浴衣
「義元を牢屋に入れておけ」と信長は言うとずかずかと部屋から出ていってしまった。
アレ?
僕には何か無いの?
「信長様も今日は疲れているのだろう。
話すのは明日にしてもらえないか?」と犬千代。
それもそうだな。
シカトされたのはショックだったけど犬千代は高浜港で会った時『信長様は死ぬつもりだ』とか言ってた。
信長がかなりピリピリしてたのは間違い無いだろうし。
・・・やっぱりあの『人生五十年~』ってあの変な歌と踊り戦いの前にやったのかな?
「今日は大高城で泊まってくれるか?
それにまだ戦闘が完全に収まった訳じゃないし、ここからは動くべきじゃないと思うぞ?」と犬千代。
言われなくても大高城に泊まるつもりだった。
でも長居は出来ない。
高浜港に商船待たせたままなんだよね。
タクシーだったらスゲーメーター上がってるよ。
それにいつか重秀と五右衛門を護衛の任務から解かなきゃいけない。
「とにかく風呂入りたい!」と僕。
「ようかん、風呂好きだよな」と重秀が呆れながら言う。
「誰が『オフロスキー』だ!
誰が『Eテレ』好きだ!
誰が『にゃんチュー、宇宙、放送中』だ!」
僕が言った事に一同は首をひねる。
『何を言ってるのかわからない』と。
うん、確信犯だ。
時々戦国時代の人間と常識が噛み合わないでイライラする。
汗をかいたり、身体が汚れた時に『身体を拭いて済ます』というのが考えられない。
まぁ、町人に拾われて良かった。
公家なんかは『体臭を誤魔化すためにお香を炊く』らしい。
考えられない。
『便所が臭いからラベンダーの匂いの芳香剤を置く』と同じ発想だ。
僕は修学旅行で行った富良野で『ラベンダー味のソフトクリーム』というモノを食べて、トイレの芳香剤の匂いだったから吐きそうになった。
それはともかく風呂に関する考え方が戦国時代と令和では違いすぎる。
「まあ、風呂はあるだろう。
多分な。
奪い取った城の事だからよくわからんが」と犬千代。
「そういえば城の中に争った形跡がないね」と僕。
「城の中で争ったり籠城戦の場合、こんなに綺麗な形で城は残らないぞ。
焼けたり、死体や血痕が残ってたり・・・。
城の外で争って、最後降伏開城したからこそこれだけ綺麗なんだ」と重秀。
「でも城には女の人や子供や老人もいたよね?」
「そういった人らは激戦区になる前に城から逃げ出してるよ」と五右衛門。
「よかった・・・」
「でも大体こういった大広間で城主が切腹したりして自害するモノなんだけどな」と重秀。
「ひいいいいい」僕は腰を抜かす。
「大丈夫。
血痕は綺麗に拭き取ったから」と犬千代。
ここで誰かが死んだのは間違いないんだ。
僕は『やっぱり戦国時代なんだな』と再認識した。
腰を抜かした僕がようやく立ち上がれるようになった頃「湯がわいたから風呂に入るか?」と言われた。
何かよくわからんけど、どうやら僕が『信長様から名前をもらった』と聞いて信長の配下達が気を使っているらしい。
訳がわからん。
「ないなら名前を付けてやろう」って言われただけなんだが。
しかも元から呼ばれてた名前に『院』て付け足しただけのいい加減な名前だぞ?
でも『どうぞ、どうぞ、お先にどうぞ』って一番風呂を譲られてる。
気持ち悪い。
ダチョウ倶楽部なら熱湯の中に突き落とされる。
・・・まぁ良いや。
風呂に入りたいのは本当だし、早かれ遅かれ風呂には入るんだ。
僕は風呂に飛び込んだ。
うーん、ボディソープとシャンプーが欲しい。
まぁ、流すだけでも我慢しなきゃダメか。
どっちが後の人のためになるんだろ?
お湯を汚さないように湯船に入らないほうが良いのか、お湯を減らさないように湯船に入るのが良いのか。
湯船に入っちゃったけどね。
ふぅ、良いお湯だった。
でも着替えは船の中だ。
汚れた服着るしかないのか、イヤだなぁ・・・。
と、思っていたら服がない。
代わりに白い浴衣みたいな服が置いてある。
上等な布だ。
取り敢えず僕の服じゃない。
女物だよね?
他の人の服を着る訳にもいかない。
僕はヒョコッと脱衣場の扉から顔を出すと脱衣場の外にいた人に声をかける。
「すいません、ここに服を置いといたんですけど。汚れてたから捨てちゃいました?」と聞いた。
外にいた人は服を着ていない様子の僕を見て慌てた。
「の、信長様が『養観院にこれを着せよ』と持って来た浴衣が置いてあったと思いますが・・・」
あ、この白い浴衣、僕のための物だったんだ。
僕は慌てて浴衣を着た。
浴衣を着終わってふと疑問に思う。
信長はどうして女物の浴衣を持ってたんだ?
もしかして女装マニア!?
・・・そんな訳ないな。
この大きさの女物の浴衣を信長が着れる訳がない。
外で僕が着替え終わるのを待っていた人に聞く。
「信長様は何で僕に着せる浴衣を持っていたんですか?」
「先ほど信長様が城の中を探していました。
『ここの城には女もいたはずだ。
探したら女物の浴衣ぐらいあるはずだ』と」
ずかずかと広間から出ていった信長は僕の浴衣を探していたのか。
僕は信長の不器用な優しさの一端を垣間見た気がした。
ルイスフロイスの日記に「信長は部下の言う事を聞かない」とあるが、果たして信長に思いやりがないのだろうか?
秀吉が子供を産まない『ねね』の悪口を言って回っていると聞いた信長はねね宛てに手紙を送っている。
「貴女は素晴らしい女性なのだから、あのハゲネズミの言う事を聞く必要はない」
この手紙の中に信長の考え方のヒントがあるように思う。
信長の考え方は100年先を行っている。
信長は『聞くに値しない話』を『聞く必要がない話』と捉えていたのではないか?
信長が部下の話を聞かなかったのは『聞く必要がない』と思っていたからではないか?