正月
的場から前田の屋敷は近かった。
おそらく犬千代は僕と重秀に二人きりの時間を作ってくれるようにゆっくり戻ってきたんだろう。
ロリコンとは思えない気遣いだ。
僕の起きる時間が遅かった事もあり、今から出発したら今日中に清洲に着けない。
荒子村というと今でいうと愛知県名古屋市中川区で清洲とはそんなに遠くはない。
遠くないとはいえ、あくまで『車で行けば』だ。
さすがに戦国時代に夕方から荒子から目指す場所じゃない。
だから今日は前田家にお泊まりする事になった。
犬千代はロリコンの変態で、孕ませたのは嫁が十一歳の時だと言う。
さすがに僕は守備範囲外だろう。
安心だ。
屋敷の近くには大きな寺がある。
犬千代が「荒子観音だ」と言う。
「ふーん、こんなクソ田舎でもこんなデカい寺があるんだ」と僕は呟く。
「何か今、無茶苦茶失礼な事を口走らなかったか?」と犬千代。
「いや、何にも」と僕はしらばっくれる。
そんな事を話しながら前田家の屋敷についた。
「今、帰った!」犬千代が玄関で叫ぶ。
中からヒタヒタと女性が歩いて来て玄関先で三つ指をついて頭を下げる。
「ご無事のお帰り、何よりでございます。
お帰りなさいませ!」
落ち着いた、大人の女性だ。
何だ、大人の嫁さんもいるのか。
戦国時代の武士は複数嫁さんいるもんな。
じゃあ僕ヤバいじゃん。
狙われちゃうかも知れないじゃん。
「うむ」と頷いた犬千代は僕に女性の紹介をした。
「これが俺の嫁の『まつ』だ」
ちょっと待て。
この人が『まつ』?
どう考えたって、僕より大人じゃん。
十四歳じゃないのかよ?
身体全体の大きさも、身体のパーツの大きさも・・・。
年齢詐称してないか?
アイドルか?
ちょっと待てよ?
この『まつ』って人、十四歳とはいえ経産婦なんだよね?
『経験済みの君』どころの騒ぎじゃねーぞ!
それと引き換え僕はどうだ?
女としてはともかく、男としても未使用も良いところじゃねーか!
GEOだったら『未使用品』として少し高く売れそうだぞ!
その『まつ様』が僕ごときムシケラを見ながら言う。
「あら?
こちら、可愛らしいお客様ですね」
十四歳に『可愛らしい』と言われる十八歳・・・。
僕がトラックにひかれたのが十七歳で、こちらで一年間ぐらい経ってるはずだから十八歳のはずだよね?
令和なら成人年齢のはずだよね?
「こちらは『養観院』殿。
信長様の元に行かれるついでに今晩、我が家に泊まる客人だ」と犬千代。
「まぁ!
信長様の・・・」と『まつ』。
「僕ごとき路傍の石に『まつ様』が畏まる必要はございません。
『ようかん』なり『ウジ虫』なり、お好きに呼んで下さい」僕は膝をつき深々と頭を下げた。
「そうだぞ。
妹だと思って・・・」と犬千代。
「誰が『妹』やねん!
このロリコンが!」僕は犬千代を一喝した。
「気になってたんだが、その『ろりこん』ってどういう意味だ?」
「ロリコンって言うのは南蛮の言葉で・・・」
ちょっと待て。
僕は『まつ様』の前で『ロリコン』の意味を解説するのか?
『まつ様』を傷つける事にならないか?
『あぁ、私は変態ロリペド野郎の毒牙にかかったんだ・・・』と。
「『ロリコン』と言うのは・・・『嫁が若い』と言う意味・・・かな?多分・・・」僕の語尾はフェードアウトした。
「まぁ、だったら旦那様は確かに『ろりこん』ですわね!」と『まつ様』。
「おう!
俺は確かに『ろりこん』だ!」
かくして僕の犬千代に対する『ロリコン呼び』は前田夫婦に公認された。
「では私は『ようかんちゃん』と呼ばせてもらって良いかしら?」
「はは!
ご自由にお呼び下さい!
『まつ様』!」
「そんな畏まらないで。
お姉ちゃんだと思って良いんですからね。
そうだ、私の事は『お姉ちゃん』と呼んで下さい」
小娘に子供扱いされる成人・・・。
いかん、何か変な性癖が目覚めそうだ。
食事の後に犬千代と祐久が酒を酌み交わしている。
「ロリコンはまだ酒を飲むような年齢じゃないだろ!」と言いたいが、戦国時代の『大人』の概念は令和とは違うらしい。
僕と『まつ様』は酒は飲まないから、お茶を飲みながら僕が持参した『バタークッキー』をつまんでいる。
もっと色々お菓子を食べて欲しいんだけど、日持ちがしないからなあ。
今度『葛餅』ならどうだろう?
少しぐらいなら日持ちがするかな?
「姪の『ねね』が祝言をあげたのは良いんだが、婿養子をもらって旦那が儂と同じ『木下』という苗字になったのだ」と祐久。
「めでたい話じゃないか。
姪御さんは誰と結婚したんだ?」
「犬千代殿も知っていると思うが『日吉』殿だ」
「あの男か・・・」
「犬千代殿は日吉殿が嫌いなのか?」
「嫌いではない。
ただ・・・苦手なのだ。
あの男は人の心を見透かしたように行動する。
信長様はあの男を気に入っているようだが」
『まつ様』は旦那が話している時にはその会話の邪魔をしないように黙っているらしい。
おかげで僕は興味ないのに犬千代と祐久の話を聞くしかなかった。
「『日吉』?」ついに僕は暇で暇でしょうがなくなって話に口を挟む。
「養観院殿は知らぬであろうな。
この度の戦には参戦しておらぬし。
父親が足軽だったらしいが、その父親も今はおらぬ。
我々から見れば、ほぼ農民出身者だ。
だが信長様は日吉殿の事を気に入っておられてなぁ。
信長様に仕えるにあたって『藤吉郎』と名乗ったようだが日吉殿は日吉殿だ」と祐久。
この時代、名前がいくつもあるのは珍しくなくてややこしい。
「何で『日吉』なの?」
よく考えたら僕はマヌケな質問をしたものだ、太郎って名前の人に『何で太郎なの?』と聞くようなもんだし。
「なんでも元旦に生まれたそうだ」と祐久。
あ、そうか。
年賀状にも『元旦吉日』って書く人いるよね。
僕はこの時の話が『豊臣秀吉』の話だとは気づいていない。