改変
僕は田楽窪に向かう事になった。
それも「必要ない。足手纏いだ」と言われたが、巻き込んでおきながら『後はよろしく』とは言いたくない。
チビるぐらい怖いけど伏兵の中の一人という事になった。
「こんなチビのおもりをしなきゃいけないとは・・・」
伏兵は十人。
十人でも奇襲隊は何とか捻りだした人数だ。
伏兵を率いているのは『毛利新介』と言う若者だ。
「みんなが戦ってる時に俺は何でこんなところで・・・」新介がブツブツと文句を言う。
「新介さん、あん巻き食べる?」僕は持ってきたお菓子を差し出した。
「菓子など食わん!
というか『あん巻き』とは何なのだ!」
「三河名物のお菓子だよ。
小豆のあんこを菓子の生地で巻いたモノだよ」
「小豆など巻いてないじゃないか。
白い柔らかいベタベタしたモノを巻いているよな?」
「小豆が手に入らなかったんだよ。
この白いのはホイップクリーム。
生地ももう少し薄い方が『あん巻き』っぽいね。
これじゃ『ワッフル』だ。
でも、うん、不味くない。
折角作ったんだから食べてよ」
僕は伏兵隊の面々に『あん巻きもどきのワッフル』を配る。
「もう少しあの娘を信じてみないか?」と重秀が新介に言う。
「信じられる訳ないだろうが!」
「『犬千代』とかいう若者はあの娘を信じる事にしたみたいだが?」
「大体『犬千代』も俺も同じ信長様の小姓のはずだ!
何で犬千代が奇襲隊の大将で俺が伏兵隊の大将なんだ!
確かに犬千代は目立つ。
背も高いし男前だ。
しかも怪力だ。
犬千代の扱う槍は三間半柄(6メートル以上)。
信長様の覚えもめでたい。
堺には俺も行っていたのに、あの娘は俺の事を全く覚えていない!
俺の存在感なんてそんなものだ!
対して犬千代が兵を率いるだけでも兵の士気が上がる。
この違いは何だ!」
「だからこそあの娘を信じてみろ。
あの娘の言う通り田楽窪に義元が逃げ込んで来たら義元の首級はお前のモノだ」と五右衛門。
「あの娘は訳のわからない事も言うが、時々異常に鋭い。
俺はあの娘の前で一度も名乗った事もなかった時に、俺の事を『鉄砲の名手』と言った。
そのようかんが『信長が勝つ』、『小石混じりの雨が降る』『田楽窪に義元が逃げて来る』と言っている。
あの娘の鋭さは俺が保証する。
他に道がないなら、ようかんの鋭すぎる直感を信じる事は他の事をするよりよっぽど信憑性がある」
「・・・犬千代はあの娘を信じるようだ。
信長様に送った伝令も帰ってきた。
信長様は犬千代を信じ、犬千代の作戦に全面的に乗るようだ。
この作戦に逆らう、という事は『信長様に逆らう』という事だ。
伏兵作戦を遂行するしかないだろう・・・」
うなだれながら言う新介の肩を重秀がポンと叩く。
「中嶋砦へ兵を出せ。
今川軍を桶狭間から前進させるな!」
信長が檄を飛ばす。
織田軍としては必死の抵抗だ。
本当であれば退却すべきところだろう。
だが、織田軍は『ここから一歩も引かない』と覚悟を決めたようだ。
今川軍が長期戦を覚悟して桶狭間の山頂に本体の陣を敷く。
「桶狭間に今川が本陣を構築!
義元もそこにいる模様!」
伝令が信長に伝える。
「よし、引き続き今川軍がこれ以上前進出来ないように奮戦せよ!」
(犬千代、後は頼んだぞ・・・)
囮の兵は500人。
中嶋砦で奮戦している者以外は善照寺砦にいる、と思わせているはずだ。
だが、そこには囮しかいない。
それ以外の兵は陽動が聞いているうちに桶狭間に東から回り込み犬千代の引き連れている500人弱の兵と合流する。
総勢1500人、合わせて約2000人だ。
正午頃、2000人の奇襲部隊が合流する。
今川軍に奇襲隊の存在はバレていない。
捨て身の陽動と囮が今のところは効いているようだ。
しかし長くはもたない。
陽動隊と囮隊が全滅するか、奇襲隊の存在が今川軍にバレてしまうか・・・。
(まだか、まだ奇襲の時ではないのか!?)
犬千代が焦れる。
その時、空が急に暗くなる。
雷が鳴る。
突然大雨が降り始める。
雨粒が痛い。
よく見ると雨に小石が混ざっている。
「痛たたた・・・何だよこれは!?」
犬千代が小石を拾い上げてみる。
小石だと思った小さな塊は氷だった。
「これは『雹』か!」
小石とは雹の事だったのか!?
・・・という事はこれが奇襲開始の合図という事か!
「全軍進め!
敵は桶狭間にあり!
今川本体を根絶やしにしろ!」
大声で犬千代が怒鳴る。
陽動隊、囮隊に今川軍は大軍を割いている。
今川軍は合わせたら二万五千人以上はいるが、桶狭間本体にいる今川軍は3000人程度。
奇襲効果があれば2000人でも相手は出来る。
雹混じりの大雨の中での奇襲に今川軍は戦意を失いパニックになった。
犬千代の長槍が行く手の今川軍の兵士達を薙ぎ倒す。
ましてや大雨の中の山道だ。
ぬかるみに足を取られている今川の兵士達は槍が振り回されても踏ん張る事が出来ない。
今川の兵士達は山を転げ落ちていく。
突然の奇襲に逃げ惑う今川軍兵士達に「わ、わしを守れ!」と義元が言うもほとんどの兵士が自分の身を守る事に必死だ。
義元は馬にまたがりわずかな護衛と共に逃走した。
「義元敗走!
我々の勝ちだ!」
織田軍の誰かが叫ぶ。
大将がいなくなった今川軍は一斉に逃げ出した。
歓声は地響きとなり桶狭間を震わせる。
歓声は雨を止ませて空からは晴れ間が覗いた。
「義元には逃げられたのか?」と犬千代。
「はい、足元が悪いのは我々も同じ条件で、護衛に邪魔されて義元を見失いました」
「全力で義元を探せ!
体勢を整えられては再び不利になるぞ!」
場所は変わって田楽窪。
「凄い雨と雹だったねー!」と僕。
「『小石混じりの雨』って今の雨の事じゃないのか!?」と新介。
「わかんない」と僕。
「わかんないって・・・」と五右衛門。
「でも雨がようかんの言った通りだとすると、ここに義元が逃げて来るはずだぞ!
ようかん、そうなんだろ?」と重秀。
「わかんない」と僕。
「相変わらず掴み所がないな。
取り敢えず準備しとくか」と五右衛門が道の両端の木に見えにくい紐をくくりつける。
「この紐は馬にも馬に乗っている人にも見えないはずだ。
飛び越えられたらどうしようもないけど、走って来た馬はすっころぶはずだ」
「重秀が鉄砲で馬を撃てば良いんじゃないの?」
「さっきの大雨で火縄が湿っちまった。
鉄砲はしばらく使えない」と重秀。
そうか、この時代の火縄銃って雨が降ると使えなかったんだ。
そんな事を言っていると馬が凄い勢いで走って来た。
どうやら馬は一騎のようだ。
馬は五右衛門が仕掛けた紐に躓くと豪快に転げた。
馬に乗っていた人は道の脇の湿地に顔から突っ込んだ。
これ今川義元じゃなかったら『ごめんなさい、人違いでした』じゃ許してくれないぞ。伏兵達が泥まみれの男を連れて来る。
頭から湿地に突っ込んだ人は目を回して気絶しているみたいだ。
気絶している男を後ろ手に縛りあげる。
今川義元かどうかなんてわからない。
だって泥まみれなんだもん。
「コイツ、しばらく目を覚まさないみたいだ。
連れて行くか」
のびている男は目隠しをされると荷物と一緒に馬にくくりつけられる。
その時、奇襲隊は逃げられた今川義元を全力で探していた。
信長には『今川義元を取り逃した』という報告がされた。
誰もが毛利新介が縛り上げた気絶している男が『今川義元』本人である事を知らない。
この時、僕は明確に『歴史が変わった』事にまだ気付いていない。
討死するはずの今川義元が生きているのだ。