プレハブ
「でも町人が奉行なんて・・・」と僕。
「それは確かに・・・」とお市様。
本当はそんな話はどうでも良い。
面倒臭い話は御免なだけだ。
僕はお菓子を作って食べて・・・面白おかしく生きて行きたいんだ。
・・・別に『お菓子』と『おかしく』をかけたわけじゃないぞ?
僕は『奉行』になりたい訳じゃない。
むしろなりたくない。
令和にいる時、高校の進路希望の用紙に書いた『パティシエ』になりたいって希望を戦国時代で叶えたいだけだ。
でも和菓子の『パティシエ』って何て言うんだろ?
『和菓子職人』かな?
しかも『パティシエ』ってフランス語じゃなかったっけ?
って事は『男性名詞』と『女性名詞』は違うはずだ。
『パティシエ』の女性版て何て言うんだろ?
そんな話はどうでも良いが、そもそも僕はこういった場合、男女どちらのくくりになるんだ?
「名案があります。
養観院殿が信長様の御側室となられるのです。
そうすれば、身分の問題も無くなります」と日吉。
何が名案だ!
余計な事を言ってるんじゃねー!
問題大アリじゃボケー!
何で僕が沢山いる信長の側室の一人にならなきゃいかんのじゃー!
大声で反論したい。
しかしさっきもそうだし、義元に対しても『おっかない信長』を目の前で見せられたら『お前の嫁になんてなりたくないんじゃ、ボケ!』って拒否するのも怖い。
僕が拒否するより、信長本人が僕を側室にする事を拒否して欲しい。
「まあ!
それは素敵な話ね!」とお市様。
「なるほど、そうすれば養観院を役職に付ける事に障害がなくなるか」と信長。
お前ら、何受け入れとるんじゃワレー!
そんな理由で結婚してたまるか!
・・・そう言えばお市様も『結婚に個人の感情なんて関係ない』みたいな事言ってたな。
信長も自分の感情とは関係なく『養観院を嫁にするのがベストだ』とか思ったんだろうか?
それはそれでムカつく。
何で僕が男と、しかもこちらを何とも思ってない男と結婚しないとあかんのじゃ!
僕を好きな男というのも面倒臭そうだが。
今までそんな男は現れなかったし。
何か、僕は『女性』じゃなくて『女の子』として見られる事が多かったような気がする。
・・・そんなにガキだろうか?
「養観院、お前はどう思うのだ?」と信長に話を振られる。
ゲッ!
僕に振るなよ!
そんなの僕の身分で『ゼッテー嫌だ!何でテメーみたいな"チョロっと口ひげ野郎"と結婚しなきゃいけねーんだよ!?つーかひげ剃れや!似合ってねーんだよ!』なんて言える訳がない。
「そもそも『女が奉行』なんて許されるのでしょうか?」
苦しまぎれの割には中々の『断り文句』じゃない?
確かに戦国時代に女性の奉行なんて聞いた事がない。
いるのかも知れないけど僕は知らんし。
「『前例がないから』じゃない。
『前例は作るモノ』なのだ。
女の奉行、大いに結構じゃないか。
これを機に人材が発掘される契機になるかも知れん」と信長。
何だよ、その発想の柔軟さは!?
論破してるんじゃねーよ!
『奉行』も『結婚』も断れなくなるだろうが!
「少し考えさせて下さい・・・」
僕にはそれしか『奉行』『結婚』から逃げる言葉が出てこなかった。
「すぐに答えは出ないか。
ではこの話は一旦保留とする」と信長。
ふー、助かった・・・。
この時、僕は一杯一杯で思い付かなかったが僕の願い『ハーレム』は『信長の数いる側室の一人になる』という事で叶えられるのではないだろうか?
とりあえず今回何とか『ハーレム入り』は回避した。
「失礼します」
誰かが障子を開けて入ってきた。
浅黒く日焼けした筋肉質の男だ。
「この男が私の部下、修理大夫の『小六郎』です。
小六郎に養観院殿が考える『理想の厨房作り』を手伝わせようと呼んだのです」と日吉。
本当に日吉は頭がよく回る上に、仕事の取り掛かりが早いらしい。
信長に可愛がられるはずだ。
しかし小六郎の登場はここから逃げるのには都合が良い。
「では厨房作りの打ち合わせをするんでこれにて!」
僕は小六郎の背中を押して部屋から追い出すと自分も信長の部屋から逃げ出した。
「良いんですかい?
信長様の所から出てきてしまって」と小六郎。
「良いんだよ、あのままあそこにいたら信長様と結婚する事になりそうだったんだから」
「驚いた。
信長様と結婚したくないんですかい?」
「『信長様と』どうこうじゃなくて、誰とも結婚したくないんだよ。
僕はもっと自由に生きたいんだ」
「この『戦国の世』で『自由に生きる』のは最も難しい事だと思いますけどねえ。
おそらく信長様だって色々な事柄に縛られて生きています」
そういうモノだろうか?
城は高い塀に囲まれている。
おそらく外敵の侵入を防ぐためのものだろう。
その内側に城があるわけだが、高い塀の内側にみっちり建物が建てられている訳じゃない。
空きスペースというか『中庭』もある。
『その空きスペースに厨房を作っても良い』と言われているのだ。
奉行になったり、結婚したりは勘弁して欲しいが『厨房を作る』という話は魅力的だ。
その話はどんどん進めたい。
「で、どんな建物を作れば良いんですかい?」
「内側に拘りはあるけど、外装には特に拘りはないかな?
もちろん広さはあるに越した事はないけど、使える空間には限りがあるだろうし。
こちらからの建物の希望は『天井がある程度高い事』と『換気が容易な事』だね。
堺で陶器の焼き釜をオーブンに改造したんだけど、釜って熱を逃がさない構造になってるんだよね。
暑いのに熱はにげないわ、換気は悪いわで死にそうだった」
「なるほど。
所々わからない言葉がありやすが、大体了解しました。
早速土台作りの作業に・・・」
「そんなちゃんとした建物じゃなくても良いんだよ。
基本的にはプレハブ小屋みたいなもんでも」
「ぷれはぶ?
ぷれはぶとは?」
「この時代、プレハブってないのか。
簡単な土台作っておいて、後はよそで作っておいた小屋の部品を、その簡単な土台の上で組み上げるんだよ。
プラモデルみたいな感じかな?
僕の通ってた高校の木造校舎が老朽化して、鉄筋に作り直す時、一時的に校庭に『プレハブ校舎』を作ったんだよね。
一週間ぐらいで外装は出来てたな。
あんなので充分だよ」
「何を言っているのか所々わかりやせんが、つまりは部品はよそで作っておいて後は簡単に作った土台の上で組み上げるだけにしておく、という事ですね?」
「さすが日吉さんが言ってた『腕っこきの修理大夫』!
理解が早い!」僕は小六郎をおだてる。
この時に僕は小六郎が『頭の中で厨房の構想を思い描いている』のだと思っていた。
よもや小六郎が思い描いていたのが『一夜城』の構想であるとは・・・。