タルト
柿羊羹の評判は上々だ。
しかしそんな事はどうでも良い。
オメーらガツガツ食ってるんじゃねぇ!
田中の分がなくなるだろうが!
オメーらは田中が点てた茶を味わって飲め!
いや、やっぱ飲むな!
オメーらが飲み食いすると茶を点ててる田中が忙しくなって菓子を食う暇が無くなるじゃんか!
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義龍と信長に『手打ち』をさせようとした将軍義輝の思惑はどうやら外れたようだ。
『手打ち』どころか余計に険悪になったようにすら見える。
二人を接触させたら、させる程関係が悪化するだろう事は誰の目にも明らかだ。
信長と義龍の間には人垣が出来ている。
それは参加者達が『これ以上二人を接触させるな!』と思っているからだろう。
おかげでこちら側からは義龍の様子は全く見えない。
幸運にも義龍と一緒にいた『三好長慶』『松永久秀』も視界に入らなかったし、向こうからも見えなかった。
人垣の向こうで茶釜『平蜘蛛』の品評会が行われている事を僕は知らない。
「なんか向こうが騒がしいね」と僕。
「何でも『茶釜の名品』の御披露目があったそうだ。
茶器には目がない信長様が『何故見に行ったらいかんのだ!』と不機嫌になっておられる。
人垣の向こうには義龍がいるから、と信長様は全力で止められているのだがな。
不機嫌になった信長様を宥めるのに茶菓子を食べさせているのだが・・・。
信長様は甘党で、甘い物を食べれば多少の不機嫌は治まるのだが・・・今回はそうもいかん。
甘味のヤケ食いをしておられる」と利家。
「ふーん・・・」ってちょっと待て!
信長が食ってるのって僕が持って来た『チーズタルト』じゃない!?
土台はビスケットを砕いている。
ビスケットも僕が焼き上げた物だ。
アレは僕が試行錯誤を繰り返した力作だ。
香り付けしようにもレモンもバニラビーンズも手に入らない。
出来上がったタルトは『何か一味足りない』モノになってしまう。
お市様は「凄く美味しい!」と言うけれど、実物を知ってる僕は『似て非なる物』と感じてしまう。
レモンがないなら酸っぱい果実、夏みかんを酸味に。
バニラビーンズがない代わりに生クリームを沢山練り込んで・・・食感は本来の『チーズタルト』とは全然違うが『これはこれで美味しい』というモノが出来るまで本当に苦労に苦労を重ねた。
その苦心作を信長がバクバク食べている。
「だ、誰かあの男を止めろ~!」
僕の叫びは逆効果、僕の持って来た菓子に注目を集める結果となった。
「これなど見た目も美しいですなぁ!」と長政が僕が持ってきた別の菓子に手を伸ばす。
それは『水饅頭』。
小豆があんまり手に入らなくて希少だから『あんこ玉』をかさ増しに寒天でくるんだら、信長にえらい好評だったから田中にも食べてもらおうと持って来たモノだ。
作る工程は単純な物だけど、中のあんこが透けて見えているだけに『寒天の真ん中にあんこ玉がバランス良くある』ようにするのが結構難しい。
おい!テメーら勝手に食ってんじゃねぇ!
しかしお市様の前で長政には文句は言えない。
僕が持って来た菓子が次々になくなる。
「これも旨いぞ!」
利家、テメー! いたいけな少女だけでなく菓子まで食うつもりか!
それは『小麦饅頭』
蒸しパンの生地の中にあんことカスタードクリームが入ってるんだよ。
・・・まぁ、それ自体は数もあるし少しぐらいなら食べても良いが。
『小麦饅頭』の中には田中だけのために作った『特別な饅頭』がある。
「この饅頭の生地、『チョコレート』味か?」
後ろから声が聞こえる。
血の気が引く。
それは、それだけは田中に食べさせたかったモノだ。
「・・・もう良い」
僕は茶会会場から出て行く。
「おい!ちょっと待てよ!」利家が慌てて僕についてくる。
この時、僕はショックのあまり『この時代にチョコレートを知っている人物がいる』という事実をスルーしてしまった。
走って出ていく僕の手首を追い縋る利家が掴む。
「待てってば。
『俺から離れるな』って言ったよな?
養観院が清洲に逃げて来る原因になったヤツらがここにはいるんだろ?」
「うるさい。
僕が田中のために持って来た菓子をバクバク食ったクセに・・・」
「悪かったよ。
そうとは知らなかったんだよ。
てっきりこの茶会のために用意した茶菓子だと思っちまってた」
「茶会の菓子をみて『もしや』とは思ったが・・・堺の『魚屋』で見た小娘がこんなところにいるとは・・・」
振り向くとそこには
「貴方は堺の町奉行だった松・・・松・・・松・・・『松たか子』様!」と僕。
「『松』しか合っておらん!
しかも『たか子』て!
どうみても男だろうが!
松永久秀だ!」