決別
軍勢の数は圧倒的に織田軍を上回るとはいえ、大将を失った今川軍はまさに烏合の衆だった。
それ以降の今川軍との戦いは『合戦』ではない。
まさに『掃討戦』だ。
かくして織田家は三河での権力を取り戻す。
いや、過去以上に勢力を広げる。
僕達は毛利新介に案内されて信長がいるだろう大高城へ向かった。
何で『大高城』かというと、元々の織田軍の目的は『大高城、沓掛城の奪還』だったからだそうだ。
織田軍が最前線としていた丸根砦は大高城から数百メートルの位置にあり、『大高城を奪還して入城する事』が当初の目的だったらしい。
『今川義元を撃ち取る』なんて僕が勝手に言ってて実行した事だ。
現代日本で言うと田楽窪は豊明市あたりで、大高城は名古屋市緑区あたりだ。
自転車でいけない距離じゃない。
道が整備されていて自転車があればの話だ。
大雨が降った後のぬかるみの中を馬でチンタラと歩くとなると時間がかかる。
しかも馬は頭数が足りないのもあって、僕と五右衛門と重秀で三人乗りだ。
僕はサンドイッチの具のようにみっちり挟まれた。
窮屈だが、可哀想なのは三人を乗せなきゃいけない馬だ、我慢しなきゃいけない。
道中、毛利新介の馬の後ろに縛りつけられている今川義元(仮)が目を覚ました。
『(仮)』が外れないのは本物の今川義元かわからないから。
モゾモゾと動いて「むーむー!」と何か言っているが、目隠しされて、猿轡されている今川義元(仮)は何を言っているかわからない。
実は田楽窪で「もしかしたら別の『今川義元(仮)』が来るかも」と待ち構えていた。
敗残兵が数人逃げて来たから伏兵達で捕らえた。
しかし、中に今川義元らしき人物はいない。
そうこうしているうちに大雨が上がって晴れ間が差してきた。
「奇襲作戦は長引いたらこちらが不利だし、成功してるとしたらもう終わってるよな。
もうだいぶ時間経ったし誰も逃げて来ないよな」と伏兵作戦は終了した。
・・・で大高城へ向かっている、という訳だ。
「これで負けてたり、作戦が終わってなかったり、大高城が落ちてなかったりしたらどうするつもりなんだ!?」
「大丈夫!
逃げて来た今川軍の兵を軽く尋問したら今川軍の敗北は間違いないみたいだから。
織田軍の最前線から大高城は目と鼻の先だ。
織田軍が前進したなら大高城が落ちてないとおかしい。
そもそも今回の目標『大高城の奪還』が終わってないのに戦いが終わる訳がない」と重秀。
新介は疑心暗鬼みたいだ。
『今川に勝ったなんて信じられない』と。
しかし知多の地理に明るくない僕達は『田楽窪と大高城』の間に今川方の城『横根城』がある事を知らなかった。
『横根城』、現代日本で言うと愛知県大府市あたりだろう。
城を建てたのは『徳川四天王』の本多忠勝の先祖、本多助定だ。
つまり松平家、後の徳川家とは密接な関係がある。
『横根城』は今川方の城だ。
松平元康は『桶狭間の戦い』の直前に大高城に兵糧を無事に運び込んでいる。
織田軍の砦、『丸根砦』から約600メートルの所にある大高城にだ。
なのに松平元康には『桶狭間の戦い』で交戦した記録が残っていない。
『大高城に兵糧を届けた後、横根城に逃げ込んだ』と考えると色々と辻褄が合う。
横根城を見上げて重秀が言う。
「こんな所に城があったんだ」
「回り道をして田楽窪に来たから知らん」と新介。
「敵方の城だったら面倒臭いな。
念のため迂回するか」と五右衛門。
「止まれ、何者だ!」
後ろから声をかけられる。
やっぱり見つかったか。
今川方の捕虜も数人連れている。
言い訳なんて出来る訳がない。
重秀が何か言い訳しようとした時に五右衛門が怒鳴り声をあげた。
「正成!!」
怒鳴り声をかけられた当人は特に驚いた様子はない。
「誰かと思ったら五右衛門ではないか。
伊賀の里を抜けたらしいな」
「正成こそ、最近気が違って武士の真似事をしてるらしいじゃねーか!」
「抜け忍の下忍風情が我を呼び捨てするでない」
「テメーこそ、その口で忍を語るんじゃねー!」
男と五右衛門が睨み合う。
男が右手を上げると、僕達一行を忍者達が取り囲む。
「半蔵様、いかがされました?」忍者軍団の一人が男に声をかける。
どうやら男は『服部半蔵』らしい。
「伊賀の抜け忍と再会しただけの事だ」
「忍の掟に従い、『抜け忍』を抹殺しましょうか?」
「好きにしろ。
我には興味がない」
「何事だ、騒がしいな」
城の中から男が出てくる。
まだ元服したてなのだろうが、妙に貫禄を感じさせる。
背は高くも低くもない。
特徴と言えば耳たぶがかなり大きい事。
「元康様、お騒がせしております」と半蔵。
『元康』と呼ばれた男は毛利新介の馬に荷物と一緒にくくりつけられている目隠しされて猿轡されている男を見てビクッとすると「今川・・・義元・・・」とうめき声をあげた。
「半蔵、この者達を素通りさせよ」
「しかし・・・」
「良いか?
我らはここで何も見ていない。
・・・良いな?」
「・・・承知。
五右衛門、運が良かったな。
行け」と半蔵。
「ちょっと待てよ!」と五右衛門。
「頼む、ここは引いてくれ」半蔵に掴みかかろうとする五右衛門に重秀が言う。
「チッ!次に会った時には・・・」
五右衛門はブツブツと言いながらも僕の方を向いて「大丈夫だ」と言った。
この時元康は捕らえられた今川義元を見捨てたのだ。