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栗蒸し羊羹

 色んなお菓子が作れるようになった。

 しかし小麦粉と牛乳が中々手に入らない。

 いや、小麦粉はあるところにはあるんだろう。

 うどんだって、天ぷらだってあるんだろうし。

 確か、徳川家康の好物は天ぷらだったんだよね。

 「やっぱり洋菓子はハードルが高いな・・・」

 

 そんな事を思っていると、ドカドカと荒っぽい足音が聞こえる。

 「お待ち下さい!」番頭さんの声が聞こえる。

 あの落ち着いてる番頭さんがあれだけ慌てている、というのはよっぽどの事だ。

 足音はこちらへ向かって来ている。

 足音の主は僕の前で止まった。

 足音からしたら大男を想像したが僕の前に現れた男は華奢だった。

 髭は生やしているが、髭はそれほど濃くなく口髭が少し生えている程度だ。

 男はドラキュラみたいな西洋風のマントをまとっている。

 男は僕に声をかける。

 「貴様が『ようかん』か?」

 無礼な男だな、誰が『ようかん』やねん。

 「そうですけど・・・」

 違うんだけどそう認識されているのは事実だ。

 「ふーん・・・」

 男が値踏みするように僕を頭のてっぺんからつま先までジロジロと見る

 「今日来たのは妹の話を聞いたからなのだ」と男。

 「妹?」

 「妹がここに来たのだろう?」

 この人は何を言ってるんだ?

 確かにここには人の出入りが多い。

 この無礼な変態マントマンの妹が誰だか見当がつかない。


 店の奥から田中(オヤジ)が慌てて出てくる。

 「お!宗易か。

 久しいな!」

 何だ、コイツ田中(オヤジ)の知り合いか。

 「ご無沙汰しております、信長様」と田中(オヤジ)

 「信長!?」

 僕は思わず間抜けな大声を上げた。

 「ようかん!

 信長様を呼び捨てとは不敬だぞ!

 申し訳ございません、信長様。

 この娘は記憶を失っており、世間の常識も忘れているのです」と田中(オヤジ)が俺を庇いながらも叱る。

 「良い。

 世間の常識に囚われないからこそ、妹が言うような独創的な菓子が産み出せるのだろう。

 しかも甘い菓子というのが良い。

 俺は酒は一切飲まんし、甘いモノが好きだからな」

 "信長は酒は一滴も飲まない"

 それは僕にとって衝撃だった。

 信長と言えば、討ち取った敵の髑髏(しゃれこうべ)で作った杯で南蛮渡来のワインを飲む・・・といった魔人的なイメージなのに。

 実際、宣教師ルイス・フロイスの日記には『織田信長は酒は飲まない』と書かれている。

 でもそんな事を僕は知っている訳がない。


 この時代の人は酒飲みでも甘い物好きが多い印象だった。

 いや、元いた時代でもブランデーを飲みながらチョコレートを食べる外国人もいる。

 意外と甘党の酒飲みは多いのかも知れない。

 だから信長が『酒を飲まない』事と『甘党である』事は関連性がないのかも知れない。


 「今日ここに来たのは他でもない」

 信長は大きな葉にくるまれた長細い物を僕の前に投げてよこす。

 何だ、これは?

 乾燥させた竹の葉っぱか?

 時代劇なんかで、お弁当を葉っぱでくるんでるのをよく見るよな。

 僕は葉っぱをめくって中を見てみる。

 こ、これは!

 夢にまで見た羊羹だ!

 栗と小豆の羊羹だ!

 「貴様が羊羹にこだわっている事と、小豆と砂糖を欲している事を"市"から聞いた。

 だから持ってきてやったぞ」と信長。

 「ありがとうございます!」田中(オヤジ)が頭を下げる。

 いやいや、田中(オヤジ)が頭を下げる事じゃないだろう?

 「コラ、ようかんも頭を下げないか!」

 田中(オヤジ)に促されて僕もペコリと頭を下げる。

 「良い。

 俺は堅苦しい態度をあまり好まん。

 それより宗易、茶を入れてくれ。

 この羊羹を茶請けにしてな」

 「畏まりました」


 田中(オヤジ)が茶をたてて僕が羊羹を切り分ける。

 信長用に出された茶器は今まで見たこともない物だった。

 信長が茶器を見ながら言う。

 「これは・・・見事な物だな!」

 「それは備前焼の一品でございます」

 「備前は落としても割れない丈夫さと裏腹に美術品としてはあまり好きではなかったのだが・・・こうやって見ると趣深いモノもあるのだな」

 「『質実剛健』『才色兼備』まさに信長様に相応しい茶器と申せましょう。

 よろしければそちらの茶器、お持ち帰り下さい」

 田中(オヤジ)にもらった茶器を持って信長はキャッキャとはしゃいでいる。

 信長の茶器狂いは有名な話だ。

 『平蜘蛛』とかいう茶器を手に入れるために信長は再三の裏切りを見逃した、とかいう話だし。

 アレ?見逃された武将、誰だっけ?

 思い出せないや。


 相変わらず田中(オヤジ)のたてる茶はうまい。

 田中(オヤジ)に習ってさんざん練習しているが、全く敵わない。

 僕も結構まともな茶がたてられるようになったんだけどなぁ、何が違うんだろうか?

 そんな事は今はどうでも良い。

 夢にまで見た羊羹を頬張ってみる。

 ・・・旨い。

 高級品である砂糖をふんだんに使っている。

 小豆の菓子も久しぶりに食べる。

 しかし、だ。

 これは羊羹に非ず!

 栗蒸し羊羹だ!

 蒸し羊羹・・・つまりこれは『ういろう』だ!

 僕の目指している『練り羊羹』とは別物だ!

 『ういろう』のもちもちねちねちした食感が嫌な訳じゃない。

 でも、一口食べたら羊羹に歯形が残るぐらい固いモノが食べたいんだ!

 「これは・・・美味しいものですな!」と田中(オヤジ)

 「そうであろう?」と信長。

 この空気で『コレジャナイ』とは言えない。

 やはり『練り羊羹』は自分で作るしかないらしい。


 「今夜は泊まっていかれるのですか?」と田中(オヤジ)が信長に聞く。

 「いや、今日中に京に入るつもりだ。

 今夜は京に入ったときにいつも泊まる、妙覚寺を宿にするつもりだ」と信長は答える。

 ん?『いつも妙覚寺に泊まる』だって?

 おかしいな?

 信長は京で本能寺に泊まった時に明智光秀に襲われて自害したんじゃなかったっけ?

 まぁいいや。


 信長が堺を発つ時に僕は田中(オヤジ)について見送りをした、というか田中(オヤジ)にさせられた。

 「おい、貴様。

 名前がないらしいな」と信長。

 今更かい、と思いながらも「はい『ようかん』と言うあだ名のようなモノはあるのですが、記憶がありませんので本当の名前は思い出せません」と答える。

 「で、あるか。

 ならば今後貴様は『養観院(ようかんいん)』と名乗れ」と信長。

 なんだよ、今までのあだ名に『いん』が付いただけじゃんか。

 「これ!

 信長様から名前を頂戴したのだぞ!

 お礼を言わんか!」田中(オヤジ)が僕を肘でつついてくる。

 「あ、ありがとうございます・・・」

 俺は促されるままに礼を言う。

 痛いなあ、世が世ならパワハラだしセクハラだぞ?

 「それではまたな」信長は馬に跨がり遠ざかって行く。

 『また』?

 もう二度と会う事もないだろう、と思ってたんだけど。

 信長との再会は意外と早く訪れるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ようかんさん視点では無礼な変態マントマンだけど読者が思い描く“若き頃の織田三郎信長”像に概ね合致するのベリーナイス♪ [気になる点]  名古屋名物“ういろう”が史実よりひと足早く生み出さ…
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