斎藤
急ピッチで厨房の建物が建てられた。
「そんな急ぐ必要があるか?」と僕が驚いたほどだ。
「ダメだ、これじゃあまだ遅い」
「部品はどうやって運ぶ?」
「川の上流から流せば・・・」
日吉と小六郎が話している。
何でこれ以上急いでるのさ?
お前らそんなに早く菓子が食べたい?
つーか、何でわざわざ部品を川の上流から流さなきゃいけないのさ?
部品は修理大夫達が城下で作ってるんだろうから、わざわざ川に流すのはかえって手間じゃないの?
つーか、川ってどこの川に流すの?
清洲城の近くの川って五条川?
つーか建材の木材って乾かしてるんだよね?
それをわざわざ水に浸けるってどういう事?
小六郎に聞いても「水に濡れた木材で建物を建てるための練習だ」って。
練習って何だよ、訳わからん。
厨房建てるのが本番じゃないのかよ?
何で本番で練習するんだよ?
何でわざわざ本番を悪条件にするんだよ?
でも厨房を建てるのが異常なハイペースだから文句は言わない。
ってより厨房の建物を沢山作り過ぎだろ?
確かに『広い方が良い』とは言ったけど建物が広すぎだし、建物が多すぎだろ。
小六郎、どれだけお菓子食べたいんだよ?
でも小六郎とちょっと雑談した時に「甘いモノは少し苦手だ」って言ってた。
どないやねん。
「あ、甘いモノなんて全然好きじゃないんだからねっ!」って事か?
どんだけツンデレなんだよ?
これだけ建物を作るのに執着した修理大夫の連中が、厨房の内装を作るのに全く熱量がない。
信長に『厨房を作れ』と言われたから仕方なく嫌々作ってる感じだ。
コイツら一体何なんだ?
「砦の大きさの物を組み上げるのに一晩かかっていては駄目だ。
土台を作る時間を考慮しないと」
「やはり大規模な建物を作るのに訓練された修理大夫が二十人は必要だ」
・・・君ら何なの?
建物作りRTAでもしてるの?
まぁ、厨房設備を沢山作ったって一度にそれらを使える訳じゃない。
だって僕の身体は一つなんだから。
一週間で制作を指定した釜2つとオーブンが出来あがった。
しかし修理大夫達、無茶苦茶有能だな。
僕がオーブンってモノを知ってて、なおかつ焼き釜を改造しただけのモノを作るのに試行錯誤して一ヶ月以上費やしたのに、修理大夫達に一からオーブンを作らせて『こういうモノが欲しい』って伝えただけなのに3日で思った以上のモノを作り上げた。
全然やる気ないのに。
片手間で。
そんなに菓子が食いたいのか。
この甘党共め。
僕は出来たばっかりのオーブンで人数分たっぷりとパウンドケーキを焼く。
やっぱり菓子作りは楽しい。
自分で作った菓子を食べた人が喜んでくれると思うと更に嬉しい。
「さぁ、野郎共!
いくらでも食らいやがれ!」
僕は焼きたてのパウンドケーキを休憩中の修理大夫達に振る舞う。
・・・あれ?
リアクションが薄い?
というかリアクションがない?
微妙な表情?
みんなパウンドケーキ好きじゃなかった?
いやいや、好きも嫌いもパウンドケーキなんて見たのは初めてのはずだ。
「信長様のために菓子を作るんじゃないんですかい?」と小六郎。
「ふざけんな!
殿様一人のために菓子なんて作る訳ないだろうが!
自分が食べて、みんなに食べてもらわないと菓子なんて作る甲斐がない!
このパウンドケーキはここにいるみんなのために焼いたんだから食べてよ!」
「な、ならいただきます・・・」
修理大夫達は初めて見るパウンドケーキをおっかなびっくりで食べる。
関西人が初めて納豆を食べる時みたいだ。
初めて見る食べ物なんだからしょうがないか。
一口パウンドケーキを食べた修理大夫達は猛烈な勢いで二口目を口にする。
そうだろう、そうだろう。
菓子は旨い。
でも焼きたての焼き菓子は冷めた焼き菓子の数倍旨い。
これを食べられる権利に富や地位は関係ない。
『タイミングが合うか合わないか』だけだ。
気のせいか、パウンドケーキを食べてから内装作りに少しだけ修理大夫達がやる気を出した気がする。
猛烈な勢いで厨房を作る修理大夫達を見ながら日吉と小六郎が話していた。
盗み聞きは良くない。
でも何を話してるのか、ちょっと気になるじゃん?
「斎藤との関係は急速に悪化している。
戦いは避けられない」
「元々はこんなに険悪じゃなかった。
むしろ友好的だった。
信長様の正室の濃姫様は斎藤家の姫だった。」
「攻めるにも間に自陣の砦がない。
一気に攻め落とすのは不可能だ。
やはり砦が必要だ。」
何を話しているのか全くわからない。
ただ一つだけ気になる話があった。
「勝つには砦が必要不可欠だ。
もう一つ、斎藤が浅井と同盟を組んで共に攻めて来たら厳しい。
信長様はお市様を輿入れさせて、浅井家と同盟を組むつもりらしい」
え?お市様と浅井長政との縁談って破談になったんじゃなかったの?