涙
「重秀は僕に逃げろ、っていうんだ。
でも僕が一人で逃げるとは思ってないよね?
『逃げれる訳がない』ってわかってるから」
わかっている。
散々戦闘力、という意味では養観院は足を引っ張ってきた。
そもそも重秀は養観院のボディガードだったのだ。
養観院に一人で何かをさせる、などという事は有り得ない。
重秀が口を酸っぱくして養観院に言ってきた事、それは『一人で行動するな』だ。
「一人で行動しなけりゃ五右衛門か重秀が何とかする、悪いようにはしない」
なのに重秀は「一人で逃げろ」と言う。
如何に勘の悪い養観院でも「これはただ事じゃない」と気付く。
それはおそらく分の悪い賭けなのだろう。
それでも「その賭けに乗らなきゃ、そもそも勝算が全くない」という。
・・・のはずだった。
重秀の見立てでは信長は孤立無援で絶体絶命のはずだった。
桶狭間でもそうだった。
まさか、だが、養観院の存在は『詰み』を翻すのではないだろうか?
俺が怖れている?
養観院の存在を?
信長の軍勢は少数。
滝川一益の城まで援軍を呼びに行けば、信長は反乱軍など簡単に跳ね返すだろう。
反乱軍で信長を討つ事など考えてはいない。
信長は少数で反乱軍と対峙する事を嫌って、海沿いに手勢を進めるだろう。
南紀白浜に手勢を進める利点は、四方を敵に囲まれない視界の良さと、背水の陣ではあるが後ろを敵が来ない地の利にある。
南紀白浜の砂浜に立っている一本松。
その木の上で重秀が銃を構えている。
狙撃は百発百中だ。
外す事は考えられない。
予定の距離の狙撃を外した事はない。
何の問題もないはずだ。
今まで散々二、三日前まで肩を組みながら酒を飲んでいたヤツを打ち殺しただろう?
仲間の犠牲を折り込み済みの作戦だってあった。
敵陣に置き去りで、味方の士気を下げるだけの負傷者をわざと撃った事だって一度じゃなかったよな?
何故震える?
コイツは信長の仲間だ。
作戦内容を明かすなんて、とんでもない失態だ。
調度良い。
『邪魔者は今、ここで殺そう』
ここに死体があったら警戒されてしまう。
死体は海にでも投げ込もう。
簡単な話だ。
「重秀?
震えてるの?
もしかして泣いてるの?」
ごめんなさい、凄い短い事は自覚しています。
でも、どうしてもここで切りたかった。




