大泥棒
しまった寝坊してしまった。
起きたら太陽はもうかなり高かった。
「何で起こしてくれなかったの!?」
僕は重秀に言う。
「何度も起こしたっつーの!
『あと8時間だけ寝させて・・・』とか言ってなかなか起きなかったのはようかんだろうが!
それより、ようかんが寝ている間に織田信長が清洲城に発ったぞ!」
「ウソ!?
何で!?」
「ようかんが寝ている間に松平元康が来たんだよ。
どうやら『降伏』と『従属』の姿勢を信長に示したかったらしい。
でも信長は元康の『降伏』を受け入れなかったようだ」
「何でだろ?」
「義元が信長の捕虜になった事は世間一般にはまだ表沙汰になっていない。
桶狭間の番狂わせはあったが、風評ではいまだに『今川有利』だと言われている。
信長は義元の処遇を決めかねているようだ。
『捕虜であること』を世間に明かせば、今川は捕虜交換を申し出て来るだろう。
捕虜交換に応じないと、今川が捕らえている織田陣営の捕虜達が処刑される。
捕虜交換に応じたら、義元は復権して再び織田にとって脅威になる。
元康はいまだに『今川有利』だと思っているはずなのに、何故か信長に降伏してきた。
信長にしてみたら『何か魂胆がある』と思ったのだろう」
本当は元康は義元が捕まっている事を知っている。
何故なら捕まって目隠しされている義元を実際に見ているのだから。
『この勝負、織田陣営の勝ちだ』
そう感じ取った元康は今川陣営から織田陣営に乗り換えようとしたのだ。
信長は元康に言った。
「織田陣営に乗り換えるのなら、口先でそれを表すのではなく態度で示せ。
①同盟締結は清洲で行う、清洲へ来い。
②今後の三河は織田に代わりに松平が仕切れ。
対今川、対武田、対北条は松平の仕事だ。
この話をのめないなら同盟はない」
そう言われた元康は顔面蒼白になった。
今まで今川に頼っていれば武田、北条と対立しないで済んだのだ。
だが、織田に頼ったら今川、武田、北条と戦わなくてはならない。
かと言って義元がいない今川など、最早風前の灯だ。
"どちらへ転んでも地獄"ならば今川を下した織田の勢いと可能性に賭けてみよう。
元康は信長の申し出を飲んだ。
「では一足先に清洲へ向かうぞ」と信長は僕が寝ている間に大高城を出たらしいのだ。
これが後に言われる『清洲同盟』だ。
また信長と話が出来なかった・・・。
僕はシュンとなった。
・・・って僕は信長と会話がしたいのか?
何でまた?
自分の気持ちがよくわからない。
そんな複雑な表情をしている僕に重秀は言う。
「織田信長からの伝言だ。
『清洲にて待つ』」
僕は伝言を聞いてホッとした。
忘れていた訳じゃないんだ。
ホッとしたら他の事が気になった。
「あれ?
五右衛門は?」
「五右衛門なら先に高浜港へ向かったよ」と重秀。
「先に?
何でまた?」
「言ったろう?
『松平元康が来た』って。
元康が一人で来た訳がないだろう?
元康が連れて来た家来の中には五右衛門と犬猿の仲の『服部半蔵』がいたんだよ。
五右衛門は『ここで揉めたらようかんに迷惑がかかる』と元康が来たと同時に大高城を出たんだよ。
なに、また高浜港に行ったら会えるから心配するな!
それより朝飯を食おう!
もう昼飯って言うべきか?
食べたら俺達も高浜に向かうぞ!」
ぼくには明るくしている重秀が空元気に見えた。
一方、五右衛門は高浜港へ向かっていなかった。
「まだ撒けてないな・・・。
『抜け忍狩り』がアッサリ終わる訳がねーんだよな。
横根城で伊賀者達に囲まれた時、早かれ遅かれこうなるとは思ってたが・・・。
大高城に正成が来るとは思わなかったぜ。
正成の主人は敵なんじゃないのかよ?
・・・そんな事はともかく重秀はようかんに上手い事言ってくれたかな?」
五右衛門は木陰に身を隠す。
足元には木の枝が落ちている。
「さて、どちらに向かうかな?」
木の枝を立てて倒れた方向へ向かう事にする。
パタン
木の枝は西の方に倒れる。
「ちっ!西かよ!
伊賀の方角じゃねーか!
・・・伊賀は素通りするとして、また堺に行けばようかんに会えるかな?
そうだ!
ようかんは『信長が天下人になる』って言ってたよな?
その通りになって、ようかんが信長の元にいるなら天下人になった信長が上洛して京に来た時に俺も京にいれば再会出来るんじゃないか!?」
五右衛門はそう呟くと闇に消えた。
石川五右衛門は何度も劇などの題材になっている。
五右衛門は1594年に京都所司代の前田玄以に捕まり三条河原で油で煎り殺され処刑された、と記録に残っている。
しかしそれは歴史が変わる前の話だ。
歴史が変わった後の石川五右衛門がどうなったのかは誰にもわからない。