的場
馬で高浜港を目指す。
今まで馬は三人乗りで窮屈だったのに重秀と二人乗りだ。
大高城で調達出来るから僕が馬に乗れるなら一人一頭の馬を準備出来るという話だったが、馬になんて乗った事がないから結局重秀と二人乗りという事になった。
二人きり、という訳ではない。
犬千代と木下祐久というオッサンが同行している。
新介や犬千代が連れて来た義勇兵はしばらくこちらにとどまるようだ。
「そりゃそうだろう、まだ完全に戦闘は収まってないんだから」とは新介の弁。
だったら何で犬千代は戦場を離れるのか?
「清洲まで養観院殿を連れて来るように信長様に言われている」との事。
僕は「木下祐久って誰やねん?」と思ったが『信長の家臣』って事と『オッサン』って事以外に何も情報は得られなかった。
後で知ったのだが祐久は秀吉の正室、ねねの叔父の『木下勘解由』のお兄ちゃんらしい。
つまり祐久もねねの叔父さんと言う事か。
秀吉は農民出のクセに織田家家臣の縁者を嫁にもらっている。
やはり顔はイマイチでも身分は低くても光るモノがあった、という事か。
因みに外国人宣教師達の伝える『豊臣秀吉像』は本当にボロクソだ。
当然だ、ヤツらは秀吉から『バテレン追放令』を食らって恨みを感じているのだから。
宣教師達の伝える『ギョロ目のエロオヤジ』と言う秀吉像は話半分に聞かないといけない。
高浜港に到着した。
すぐに商船は見つかった。
船長も船の近くにいた。
「何で五右衛門がいないの?」
「・・・・・」
「どういう事なの?」
「・・・・・」
「いないの知ってたの?」
「・・・・・」
「今朝の話は嘘だったの?」
「五右衛門本人に『ようかんには"高浜港に行った"と伝えてくれ』と言われていたんだ。
追われるのは『抜け忍の宿命』らしい。
今までも逃げて、逃げて・・・堺まで辿り着いた、と。
ここ数年が何もなかっただけで『抜け忍』には安息の日なんてある訳がなかったらしい。
『本当に楽しい日々だった、ありがとう』・・・」
「そんな話が聞きたいんじゃない!
五右衛門は今、どこにいるのさ!?」
「わからない。
五右衛門本人も『先の事は決めてない』と言っていた。
『護衛任務の途中離脱は護衛完了時に受け取る"成功報酬ナシ"で勘弁してくれ』と」
「そんな・・・」
「聞きわけてくれ。
任務には必ず終わりが来る。
そうすればいずれは別れなきゃいけない。
それが早いか遅いかだけの話だ。
俺の護衛任務も荒子村の『舟入港』までだ。
俺にだって地侍としての仕事が他にもある。
もしかしたら織田家の敵方に雇われる可能性だってある、それが地侍だ。
荒子からは犬千代さん達が清洲までの護衛を引き継いでくれる」
僕は黙って頷くしかなかった。
わかってた。
別れはいつかやって来る。
覚悟してたはずなのに涙がポロポロ出て止まらない。
高浜港から舟入まで商船は走る。
僕の気持ちとは裏腹に風向きも潮の向きも順調そのものだ。
海が荒れて船酔いしたり、海賊に襲われたり、時化で東に流されたり・・・行きの苦労は一体何だったんだ?
あっという間に『舟入港』へ到着する。
「荷物を乗せる荷車を屋敷から持って来るからそれまで船から荷物をおろしながら待っててくれ」と犬千代と祐久が馬でいなくなる。
僕と重秀と船長は船から荷物を下ろす。
荷物はすぐに下ろし終えてしまう。
これでお別れか、と思っていると船長が気を利かせて「荷物を置いといたら港に入って来る船の邪魔になっちまいます。
重秀さん、荷物をあちらの砂浜の方に運ぶの手伝ってあげたらどうですかね?」と助け船を出す。
僕と重秀はわざと何回も往復しながらゆっくりと無駄話をしながら砂浜に荷物を運んだ。
一度に沢山の荷物を運んでしまうと別れが早く訪れるからだ。
「この砂浜の地名は『的場』と言うそうだ」
「的場浩司?」
「誰だ、それは?」
「えっと・・・誰って言えば良いんだろう?」
「相変わらず訳がわかんねーな。
的があるから『的場』って言うんだよ」
「何の的?」
「砂浜だし『流鏑馬』だろ?」
「そこら中で流鏑馬なんてやってるの?」
「やってねーよ。
それだけ地元の武士が武芸に力を入れてるって事だろ?
犬千代・・・前田家だっけ?」
「なるほど、そっか・・・」
とりとめのない話をしながらのゆっくりな作業もやがては終わってしまう。
荷物を運び終えた頃、犬千代と祐久が馬に荷車を引かせて戻って来る。
「じゃあ、さよならだ」と重秀。
「堺に行ったらまた会えるよね?」
「その時は俺が堺にいないだろう」
「どこに行けば会える?」
「この戦国の世の中で地侍の仕事は全国どこへ行くかわからない」
「・・・・・」
「縁があれば織田家と関わる事もあるかもな!
それじゃあな!」
重秀はそう言うと振り返らず商船に飛び乗った。
商船が遠ざかって行く。
僕は商船が見えなくなるまで千切れるほど手を振った。
鈴木重秀・・・雑賀孫市と信長は再び巡り会う、敵同士として。
重秀は信長を狙撃し負傷させるが暗殺には失敗するのだ。
しかしそれは歴史が変わる前の話。
この歴史が変わった世界でどうなるかはわからない。
いつまでも海を見ている僕に犬千代が声をかけてくる。
「そろそろ出発しようか?」
「出たな、ロリコン」