陽動
朝8時頃
僕達は高浜港に入港した。
既に今川色は濃くなっているが、商船という事もありすんなり入港出来た。
戦争してるのに旅行出来たり戦国時代ってそこら辺は意外と緩いのかも知れない。
まぁ、この商船を見て『織田軍びいきだ』とは思わんわな。
しかしどうやってここから織田信長のところへ行こうか?
そもそも織田信長は戦場に出て来ているのか?
完全にノープランだ。
重秀と五右衛門が「次はどうするんだ?」という目で僕を見てくる。
まさか「何にも考えてませんでした」とは言えない。
『どうしようかなー?』と考えていると後ろから声をかけられる。
「養観院殿?
養観院殿だよな?」
ビクっとする。
ちょっとチビったかも知れない。
恐る恐る後ろを見る。
そこには長身のイケメンがいる。
戦国時代はみんな背が低い。
平均で150センチくらいだろうか?
でもみんなが低いと気にならない。
比率が変わっただけで『それが普通』になってしまうのだから。
だが振り返った時にいたイケメンは令和基準でもそこそこの高身長だ。
おそらく190センチ近いんじゃなかろうか?
こんな高身長のイケメンは一度会ったら忘れない。
信長が堺に来た時に小姓として連れていた男の子だ。
確か信長は『犬千代』と呼んでいた。
「犬千代さん?
何でこんなところにいるの?」
「今回の戦、信長様は死ぬつもりなんだよ。
だから小姓だった俺も暇を出された。
それで故郷の荒子村に戻ってたんだけどな。
やっと志願兵が500人集まったから荒子村の港の『舟入』から『高浜港』に来たって訳だ」
「500人も連れて良く入港できましたね!」
「ここら辺は今川に攻め込まれる前は織田と友好的だった武将が多いんだよ。
それに水野氏みたいに密かに織田氏の支援を受けてる武将だっていない訳じゃない。
高浜にも思った以上に織田氏入港の手引きをしてくれる勢力はいる」
「なるほど」
「俺らの事は良いんだよ。
養観院殿はこんなところに何をしにきたんだ?」と犬千代。
あっそうだ!
犬千代にならここら辺の地理の事聞ける。
どこで逃げて来る今川義元を待ち伏せすれば良いかわかるかも!
「犬千代さん、地図持ってる?」
「おぉ、あるぜ?」
・・・困った。
地名が読めない。
字が読めないんじゃない。
達筆すぎるんだよ。
楷書と行書はある程度読めるんだよ?
でも草書はサッパリだ。
「これ、何て読むの?」と僕。
「それは『田楽窪』だ」
フラッシュバックのように友達との会話が甦る。
『何か味噌田楽みたいな地名だな』
田楽窪、逃げる今川義元が撃ち取られた場所だ。
「犬千代さん、田楽窪に伏兵を置いてもらえる?」
「何でよ?
兵を割けるほど人数いねーよ」
「頼むよ!
それで勝てるから!」
それまでニコニコと笑っていた犬千代が真顔になって僕の胸ぐらを掴んだ。
「今回の戦、本当に勝ち目が薄いんだよ。
下手したら勝ち目がないんだよ。
神頼みが何より嫌いな信長様が熱田神宮に戦勝祈願をしたんだ。
それくらい今回の勝利は神頼みなんだ。
今回動かない信長様を『うつけ』と言う古い織田家の家臣が多い。
『信秀様は長年今川と渡り合ってきた。
それと比べて信長様はどうだ?
今川と戦おうともしない』
信秀様が渡り合ってきた今川は武田と北条も相手にしていたんだ。
三河にも今川の敵は多かった。
今とは全く違う!
武田、北条と同盟して、三河はほぼ制圧が終わっている。
信長様は全力の今川と戦わなきゃいけない。
『動かない』んじゃない。
『動けない』んだ。
『動いたら織田家が終わる』んだ!
信長様は信秀様から負の遺産を受け継いだんだ!
本当なら信秀様が三河の状況を改善すべきだった。
なのに信長様は言い訳一つしない!
だから今、簡単に『勝てる』なんて言うんじゃねえ!」
僕は犬千代の怪力で胸ぐらを持って持ち上げられた。
重秀と五右衛門が僕を助けに動こうとする。
僕は視線で二人を制する。
「大丈夫、コイツとは僕が話す」と。
「確かに『勝ち目』は少ないかも知れない。
いや『勝ち目』は一つしかないかも知れない。
その『勝ち目』を僕は教えられるんだよ、犬千代さん!」
「まだ言うか!
今回、士気が下がりきってる織田軍のために信長様が出陣するしかなかった。
兵力でも士気でも負けてたら勝負にならない。
今川に清洲に迫られたらどうせ織田家は終わりだ!」
「どうせ手がないなら僕に騙されてみて欲しい!」
「・・・・・」
「頼む!」
「本当に『今川に勝てる』って言うんだな?」
「うん、間違いなく勝てる!」
「信長様の人を見る目は確かだ。
その信長様が気に入って名前まで上げたのが養観院殿なんだよな。
悔しいが他には手はない。
わかった、今回はアンタの作戦に乗った!
・・・で、俺はどうすれば良いんだ?」
「佐久間盛重様、討死!」
「飯尾定宗様、討死!」
「織田秀敏様、討死!」
「鷲津砦陥落!」
「佐々政次様、討死!」
「千秋四郎様、討死!」
「丸根砦陥落!」
信長に次々と良くない知らせが届く。
「伝令!
高浜港へ前田犬千代様が兵五百を連れて到着されました!」
「犬千代・・・『来るな』と言ったのに。
命令に背きおって」
言葉とは裏腹に信長の顔はかすかに笑っている。
「犬千代様より伝言です。
『沓掛城』から出発する今川義元に桶狭間で奇襲する。
奇襲がバレないように陽動を頼む。
奇襲の機会は『小石混じりの雨が降る時』、との事!」
「義元が『沓掛城』にいるのは伝令からの報告でわかっていた。
何故義元が出発する事を知っている!?
何故、桶狭間に寄ると知っている!?
『小石混じりの雨』とは何だ!?」
さすがの信長も伝令を聞き、戸惑っている。
「もう一つ犬千代様より伝令あり。
『高浜港にて養観院殿発見。
戦が終わり次第、連れて行く』以上!」
「養観院・・・吉兆だな。
よし!沓掛城の義元を桶狭間に誘き寄せるぞ!」
もはや信長の目に迷いはなかった。