スパルタ
猫よりも移り気な養観院は、既に『義秋』という存在に飽きていた。
そもそも最初から『義秋』など、どうでも良かったようだ。
だが、義秋が無理矢理に義昭と肩を組んで、義昭が僅かに怯えた表情をした時に養観院にも野生動物並みの『情』が芽生えた。
養観院にだって『情』がない訳ではない。
子供をライオンに狙われたオカピーは、ライオンに挑みかかる。
その類いの『情』が養観院にもある。
一度は義秋に挑みかかった養観院は「どけ!」と義秋を突き飛ばすと、その後ろに控えていた長政に話しかけた。
周りの人達が「あちゃー・・・」という顔をしている。
でも誰も養観院とは関わらない。
何故なら、信長が自由に振る舞う養観院を『それで良し』としているからだ。
まともに相手するなら一日に三十回ぐらいは養院観を『無礼討ち』で首を跳ねねばならない。
「ねえ、お市様は元気?」養観院は長政に話しかける。
「おい・・・」と義秋。
「何だうるせーな」と養観院。
「態度と言葉遣いに気をつけろ!」若干イライラしながら義秋が言う。
流石に養観院も『しまった!』という顔をする。
「えーっと、長政様、お市様はお元気でしょうか?」養観院が言い直す。
「そうじゃねーだろ!」小声で光秀が突っ込むが養観院には聞こえていない。
養観院も光秀などに最低限の行儀作法は叩き込まれている。
ペコッと頭を下げる養観院はまるで街娘ぐらいの行儀良さはあるように見える。
だが、誰に対して『行儀良さ』を発揮するかが根本的に間違えている。
長政に対して頭を下げた養観院は義秋の首根っこを掴んで自分と一緒に長政に対して頭を下げさせた。
養観院に悪気はない。
光秀に行儀作法を叩き込まれているときに信長が現れたら、光秀は自分の頭を下げて、養観院の首根っこを掴んで頭を下げさせた。
後から「何しやがる!コノヤロウ!」と光秀に文句を言うと「目上の大名に頭を下げるのは当たり前だ!」と光秀に怒られた。
そう言えば、長政も近江の大名だった。
行儀作法で言えば、おそらく『頭を下げなきゃいけない対象』だ。
義秋が何者かは知らない。
多分大したヤツじゃないんだろう。
偉そうな態度をしている。
コイツ、まるで礼儀作法を叩き込まれる前の自分のような尊大さだ。
・・・しょうがない。
今回だけは礼儀作法を身体に教えてやろう。
自分が光秀にスパルタで教わったように。
特別だぞ?
養観院は胡座をかいて座っている義秋の頭を木の床におもいっきり叩きつけた。
長政が金魚のように口をパクパクさせている。
「コイツには後から言い聞かせておきますから今回はこれぐらいで許してやって下さい」と養観院。
「わ、わ、わ、わ、わ、わかりました!わかりましたから!!!」と何故か長政が慌てながら言っている。
「良かったな、許してくれるとよ?」
養観院が義秋の肩をポンっと叩く。
養観院としては『めでたし、めでたし』なのに何か場の空気が凍りついている。
訳がわからん。




