仏門
養観院は茶菓子として『ラスク』を配る。
ラスクは兵糧向きではない。
口の中の水分を持っていく。
水分の調達が生死を分ける世界で、わざわざラスクを食べるヤツはいない。
そもそもラスクを食べるぐらいなら、その前段階のパンの方が兵糧向きだろう。
しかし養観院は兵糧には一切興味はない。
義秋は珍しい西洋菓子を食べながら養観院を見る。
仏門に入る意味に『もう二度と争いに参加しない』という意味の他に『子孫を残さない』という意思表示がある。
しかしそれは時代に連れて形骸化する。
現代日本を見ればわかる。
浄土真宗の僧侶の多くは婚姻し、子孫を残している。
『もう二度と争いに参加しない』という意思表示も、一度仏門に入った者が『還俗』し、跡目争いに参加するケースは多い。
意外なところで言うと前田慶次も一旦は仏門に入っている。
義秋も『覚慶』と名乗り、一度は僧侶になった。
しかしそれは最早、世俗から離れる事にはなりにくい。
将軍義輝が死ぬと覚慶も周高も真っ先に暗殺の標的となった。
そして実際に周高はおそらく暗殺される。
『おそらく』というのは暗殺された死体を誰も確認していないからだ。
義秋が最後に周高に会ったのは8年ほど前。
義秋と周高が12歳の頃だ。
義秋と周高は同い年だが、少しだけ義秋が生まれたのが早い。
父親は足利義晴で同一人物だが、腹違いなのでこういった事象が起こる。
そして覚慶と周高が仏門に入る前に短期間だが、2人は同時に二条城に住んでいる。
そこで『女装好き』と『男の娘好き』という秘密を打ち明け合っていた。
義昭はその『女装好きのマニアックな男』と今、正に勘違いされている。
義昭は良い。
どうせ勘違いさせておくしかない。
今のところ、その勘違いに気付いているのは明智光秀ただ一人だが、その内に共通認識にするしかない。
それはともかく義秋は養観院の事をどう思っているんだろうか?
明智光秀と浅井長政はハラハラした。
「茶のおかわりをくれ」と義秋が養観院に言う。
「命令すんな」と養観院。
光秀が養観院の後頭部をスパーンと叩く。
「いったーい!」と養観院。
実はそんなに痛くない。
「ぶったね!田中にもぶたれた事ないのに!」と養観院は嘘をついた。
実は散々、田中には小突かれている。
『ポカッ』という感じで、全く力は込められていないが。
ぶーぶー文句をタレながら養観院は義秋の茶を淹れる。
「こんなに旨い茶は飲んだ事はない!
正に心からのもてなしだ!」と義秋が感激しながら言う。
「誰がテメーなんぞのために・・・モゴモゴ」何か言おうとした養観院の口を今度は浅井長政が塞ぐ。
「???長政、どうかしたのか?」と義秋。
「いえ、何でもございません!」慌てて長政が言う。
(しかし奇妙な娘よな)
義秋は養観院をマジマジと見る。
義秋は男の娘、つまり『ついてる娘』にしか興味はなかったはずだ。
義秋は暗殺、謀殺、ハニートラップだらけの二条城で幼少期を過ごした。
義秋に近寄ってくる女などロクなモノではなかった。
義秋は側近に厳しく言われた。
「近寄ってくる女に気を付けなさいませ。
女に気を許したら命がいくらあっても足りませぬぞ!」と。
その中で似た境遇の周高だけが心を許せる者だった。
しかし、覚慶も周高も年頃、性に興味が出る。
そんな時、覚慶は我慢出来ずに周高に頼むのだ。
「女の格好をしてくれ」と。
周高も一瞬戸惑ったものの、『唯一の気を許せる相手』、覚慶の願いを聞いて女装する。
周高の女装姿を見た覚慶は『求めていたモノはコレだったんやー!』と思った。
思っちゃったのだ。
周高も初めて女装した時に『これしかないわ!』と思った。
思っちゃったのだ。
こうして悲劇的にも2人の変態が生まれた。
で、義秋が養観院をどう感じているか、だが「『男の娘』にしか心が動かないはずなのに、なぜ心がざわめくのか!?
この娘、実はついているのか!?」などとどうでも良い事を義秋は考えて悩んでいた。




