味噌
「何でほっと・・・何とかを突然作ったんだ?」と重秀。
「『ホットケーキ』ね。
今から行く所が三河だからだよ。
三河と言えば『あん巻き』。
『あん巻き』と言えば『ホットケーキ生地』だからね。
本場に行く前にいっぺん『ホットケーキ』を作っておきたくてね」
「『あん巻き』って何だ?」と五右衛門。
「全国区じゃないのかもね。
生地であんこを巻いたお菓子だよ」
「ようかんのとんでも菓子を三河でも作ってる、とは考えにくいな」と重秀。
『とんでも』とは失礼な。
・・・でも確かに。
あん巻きの生地が戦国時代にあったとは考えにくい。
僕はこの時代の三河の事を何も知らない。
「重秀『戦国の情勢を知る事が地侍の生きる道だ』とか言ってたよね?
三河の情勢も教えてよ」
「ようかんが菓子以外の事に興味を持つってのは珍しいな。
・・・と、言っても東海地方の情勢は詳しく知らんぞ?
それでも良いか?」
「うん、よろしく頼むよ」
「わかった」
そう言うと重秀は枕を3つ並べた。
「この3つの枕が左から『織田』『松平』『今川』だ。
この三家はもう十年以上小競り合いを繰り返しているんだ。
松平家は織田家と比べたら小さい。
今川家と比べたらハナクソみたいなモンだ。
松平家の殿様はついに子供を今川家に人質に出そうとする訳だ。
『私は今川家に忠誠を誓います。
私が裏切ったら息子を殺して下さい』ってな。
でも松平家の息子『竹千代』が今川家に人質として届けられる事はなかった。
松平家の家臣の裏切りによって『竹千代』は織田家に届けられるんだ。
でも松平の殿様は織田の殿様に『竹千代を殺すなら殺せ。松平の忠誠は今川にある』と言い放つんだ。
それに織田の殿様は感服する訳だ。
『敵ながら天晴れだ!』って。
その織田の殿様ってのがようかんが推してる信長の親父の信秀だ。
だから『松平家』っていうのは今川側でありながら織田家にとっては心証が良い。
松平家は織田の人質だった『竹千代』、元服して『元康』と名乗っているが・・・が武将として今川側にいる。
人質だった事もあって信長にとっては幼馴染みみたいなモノで、やりにくくてしょうがない。
戦力的にも今川家が圧倒的有利で、今回本腰を入れて織田家を潰しに行くなら誰もが『織田家もついに年貢の納め時だな』と思ってる。
ようかん以外はな。
ようかんは織田が勝つと思っているんだろ?」
「間違いなく織田が勝つよ」
結果知ってるからね。
ネタバレみたいなもんだ。
「ようかんが本気なのはわかってるよ。
三好の殿様の呼び出しに応じないで逃げ出したようかんが、わざわざ絶対絶命の織田信長がいる戦地に飛び込むんだからな」
「悪いね、付き合わせちゃって」
「良いって事よ。
俺もようかんが推す『信長』という男を見て見たくなったからな」
僕は不勉強で気付いていないが『松平元康』というのは名前を変える前の『徳川家康』だ。
因みに人質の竹千代が預けられた寺が織田家と縁の深い『万松寺』。
『家康は運命に翻弄されるしかなかった』という見方もあるが、家康は子供の頃から非凡であったのかも知れない。
万松寺の机には家康が子供の頃に残したという城のいたずら書きが残されている。
いたずら書きの城には天守閣がある。
この時代の城にはまだ天守閣はない。
もしかしたら家康は最初に天守閣を思い付いた人間なのかも知れない。
情報収集に行っていた重秀が戻ってくる。
「三河は思った以上に今川勢一色だぞ。
織田は大高城を取られて大高城のそばに『丸根砦』と『鷲津砦』を築いて最前線にしているみたいだ。
今川はこの二つの砦を落としてその勢いで清洲に攻めあがるつもりみたいだ。
こりゃ奇跡が起こらなきゃ織田の勝利はないぞ」
「奇跡が起こるんだよ」
「そんなわかってるみたいな事を・・・」重秀が呆れながら言う。
高校に歴史ヲタクのヤツがいた。
僕の家で歴史シュミレーションゲームをソイツとやっていた。
シナリオモード『桶狭間の戦い』に僕は苦戦していた。
「あー、もう、難し過ぎる!
多勢に無勢だ。
これどうやって勝つんだよ!?
ゲームだからプログラムのワンパターンさとかをつけば何とかクリア出来るんだろうけど、実際にどうやって勝ったんだろ?」僕がコントローラーを投げつけながら言う。
「奇跡が起きたんだよ。
小石混じりの大雨が降ったんだってさ。
そのどさくさに紛れて織田の軍勢が今川の本陣まで突撃出来たらしい。
で、今川義元が逃げる時も大雨で地面がぬかるんでたからモタモタしてて逃げられなかったんだってさ。
それで○○○って所で今川義元は撃ち取られてる」
石が雨に混じって降るもんだろうか?
それより今川義元が撃ち取られた地名が思い出さない。
思い出せ!
「何か味噌○○みたいな地名だな」
そう言ったのを覚えてる。
「汁・・・。
煮込みうどん・・・。
カツ・・・。
どれも違うな」と僕。
「何を言ってるんだ?」と五右衛門。
「いや、そこで待ち構えれば逃げて来る今川義元を撃ち取れるはずなんだよ」
「何で義元が逃げるんだよ?
逃げるのは織田の軍勢だろうが」と重秀。
「とにかく織田軍の前線と近くの港はない?」
「えーと『高浜港』が一番近いかな?」
「じゃあそこに行こう!」
「どうかしてる、戦してるど真ん中に行くのかよ!」五右衛門が言う。
確かにどうかしていた。
織田と今川は信長の父親の世代から十年以上小競り合いを繰り返しているのだ。
よく考えたら僕が行った時が偶然織田軍と今川軍の決戦の時、という可能性は低い。
でも僕はそう思ってしまった。
『決戦の時が迫っている』と。
これは直感だ。
"虫の知らせ"と言っても良い。