わらび餅
清洲城に松平元康が来ているらしい。
何でも『信長に服従しますよ』と言いに来たらしい。
でも僕はアイツらは嫌いだ!
アイツらのせいで五右衛門が逃亡生活を送らなきゃいけなくて、別れ別れになったんだから。
でも信長は僕の意見なんて聞かないよな。
『養観院、元康を仲間にするべきだと思うか?
意見を聞かせてくれ!』って信長が僕に聞いてくる男だったら気持ち悪い。
つーかそんな事聞かれても知るかいな。
『東は松平が抑えろ。
無理なら言え、力を少しなら貸してやろう』
そういう話で同盟がまとまった。
なんでも今川が完全降伏に近い条件で停戦を申し入れて来たらしい。
松平に対して『今川、武田、北条の相手をしろ』という話が『武田、北条の相手をしろ』に変わって、しかも今川と北条の関係は悪くないから今川が仲間になり、実質武田の相手だけをすれば良いとなれば、この条件を飲まない手はない。
松平と織田の同盟は『清洲同盟』と呼ばれ『戦国の世の同盟など破られて当たり前』という常識を覆す十年を越える強固な物となる。
こうして織田は北と西、取り敢えずは目の上のたんこぶの北、美濃の斎藤氏と向き合う事になったのだ。
今日も『菓子工房(僕が命名)』にお市様が遊びに来ている。
今回は試作の『ネバネバのわらび餅』をお市様に食べてもらっている。
リアクションはあまり良くない。
「ネバネバである意味は?」とお市様。
目から鱗だ。
普通のわらび餅を知っているからこそ『ネバネバのわらび餅』が珍しいのだ。
普通のわらび餅を知らない人にとって『ネバネバのわらび餅』は『色の変わらない"ねるねるねるね"』と同じなのだ。
令和の日本で『ネバネバのわらび餅』はプチブームだったのに。
それにしてもお市様はいつもの無邪気な感じとは違う。
「レンタカー?」
「何よ、それ?
連歌よ、連歌!
茶会の出し物の話よ。
連歌の名人が来るのよ?
確かお兄様が『キンカ頭』って呼んでたわ。
ようかんも興味ない?」
「全然興味ないなー。
僕、カラオケでも歌わないから。
だいたい、素人の歌なんて誰も聞きたくないでしょ?
何で嫌がる人に歌を聞かせるのか訳がわからん。
誰もが人が歌ってる間、自分が歌う曲を選んでるじゃん。
だったら家で一人で歌ってれば良いでしょ?」と僕。
「ようかんの言う事は時々訳がわからないわ・・・。
連歌には参加しなくて良いから、ようかんに茶会についてきて欲しいのよ」
「何でよ?」
「浅井長政様が来るのよ・・・」
お市様の縁談の相手か。
破談になったかと思いきや、まだ話は続いてたんだ。
「あぁ、なるほど。
だったら余計に僕が行くべきじゃないよね?
隣でいきなりイチャイチャされたら何をして良いかわからん」
「いきなりイチャイチャなんてしません!」
「いきなりじゃなかったらイチャイチャする気なの?いやらしい・・・」
「言葉のあやです!」
「何にしても僕は行きたくないよ。
そんな偉い人ばかりの場所には・・・」
「そんな・・・」
ショックを受けているお市様には申し訳ないが、そんな場に僕が行くのは場違いというモノだ。
「本当に行きたくないんだな?」
突然現れた信長が言う。
勝手に入ってくんなって言ってるだろ?
・・・言ってないけど。
言える訳ねーだろ、アンタ時々怖いんだよ!
「・・・行きたくありません」
「この茶会は室町幕府主宰で、この信長も招待されておるのだぞ?」
だから何なんだ?
余計に行きたくないわ!
「・・・行きたくありません」
「そうか、宗易もこの茶会に招待されているのだが・・・」
「行く行く~」僕はアッサリと掌を返した。
田中に会える!
「・・・遠い」
僕は馬の後ろに乗りながら文句を言う。
「仕方ないだろ?
本当は足利義輝様のいる京の二条城で茶会するはずだったんだぞ?
信長様と斎藤義龍の『手打ち』として、近江で茶会が行われる事になったのだ。
今さら茶会ごときで『手打ち』になるわけないのにな」僕がしがみついてる犬千代、元服で名前を変えた利家が言う。
この時代、名前がコロコロ変わって時々ややこしい。
でも僕にとっては犬千代が利家に変わっただけだ。
ロリコンにとって僕は守備範囲外だろう。
安心、安全だ。
戦国時代の人間はみんな背が低い。
でもみんな低いんで気にならない、それに僕は人一倍背が低いし。
しかし利家はその中で無茶苦茶背が高い。
利家を見ると認識する。
戦国時代の馬、ちっちぇえ。
令和の馬だって『ポニー』みたいな小さい馬はいくらでもいる。
サラブレッドがアホみたいにデカいだけかも知れない。
・・・にしても利家に乗られる馬は可哀想だ。
足が下につきそうじゃん。
その馬の後ろに乗る僕は馬に対して申し訳ない。
「馬車とかないの?」
「馬に小さな荷車を引かせる事はあるな。
でもそれは短い距離だ。
馬にそんな長い距離車を引ける力はない。
『牛車』ならあるぞ?
しかし山道を牛車で通るなどという話は聞いた事がない。
そもそも『車で国境を越えるのは違反』だ。
車で国境を越えて良いのは認可を得ている商人だけだ。
それ以外の者は『徒歩』か『馬』か『輿』で国境を越えねばならない」
そうか戦国時代ってどこにでも好きに行き放題だった訳じゃなくて、国境を越えるにも厳しいルールがあったんだ。
「しかし信長様、全然ピリピリしてないね。
斎藤義龍とは険悪だって聞いたから今日は『魔王モード』だと思ってたのに」
「『もーど』ってどういう意味だ?
でも大体言おうとしている事はわかる。
信長様は楽しみにしてるんだよ。
今回の茶会参加者、三好長慶の部下で松永久秀っていう者がいるんだが・・・ソイツが『平蜘蛛』という茶釜を今回持ってくるそうだ。
それを見るのを楽しみにされて、何度も我らに話をされたのだ」
ん?平蜘蛛?
何か聞いた事があるぞ?
つーか『松永なんとか』ってのも何か聞き覚えがあるぞ?