再会
馬で大高城を目指す。
相変わらず僕は重秀と五右衛門にサンドイッチされながら馬に乗っている。
息苦しい。
息苦しいのは挟まれているからだけではない。
場の空気が息苦しいのだ。
「あのオッサンが服部半蔵?」
僕が重い空気に耐えかねて五右衛門に聞く。
重秀が僕のももを無言でつねる。
力加減してるんだろうから、そんなに痛くはないけど、こんなの世が世ならセクハラでパワハラだぞ!
「・・・あぁ。
今はあの武士に仕えているみたいだ」と五右衛門。
「松平元康殿だな」
新介は元康が信長の幼馴染みということもあり、呼び捨てにすべきか『様』を付けるべきか悩んでいるようだ。
仕えている?
そりゃおかしい。
服部半蔵って徳川家康に仕えてて、東京についてくるんじゃないの?
服部半蔵がいた所を『半蔵門』とか言って、地下鉄でも『半蔵門線』ってあるよね?
何で徳川家康じゃなくて、あの福耳に仕えてるんだろ?
「何でようかんが難しい顔してるんだよ?」と重秀が僕に聞く。
「ちょっと待ってよ。
頭の中を整理してるから」
「・・・ハハハ、『オッサン』か。
確かに『オッサン』だ。
ハハハハハハ!」
僕と重秀のやりとりを見ながら五右衛門が爆笑する。
何だ何だ?
頭がおかしくなったか?
「さぁ!大高城に向かおうか!
ようかん、信長公に会いたいんだろ?」
五右衛門はつとめて明るく言った。
新介の手前、『信長』とは呼び捨てにはしなかったようだ。
「ううん、別に会いたくない。
お市様に『お友達認定』をもらったんだよ。
今回『松永何とか』ってヤツにストーキングされて拐われそうだから逃げてきたんだけど田中に『信長様にちゃんと挨拶しろ』って言われたから挨拶しに来ただけだよ。
機嫌を損ねたくないんだよ。
ほら、信長様って怖いイメージあるじゃん?
『魔王』とか言っちゃってさ」と僕。
「『魔王』?
何の話だ?」五右衛門が首を捻りながら言う。
「確かに信長様は気難しい方ではあるが、『魔王』などとは言われていないぞ?」と新介。
アレ?
話が噛み合わないぞ?
「とにかく僕は『仕方なく』信長様に会いに行くんだよ!」
「その割には『今川を仕留めるために』必死だったように見えたけどな」と重秀。
うるさいなー。
『知り合いが死にそうだ。
自分は助ける方法を知っている。
だから助けた』
それだけの話だよ。
・・・それだけの話だよね?
それからの道中は大きなトラブルはなかった。
雑談しながら大高城を目指す。
「ウソ!?
犬千代さんって嫁さんいるの!?」
「嫁どころか娘もいるぞ?
嫁は『まつ』とか言う名前だったか?
子供の名前は知らん」と新介。
「・・・ガキだとばかり思ってたのに」
「嫁は14歳だったかな?
娘は2歳だったような・・・。
嫁は確か犬千代の母親の姉の娘だったはず」
「近親相姦のロリコン・・・救いようのない犯罪者だ!」
「時々ようかんって何言ってるかわからないよな」と重秀。
話していると大高城に着いた。
城の前には犬千代が出迎えていた。
僕達が到着するのを待っていたのかな?
「出たな、犯罪者!」
「い、いきなり何だよ?」犬千代はいきなり『犯罪者呼ばわり』されて面食らう。
「うるさい!
話は法廷で聞く!」
「一体何なんだ?」犬千代が新介に助けを求める。
「知らん。
お前の嫁と娘の話をした時からこの調子だ」
「訳がわからん。
・・・まぁ良い。
信長様がお待ちだ。
早く信長様の所へ行け」と犬千代。
「行きたいのはやまやまなんだが『今川義元(仮)』が5名いる。
ソイツらを放っては行けない」と僕。
「い、今川義元!?
義元を捕らえたのか!?」と犬千代は驚く。
「4人は多分今川義元じゃない。
本人らも『義元じゃない』って言ってるし。
でも嘘ついてるかも知れない。
もしかしたら本物かも知れない。
1人はわかんない。
泥んこでばっちかったし顔見えなかったし。
尋問しようにも気絶してたし。
期待はしとかない方が良いと思う。
思うけど一応確認しておかないと・・・」
「ちょ、ちょっとここで待ってろ」
そう言うと犬千代は大高城の中に入って行った。
十分くらい後に犬千代は大高城の城門に戻ってきた。
「もう最悪だったよ。
馬は糞するし。
糞を誰も片付けないし・・・」
僕は犬千代に文句を言ったが、犬千代は僕に謝りもせずにこう言った。
「捕らえた者全員を『連れて来い』との事だ」
「『連れて行く』ってどこに?」
「『信長様の前に』だ。
今川義元の顔がわかるのは信長様だけ、との事だ」
つまり『連れて来い』と言ってるのは信長本人、という事だ。
「取り敢えず風呂入りたいんだけど。
泥まみれ、汗まみれなんだよね」と僕。
「そんなもん、まだ誰も入っていない!」
そりゃそうか。
「それじゃあ、捕虜を連れて行くの手伝ってよ。
僕らだけじゃ連れて行けないんだよ」
何より怖いしね。
捕虜が突然暴れ出したらどうしよう、って感じだ。
新介と伏兵隊の力を借りて、捕虜を信長の所へ連れて行く。
大高城が平城だったから、そこまで連れて行くのは手間ではなかった。
この時代、上に長い城はあんまりなかったみたいだ。
城の奥まで行くとそこには織田信長が胡座をかいて座っていた。
堺で見たにこやかな信長とは違い、僕は少し凄みを感じた。
「コイツらが義元か?」と信長。
いきなりかよ!
久しぶりに会ったんだから挨拶ぐらいしろよ!
・・・とは思ったけど凄みを感じる信長には何も誰も文句を言えなかった。
「いや、まだオーディション前です。
『真の今川義元』の座を勝ち取れるのは1名のみ・・・いや『該当者なし』という可能性もあります」緊張のあまり僕はよくわからない事を口走った。
僕の言った事がわかったとは思えないけれど信長は「ふん」と鼻で返事をしてアゴでクイッと招く仕草をした。
『ソイツらを連れて来い』と。
僕はオーディションの司会役だ。
「えーっと・・・エントリーナンバー1番。
『今川義元(仮)』です。
チャームポイントは猿轡と赤地に錦の陣羽織です。
泥まみれで顔はわかりませんがやる気だけは他の候補者には負けません!」
「コイツだ」と信長。
「え?
何が?」
「コイツが今川義元だ。
戦場で何度か義元を見た。
わざとかは知らないが、輿に乗って我が軍を見下ろしていた。
確かに顔は泥まみれで判別はつかない。
目隠しして猿轡している状態では元々顔を知っていたとしてもわからないだろう。
だがこの陣羽織だけは他の誰かと間違えようがない」
そういや横根城の偉いさんもこの泥まみれの『今川義元(仮)』を見てビクッとしてたもんな。
信長は泥まみれの『今川義元(仮)』の目隠しを外す。
後ろ手に縛られてはいるが、足は自由だ。
犬千代や新介が駆け寄ろうとしたが信長は手で制した。
べったりと尻もちをついている『今川義元(仮)エントリーナンバー1番』は信長を見上げる。
信長と男の目が合う。
「義元公、お久しぶりですなぁ・・・」
そう言う信長の笑い顔は『壮絶』としか表現出来ない。
男は信長を見上げると小便を漏らした。
オーディションはエントリーナンバー1番だけで決まる、という出来レースのような結果となった。