えるのだ。
しかし『足利義昭』の後ろ楯には誰が良いだろうか?
やはり『細川藤孝』殿が良いだろう。
藤孝殿は歌人としての俺の才覚を買ってくれている。
藤孝殿であれば俺が橋渡しになれそうだ。
『細川氏』と良い関係を作っておくのは悪くない事だ。
今現在『細川氏』は俺の顔が利く最大の相手だ。
彦太郎の頭の中に織田信長が思い浮かぶ。
織田信長・・・彦太郎がいた未来で後の天下人。
後に忽然と表舞台から姿を眩ます男。
いや、信長とは縁がまだまだ薄すぎる。
それに行方不明になった謎もまだまだ見極めなくては。
信長に人生を捧げて良い段階ではない。
信長はまだ東海地区すらも統一出来ていない戦国武将だ。
取り敢えず将来、娘の誰かを細川家に嫁がせて細川家との関係を強化しよう。
彦太郎の想い描いたビジョンは概ね現実になる。
この時、産まれたばかりの三女『明智珠』は細川家に嫁ぎ『細川ガラシャ』と名乗る事になる。
『明智光秀には側室がいなかった』とする説があるが、それはハッキリとはわからない。
しかし『正室"妻木"との間にも中々男児が産まれなかった』という話は本当なのだろう。
『足利義輝討たれる』
それは彦太郎が予想していたより遥かに早いタイミングだった。
それもそのはず、彦太郎のいた未来で足利義輝が討たれたのは1565年だ。
彦太郎が転移してきた戦国時代で足利義輝が討たれたのは1563年なのだ。
しかも義輝を殺したのは松永久秀の子で『松永久通』のはずだ。
だが義輝を殺したのは岩成友通という話だ。
いや『誰が義輝を討ったか?』などは些細な話だ。
それより重大な話がある。
彦太郎が『足利義昭』を掲げて次代将軍を宣言すると同時に、細川藤孝が仏門に入っていた『一乗院覚慶』改め『足利義秋』を掲げて次代将軍を宣言したのだ。
「どうすんだ、これ?」彦太郎は途方に暮れたが、細川藤孝もきっと途方に暮れていただろう。
彦太郎に『でしゃばりやがって!』なんて、藤孝を恨む気持ちは少しもない。
仏門に入っていたもう一人の義輝の弟『周暠』は名乗るタイミングが遅く、速効で暗殺されたのだ。
覚慶も名乗り出るタイミングが遅ければきっと暗殺されていただろう。
「何でこんな事になっちゃったの?」
光秀は頭を抱えた。
彦太郎は『足利義昭』の後ろ楯には細川藤孝になってもらうつもりだった。
だが、既に細川藤孝は『足利義秋』の後ろ楯になってしまっている。
『足利義秋』のサイドには朝倉義景もいるようだ。
『足利義輝』を殺した三好家に頼る訳にはいかない。
まさに『足利義昭』は孤立無援だ。
こうなればヤケクソだ。
ダメ元であの男に後ろ楯を頼もう。
彦太郎は急いで書状を書く。
『織田信長様
この度、お願いしたい事があり筆を取りました』




