システムキッチン
清洲城の台所や食料事情について日吉から根掘り葉掘り聞く。
「な、何でそんなことを・・・」日吉は戸惑いを隠せない。
「食事の事はわかった。
じゃあ菓子は?」
「菓子?」
「信長様は『茶』にご執心だと聞いた。
だったら『茶と茶菓子』はセットじゃない?」
「『せっと』?
何の事だ?」
そうだった。
横文字は通じないんだった。
時々やらかしてしまう。
「『せっと』って言うのは・・・えーっと・・・そうだ!『翼くんと岬くん』みたいなモノだよ」
「・・・・・」
「わからない?
じゃあ喩えを変えるよ?
『キン肉マンとテリーマン』・・・」
「全くわかりません!」と日吉。
こんなわかりやすい喩えはないだろうが!
想像力のない男だ。
「喩えがダメなら・・・そうだな『相性の良い組み合わせ』みたいなモノだよ」と僕。
「『相性が良い』って事なら『俺とまつ』みたいなモノ同士の事か?」と犬千代が口を挟んでくる。
「偉大なるまつ様を語ってるんじゃねえ!このロリコンが!」僕は犬千代を一喝する。
「気のせいだったら申し訳ないが、時々俺を罵ってないか?」
「いや、気のせいだろ」と僕。
「なら良いんだが・・・」犬千代は釈然としない様子だ。
「『茶の肴』は菓子とは限っていません。
菓子を使う場合もありますが、そういった場合は城の外で買って来る事が多いですね。
城の中で菓子は作っていません」
「作れないの?」と僕。
「いや、作ろうと思えば作れるのかも知れません。
でも実際に菓子は作っていないのです」
「何で?
信長様は『甘党だ』って言ってたよ?
これを機会にして、清洲城でもお菓子を作らない?」
(確かに信長様は甘党だ。
ちょっとした褒美で金平糖を部下にくれたりする。
それに信長様は『茶』を外交に使おうとされている。
だから茶菓子を清洲城内で作るのは名案だ。
信長様に城外で作った物を口にして欲しくない。
城の中で菓子を作れば毒の危険性は大幅に減る)
「・・・と言う事は『養観院殿が菓子を作る』という事ですか?」と日吉。
しかしコイツ、何で一介の町人でしかない僕にわざわざ敬語使うんだ?
コイツだけじゃない。
信長の部下に『養観院殿』『養観院様』って呼ぶヤツらが多い。
わけがわからん。
コイツらは武士だろうが。
この時、僕は自分が『信長様のお手つき』だと思われている事に気づいていなかった。
「わかりました。
清洲城の中に菓子用の厨房を作りましょう!」
「そんな事が出来るの?」
「一応、信長様の許可は取ります。
ですが『信長様とお市様が信頼された方が菓子を作る場所を作る』という事なら許可は必ず下りるでしょう。
それに茶会は今や公家だけでなく権力者がこぞって開いているモノです。
茶会の呼び物になる菓子を養観院殿が作るというのは織田家の権力誇示にもなります。
つきましてはどんな厨房を作るのか、養観院殿が監修してください」
「何で日吉さんがそんな事、僕に言えるのさ?」
「私は『普請奉行』『台所奉行』ですよ?
『清洲城の敷地内に新しい建物を作る』『厨房内の事を決める』の信長様に次ぐ責任者ですよ?
それに私の部下には『小六郎』って腕っこきの修理大夫がいます。
小六郎に言えば多少の無理な設計、無理な工期であっても大概の工事は成し遂げるでしょう」
「なら頼もうかな?」
僕は頭の中でシステムキッチンを思い浮かべていた。
そんなモノが出来る訳がない。
この時代にはガスも電気もステンレスもないんだから。
しかし『小六郎』は僕の言う無茶の多くを実現した。
それもそのはず『小六郎』は後に誰もが無理だと思っていた一夜城を作り上げるのだから。
『小六郎』とは後の『蜂須賀小六』の事だ。
話していると清洲城に辿り着く。
この時代の城って地味だね。
天守閣はないし。
城っていうか『でっかい家』って感じだ。
つーか、イーロンマスクの家とかもっと大きいんじゃないか?知らんけど。
『ゴゴゴゴゴ』という音と共に清洲城の門が開く。
ちょっと緊張する。
しかし中からパタパタと走って現れたのはお市様だった。
一年ぐらいしか経過していないのにお市様はかなり大人になり、美しくなられた。
「ようかん!
貴女は変わらないわね!」とお市様。
・・・対して僕は一年前とあんまり変わっていないようだ。
「さぁ、行きましょう!」と僕の手をお市様が引っ張る。
「そうは言っても、他の人達もいますし・・・」と犬千代と祐久の方を見る。
「俺達は清洲城下に住まいが別にあるから気にしないで良い。
小姓の暇を出されたんで荒子に戻ってたんだ。
『まつ』もまた清洲に呼び寄せる」と犬千代はヒラヒラと手を振る。
ここで犬千代と祐久とお別れ・・・って言っても清洲城でまたすぐに再会するか。
「早く行きましょう!」とお市様。
「『行く』ってどこへ?」
「お兄様の所へ!」