浅井長政
一度破談になったお市と浅井長政の縁談を浅井内部と密かに通じて復活させたのは『不破光治』という男だ。
とにかく不破という男は曲者だ。
斎藤の家臣でありながら織田寄りの立場を貫いている変わり者で、将軍家に近い立場を取りながら実は将軍義輝ではなく義昭を推している。
とにかくコイツは『暗躍しないと気が済まない』。
不破は今回の茶会開催の影の功労者でもある。
が、不破本人は手打ちが成立するなどとは全く考えていない。
不破が今回の茶会を成功させようとした思惑は・・・
①信長と室町将軍家を強く結び付けよう。
②長政とお市の縁談を進めて、斎藤義龍と浅井家の連合を断ち切ろう。
それだけだった。
信長は不破の事を『小者』と軽んじてはいたが「使える時には使ってやろう」と放置していた。
現に不破の暗躍のおかげで浅井は『織田対斎藤』を静観する構えのようだ。
信長は考える。
「義龍はいずれは排除せねばならぬ。
問題はその後だ。
長政を放置しておいて良いのだろうか?
朝倉は早かれ遅かれ敵になる。
長政は朝倉を裏切れるのだろうか?」
信長には松平元康と浅井長政が重なって見える。
幼少時人質として過ごした事も、強い大名が近隣にいて身動きが取れない事も。
元康がそうだったように『どうしたいか?』ではなく『家のためにどう動くべきか?』迫られる瞬間が必ず来る。
その時に長政は信用出来るのか?
元康が今川を見限った時のように、長政も織田を見限るんじゃないのか?
そうなった時、お市はどうなる?
近い将来長政が裏切ると思っているのに、その長政にお市を嫁がせるのか?
「結局俺も『どうしたいか?』より『家のためにどう動くべきか?』で考えているのだな」
信長は自虐的に笑った。
「利家!
見たよね!?
信長様が何か独り言いって思い出し笑いしたよ!?
気色悪っ!」と養観院。
「ば、バカ!
見てないフリをしろ!」と利家。
・・・あの二人、どうしてくれようか?
「女を伴って、だったから時間に余裕をみた」と信長は言っていた。
間に寺で一泊した時はさすがにチンタラしすぎだと思ったが。
「愛知から滋賀は新幹線通ってなかったっけ?」と言っていると「またようかんが訳のわからない事を言い始めた」とお市様に言われた。
小谷城に到着した。
早く着きすぎた。
まだ、茶会は開かれていない。
僕は茶会の設営をしている男の背中に声をかける。
「田中!」
「ようかんか!?
ようかんなのか!?」
「来ちゃった・・・」
感動の再会・・・にはならなかった。
「何でやねん!?
ここにはようかんが信長様の元に逃げるきっかけになった三好長慶様も松永久秀様も来るのだぞ!?」
「三好・・・松永・・・誰それ?」
「お前は記憶喪失じゃなくて昔の事を忘れる病気なのか!?」
「ここに僕がいちゃダメなの?
田中は僕がいたら迷惑なの?
田中は僕に会いたくなかったの?」
「・・・ようかんがいなくなって、お前に厳しく当たっていた番頭ですらため息が増えて、魚屋全体が火が消えたようだ。
みんなようかんに会いたがっておる」
「田中は?
田中は僕に会いたくなかった?」
「・・・会いたかったに決まっておるだろうが!」
僕と田中はガッシリと抱き合う。
「しかし本当にここにいて良いのか?」田中が心配げに言う。
「わかんない、マズいかな?」
そう言われると不安になってきた。
「養観院を小谷に連れて来たのはこの信長だ。
必ず養観院を守る。
約束だ」
信長が僕の肩にポンと掌を置きながら言う。
随分男前な事を言うな。
でも具体的にどうやって僕を守るんだ?
「とにかく俺から離れるな」と利家。
「利家・・・」
「田中に食べてもらいたくて沢山新作の菓子を持ってきたんだよ!」
「そ、そんなに食べれるかの?」
顔をひきつらせながら田中が言う。
「噂の『清洲城の菓子』ですか。
楽しみですな!」
あん?誰だ?
僕は田中に食べさせる菓子しか持って来てねーぞ?
「長政様、お久し振りでございます」
お市様が目の前の男に頭を下げる。
危ねー!
お市様の未来の旦那様に暴言かますところだった。
浅井長政は戦国大名とは思えない、優しそうなイケメンだ。
ん?
何で浅井長政が『清洲城の菓子』の事を知ってるんだ?
噂になってる訳ないんだよ。
だって外の人らに菓子食わせてねーもん。
「貴女が養観院殿ですね。
お市様の手紙でお話は伺っております。
浅井長政と申します」
えらい腰が低い男だ。
つーか嫁になる人を『お市様』って呼んでるんだ。
「お市様って僕の事を長政様に何て伝えてるんですか?」
僕はどうしても気になって聞く。
「お市様は特に悪いようには言ってませんよ?
『可愛い女の子』
『お菓子作りが大好き』
『信長様の未来の奥方』
ぐらいしか私には伝わってませんよ」と長政。
『未来の信長の奥方』だと!?