ピザ
ピザには大きな外れはない。
なぜなら『ドルチェピザ』というピザ生地の菓子が存在するからだ。
ピザ生地が間違いないなら『上に何をのせて焼くか?』を考えるだけなので外れようがないのだ。
ピザでの大失敗と言えば『味噌煮込みピザ』以外に大きな失敗はない。
『ピザの生地は味噌で煮込んではいけない。
というか、味噌で煮込んだピザ生地は最早ピザ生地ではない』という事を学べただけでも良かった。
犠牲になったのは義元の胃だけだ。
「不味い。
不味いのにふやけてて妙に腹が膨れる・・・。
腹持ちが良すぎる・・・。
兵糧として無茶苦茶優秀だ・・・」
と義元は言いながらも完食して倒れた。
「残すのはダメだ。
残すならもったいないから菓子も持って来ない」と僕が言ったのを覚えているようだ。
単調な幽閉生活の中で僕が持って来る菓子だけが義元の楽しみで、それがなくなるのが嫌なようだ。
変化といえば帰蝶様が菓子工房に遊びに来るようになった。
しかし綺麗過ぎる。
僕は人見知り全開で帰蝶様を菓子工房の部屋の中に招き入れる。
スーパーモデルを前にすると誰もがこんな態度になるんだろう。
今日は菓子工房に遊びに来たねねちゃんと帰蝶様がバッティングした。
「あ、『濃姫』様~!」
ねねちゃんは帰蝶様にボフっと抱きつく。
二人は知り合いのようだ。
「『濃姫』?」僕は頭をひねる。
「『美濃から来た姫』、略して『濃姫』って呼ばれる事もあるのよ。
そういった呼び名は多いでしょう?
信長公の姉君なんて犬山にいるから『犬山殿』なんて呼ばれているし」と帰蝶様。
『多いでしょ?』なんて言われても、知らんがな。
それより、自分の旦那に『公』ってつけてるのが凄く違和感。
ねねちゃんは井戸水で冷やした寒天ゼリーがお気に入りだ。
真夏ならともかく春に冷たい物を食べ過ぎたらお腹を壊しそうなものなのにこの時代の人ら本当にお腹強いよな。
帰蝶様は僕が点てた茶を優雅な仕草で飲む。
思わずうっとりと見とれてしまう。
見ていた僕の視線に帰蝶様が気付く。
「なあに?」こくびを傾げながら帰蝶様が言う。
「兄弟が信長様と争うというのはどんな気持ちですか?」思わず僕はデリカシーのない事を聞いてしまう。
「義龍と私は元々仲がそんなに良くはなかったし、父親の仇でもあるし・・・そこはあまり悩まなかったわ。
信長公の悩みの方が大きいでしょう。
姉君であられる『犬山殿』のいる犬山城と戦わねばならぬのです。
ただ、その悩みを信長公は一切見見せないから・・・」
「信長様が悩んでいる?」
「信長公は悩んでいる時ほど、その仕草を周りの人々には見せないのです。
今川に攻められても動かなかった時、本当は動けなかったのに暗い顔を一切見せられませんでした。
それを見て、何もわかっていない旧臣達は『動かなければ運すらも逃げていく』と呆れていたのです。
信長様が新しい家臣を重用するのは旧臣達の無能さを桶狭間で痛感したからでしょう」
帰蝶様の言葉には信長に対する深い愛情と理解、そして旧臣達に対する嫌悪に満ちていた。
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明智光秀の言葉通り斎藤義龍は突然死する。
斎藤氏の家督は弱冠十四歳の『斎藤龍興』が継ぐ。
・・・が、いきなり家督を継いだ若輩者が大名家を切り盛り出来るほど戦国の世の中は甘くはない。
「斎藤龍興様家臣団の離脱が止まらぬ」
「当然と言えば当然ですね。
斎藤家は道三様の圧倒的人徳に惹かれた者と、道三様の慧眼に見出だされた者によって成り立っていました。
道三様はご子息の義龍様に討たれました。
そして道三様に心酔していた森可成殿は織田家に下りました。
道三様が見出だした明智光秀殿は、道三様がご自身の危険を察知されて光秀殿を将軍家に移されました。
斎藤家に残った家臣などお若い龍興様を利用しようとしている蛆虫がほとんどです。
今考えると『美濃を織田信長公に譲りたい』という道三様の言葉に義龍様が激昂されたのが全ての始まりでした。
今の状況を見ると道三様の慧眼は本物でした。
道三様以外が『尾張の大うつけ』と言っていた織田信長が今川義元を倒し、美濃を飲み込もうとしています・・・」
「儂も織田家に乗り換えようと思う。
斎藤家はもうダメだ。
道三様への恩で斎藤家に仕えていたが、残った者を見ると流石に愛想が尽きた」
「堀秀重殿もですか。
・・・最早止める事は出来ないでしょう。
私は斎藤家の最後を見届けます」
「そうか、ではさらばだ。
・・・最後に一つだけ言わせてくれ。
道三様の慧眼が見出だした者は主に三人だ。
一人は『織田信長』
一人は『明智光秀』
そして最後の一人は『竹中重治』、お主だよ」
「もったいないお言葉。
では堀殿、御武運を・・・」
重治は斎藤家と命運を共にしようとしたが、酒に溺れた斎藤龍興は諌める重治を冷遇する。
信長にとっての唯一の強敵だった斎藤の『軍師竹中重治』は"敵としては"力を失うのだった。